第5話 あれ? 俺って結構……

 二つ目の種目の筆記試験だ。


 静かな会場にカリカリとペンを走らせる音が響いている。


 俺は問題を解きながらあることを考えていた。


 ……もしかして、俺は相当強いのではなかろうか? と。


 考えてみればこの二年間『オリハルコン・フィスト』の化物たちに死ぬほど(ホントに死ぬほど)鍛えられてきたのだ。少なくともこの場にいる初級ランクの冒険者たちよりは強くて必然というものだろう。


 いや、いかんいかん。驕ってはダメだ。しょせん俺は超出遅れの素人冒険者。少なくとも『魔力量』はこの中でも少ないほうなのである。


 んー、でもなあ。さっきの試験でも神童(仮)の魔法より遥かに強い攻撃出せたしなあ。


「はい、そこまで。ペンを置いて紙をひっくり返してください」


 そんなことを考えてるうちに筆記試験が終わった。ちなみに問題はギルドの仕組みについての基礎知識だったので、簡単に解くことができた。


 元、事務職バンザイ!!


     □□□


 三つ目の試験は防御力・回避力を測る試験だった。


 先ほどスライムバッグを叩いた時と同じメンツで、屋外の試験場に連れていかれた。


 試験場には地面に赤く直径五メートルほどの円が書いてあり、数人の黒いローブを着た人間、『魔導士教会』の魔術師たちが待ち構えていた。


 この試験の内容を簡単に説明すると、受験生は一人ずつ地面に書かれた円の中に立ち、そこに『魔導士教会』の魔導士たちが魔法で攻撃をする。最初は弱い魔法だがだんだんと威力を上げていき、足の裏以外を地面に着くか円の外に出されるまで続け、何回攻撃を耐えたかで採点するらしい。


「では、フリード・ディルムット君。前へ!」


「ふふふ、ついにボクチンの真の力を見せる時が来ましたねぇ」


 そう言われて、神童(仮)くんが立ちあがる。相変わらずのドヤ顔と金髪をかき上げる動作もおまけつきである。


「こう見えてボクチンは防御魔法が得意なんですよねえ。神童フリード・ディルムットの真価は受けに回ったときこそ発揮されるのですよ」


「では、試験を開始します。放て、障魔の波! 第一界綴魔法『ショックウェーブ』」


 試験官の左手から軽い衝撃波が放たれる。


 ちなみに魔法の詠唱には長い順に全文詠唱、通常詠唱、略式詠唱、無詠唱、完全無詠唱の五種類があり、前に行くほど威力は高くなり、後ろに行くほど詠唱が短いため発動の速度が上がる。


 今試験官が行ったのは略式詠唱での魔法である。


 それに対して、神童(仮)……もといフリードはこう言葉を口にした。


「第三界綴魔法『インフェルノ・オーラ』!!」


 その言葉と同時に、フリードの全身を炎の壁が包み込む。


 試験官の放った衝撃波はフリードの作った炎の壁の前に飲み込まれるようにして完全に阻まれた。


 俺以外の四人の受験生たちが驚嘆の声を上げた。


「第三界綴魔法を無詠唱かよ!!」


「やべえよ、やっぱりあいつ天才だよ!!」


 彼らの驚きも分かる。あの年で第三界綴魔法を使えることだけでも凄いが、その上先ほどの攻撃とは違って、高難易度の無詠唱である。


 なるほど確かにフリード自身が防御が得意だと言ったのも頷ける。防御魔法は攻撃魔法に比べて発動速度が重要になることが多い。敵の攻撃に対して受けとして使うからである。


 さすが神童だ。さすしん。


「……んーでもなあ」


 フリードは試験官が次々に繰り出す魔法を耐え、ついに第四界綴魔法『ショックバーン』を受けて右足が円の外に出たところで試験を終了となった。外に押し出されたといっても、フリード自体は無傷である。


「おっと、うっかり右足が出てしまいましたか。精度の高い魔法は高次元の魔法を打ち破る。ボクチンの第三界綴魔法は一つ高次の攻撃魔法でも軽く防げるんですけどねぇ。いやいや、教官殿の魔法の迫力に押されてしまいましたよ(キリッ)」


