第138話 作り笑い

「大丈夫ですか?」

「今日はやめておいたら?」

「そうですよ、仕事でもないのに」


 そう言われて、太郎はなんだかムキになりました。


「いや、今日も出すって言ってたしやるよ。とりあえず洗濯子ちゃんたちは今日も最初から参加するんだよね? 昨日みたいに落ち着いたら手伝ってくれる?」


 そう言って、今日の前金を握らせると、心配する3人を追い出すようにして送り出してしまいました。


 広場近く、昨日団子の見世を出した場所で太郎は今日も出店しゅってん準備をしていましたが、なんとなくやる気になれません。


(昨日はあんなに楽しかったのにな)


 思い出してもあんなに充実した日々は、思えば「墾田永年私財法」で開拓しまくった時以来です。

 何かの目的を持って、そちらに向かって突っ走るというのは、思えば幸せなことなんだなと思っていました。


 それが、今日は同じことをしていても全く楽しい気持ちになれません。

 引きこもる前に何もかもにやる気をなくした時と似てはいますが、ちょっと何かが違います。


 あの時はやることの何もかもに充実感を感じられない、何のためにやるんだろうと思ってしまったのがきっかけでした。

 でも今回は違います。お団子を売るのは楽しい、みんなと交流するのも楽しい、その楽しい気持ちは残ったまま、なんだかどこかがもやもやとして足を引っ張る、そんな感じです。


「はあ……」


 思わずため息をつくと、


「どうしたんです?」

 

 どきっ!

 思わず心臓が大きく打ったのを感じました。


「大丈夫ですか? いろはちゃんたちが心配してましたよ」


――なんだ、心配してくれたのは洗濯子ちゃんたちか――


 太郎は一瞬そう思った自分にすごくすごくびっくりしました。


「どうしたんですか? 本当になんだかつらそう」

「いえ、大丈夫です」


 太郎は急いで思いっきり笑ってみせましたが、その笑顔は自分でもお面のように貼り付いた笑顔なんだと分かっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る