第101話 はじめの一歩

 太郎は涙を拭いて月を見上げました。


「よし、僕は鬼ヶ島に行くぞ。そしてもしも本当に鬼が悪さをしているなら、こらしめて困っている人を助けてやるんだ」


 そう決意しました。


「おじいさんおばあさんに立派になった僕を見せるんだ」


 かなりかなり遅いですし、心配をかけまくった後ですが、やっと太郎はそんな気持ちになれました。

 そうして月明かりの下、鬼ヶ島があるという方向に向かって一歩、また一歩と歩き出しました。


 太郎は家のあるこの土地から離れたことがありません。

 生まれてからずっと、この山の中腹で、最初は小さな小屋のような家に、裕福になってからは今のお屋敷に住んでいました。

 さらに、この5年間は完全にひきこもっていたもので、家の敷地から外に出るのも5年ぶり、いえ、感覚からすると人生の半分以上をひきこもっていたようなものなので、生まれて初めてのようにすら感じます。


 一歩、また一歩、家から、おじいさんとおばあさんから遠ざかるごとに、太郎の心にさびしさと不安が広がっていきます。


 太郎は止まって振り向きました。

 月の下、懐かしい家が浮かび上がり、太郎の心に戻りたい気持ちも浮かび上がります


 勝手に旅立ちの準備をされたりして、おじいさんとおばあさんにムッとしたこともありました。でもそれも全部、じっとひきこもっていた自分のことを心配してくれたからこそ、それが痛いほど伝わってきます。


「もしも、僕があんな状態にならなかったら、おじいさんとおばあさんもこんな苦労をしなくて済んだんだろうな」


 そう思うと戻りたい気持ちをぐっと飲み込み、また進む方向を振り向いて、一歩、また一歩、あるき続けます。


 そうして太郎は久しぶりに山を降りました。

 右手にしっかりと「日本一」ののぼりをつかんで。

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