「「sugeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeee!!!!」」


「……んー?」」


 俺は驚嘆する他の受験生たちを余所に、首をひねっていた。


   □□□


 その後も他の受験生たちがトライし、試験官の攻撃を防御していくがやはり第四界綴魔法まで使わせたフリードの記録が圧倒的であった。


「次、4242番円の中に!!」


 遂に俺の名前が呼ばれる。


「おい……さっきの怪力おっさんだぞ……」


「またなんかやらかすんじゃ……」


「ふっ、僕の見立てによれば極端な物理攻撃力特化型、防御に関しては得意でないと見える(キリッ)」


 しかし、神童くんは相変わらず気合の入ったキメ顔である。毎朝鏡の前で練習してるんだろうなあ……


 魔導士教会から派遣された試験官が、左手を俺に向けて言う。


「では、試験を開始します。放て、障魔の波! 第一界綴魔法『ショックウェーブ』」


「よっと」


 俺は自分の体の周りに薄い空気の膜を作った。風の第一界綴魔法『エア・クッション』である。


「「「か、完全無詠唱だとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」」」


 四人の受験生たちは会場の外まで聞こえるのではないかという声で大合唱した。


 残る一人の小さな少年は口をあんぐりと開けて黙ってしまっている。


 完全無詠唱とは魔法名すら言わずに魔法を発動することである。んーしかし、第一界綴魔法とは言えやっぱこれって結構凄いのか。パーティの先輩たちにもこれは褒められたしなあ。


 あ、神童くん。さっきキメ顔してたところ申し訳ないけど、実は俺、防御の方が得意なんだよね。理由は防御ができないとパーティの先輩たちに……うん、まあ、そういうことである。


 俺の作った空気の膜は、『ショックウェーブ』を容易くはじき返した。


「一発目クリアですね。では次に行きます。獅子踊る青巒の攻城、人駆る赤銅の平野……」


(ああ、やっぱりだ)


 俺は一発目の攻撃の威力を体感して確信した。


(この攻撃魔法、滅茶苦茶加減して撃ってるじゃん)


 教官の放つ第二界綴魔法が飛んでくる。


 『エア・クッション』は微動だにせずにそれをはじき返した。


「二発目クリアです。では次、穿て閃光、走れ漆黒……」


 続いて飛んできた先ほどよりも強力な第二界綴魔法も問題なくはじき返す。


 次も、次も、その次も、ついにフリードと同じ第四界綴魔法『ショックバーン』が放たれたが、全く空気の膜は微動だにしない。


(まあ、考えてみれば俺と同じ冒険者なりたての奴が集まるEランク試験だもんなあ。俺は慣れてるけどあんまり強く撃ったら怪我させちゃうだろうし。うん、まさかこれが全力ってわけはないだろうしなあ)


 試験官は若干息を荒らげながら俺に声をかけてくる。


「す、すごいですね4242番さん」


「あ、どうも」


「では次に行きますが……防御魔法はもう少し高位のものに変えても大丈夫ですよ? 試験途中での張り直しは認められていますから」


「え? ああ、お気遣いなく。実は恥ずかしながら防御魔法はこれしか使えないんで。というか俺、魔法自体がこれともう一個、攻撃用の第一界綴魔法しか使えないですし」


「はいぃ!? そ、それほどの精度で魔力を操作できるのにですか!? いや、しかし、次に打つのは第五界綴魔法ですよ? いくらなんでも『エア・クッション』では……」


 俺は手をひらひらさせながら言う。


「ああ、大丈夫ですって。(どうせ、加減して撃ってくれるんだし)防げますから」


「……舐められたものですね。私はこれでも教会魔導士の端くれ。その言葉後悔させてあげましょう」


 なぜか、急にこめかみに青筋を立てて震えた声を出し始めた試験官。ウ〇コでも我慢してるのだろうか? 全然途中で行ってきてくれていいんだけど……真面目な人なんだろうなあ。


「城壁を見上げる聖者たちよ、城壁にしがみ付く戦士たちよ、駆け上り吹き抜ける南南西の疾風悉く、打ち崩す障魔の波音を聞け、第五界綴魔法『ショックサイクロン』!!」


(あ、全文詠唱だ)


 全文詠唱は詠唱が長く発動に時間がかかるが、その分威力が圧倒的に高い。通常詠唱の約3倍の威力が出ると言われている。


 試験官の左手から巨大な衝撃波が放たれた。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!! 


 と、衝撃波が魔法名の通り竜巻のように渦を巻きながら、周囲のものを破壊し俺に向かって飛んでくる。


 受験生の一人が言う。


「うわあ、皆逃げろ、巻き込まれるぞ!!」


(まあ、でも)


 パシュン


 と、その衝撃波の暴風も俺の『エア・クッション』を微動だにさせず軽く弾き飛ばされた。


(だよなあ。ここまで加減して撃ってきてたんだから、いきなり強く撃つのもおかしな話だ)


「……」

「……」

「……」


 沈黙する他の受験生たち。まあ、同じFランクではここまでできるやつはあまりいないのかもしれない。俺、防御は得意だからな!!


「……そ、そんな。私の全りょ……が……」


 バタリとその場に倒れる試験官。まるで魔力を使い果たしたみたいな倒れ方だが、まあ加減して撃ってたみたいだしそれはないだろう。


 ……腹痛に限界が来たのかな?


 助けたいけど漏らしてたらちょっと近づきたくない。医療班呼んでこよ。


 まあ、ただ分かったことは。どうやら俺は少なくともFランクの中では結構強いのかもしれない。ということだった。

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