第41話 ブロストン入学
騎士団学校の教官を務めて40年の大ベテラン。ギムレイ一等騎士はツカツカと靴音をたてながら廊下を歩く。
とうに60を過ぎていながらもその背筋はピンと伸び、眼光は鋭く、あらゆる気のゆるみを許さないという厳しさが全身からあふれ出しているような人間である。
「ギムレイせんせ~、歩くの速いですよ~」
語尾の間延びした声でそう言いながら、ギムレイの斜め後ろにちょこちょことついて回っているのは特別士官コース副担当教官のアイラ二等騎士だ。背が小さく童顔であるがこれでも今年で22歳になる西方騎士団学校出身の新任の教官である。
「アイラ副教官」
「はい~?」
「その間の抜けたしゃべり方は何とかならんのか? 我々は生徒から恐れられ、かつ模範とならねばならない。それが、そのような力の抜ける声をしていては示しがつかんだろう」
「えーとぉ。わたしはできれば生徒たちとは仲良くしたいなって思うから~」
「そういう考え方は感心せんな。やはり、教官たるもの基本は厳しくなくては」
ギムレイたちが担当する高級士官コースで入隊するには高い学歴と、筆記試験での優秀な成績が必要である。
その性質から貴族や金のある商人たちの子息の中で、学業に秀でたものが入学してくることがほとんどである。彼らは卒業の後、いきなり二等騎士からスタートし、ほとんどが若くして各支部の指令系統のトップとして一般の隊員たちを束ねる立場になる。
そんな彼らが騎士団学校在学中の半年で、もっとも学ぶべきことは何か?
ギムレイはその問いに「鼻っ柱をへし折ること」だと断言する。恵まれた経済状況と出来の良さでプライドが高まりに高まっている貴族の坊ちゃんたちに、社会の厳しさというものを徹底的に叩き込むのである。
そうすることで、初めて彼らは本来の頭の良さや教養の広さを発揮し現場で活躍できるのだ。
「えー、でも~、わたしずっとこんな感じでしたからー。急に変えるのは難しいですよ~」
「では仕方ないな。私が彼らにどのように接するか見ておきなさい。まずは私の真似をしていれば大きく間違えるということもないだろう」
「はえ~、すっごい自信ですねえ~」
「当たり前だ、私は今まで30年様々な生徒を送り出してきたからな」
ギムレイは伝統派の腐った風習が蔓延る東方騎士団学校において、自らの教育信念を曲げない数少ない人間だった。貴族や商人の坊ちゃんたちが集まる高級士官コースには、生意気極まる生徒も多かった。自らの親の権力や財力をたてに、ギムレイを脅してくる生徒も毎年のようにいる。
だが、『常に厳しく自らを律することができる騎士を育てる』という自らの信念を40年貫き通してきた。それこそがギムレイを支える絶対の自信である。
「どのような生徒が来ようと徹底的に心構えと基礎を叩き込み、一端の騎士として送り出してやる」
「うわあ、かっこいいです~」
ギムレイは教室のドアに手をかけながら言う。
「ではアイラ教官。仕事を始めるぞ。よく働きよく学ぶように」
「は~い」
ギムレイがガラガラと力強くドアを開けた。
そして。
オークがいた。
「……」
なぜか、入口に一番近い席。最前列の右端に巨漢のオークがいた。
アイラが後ろでピョンピョンと跳ねながら言う。
「あれ~、扉の前で立ち止まちゃって、どうしたんですかギムレイせんせ~。わたし入れないんですけど~」
オークはギムレイたちの方にその鋭い双眸を向ける。
「おお、教官殿か。高級士官コース20名。すでに全員着席してい――」
ガラガラ、バタン。
ギムレイは扉を閉めた。
「いや、いやいや、ないないない」
ギムレイは廊下に立ち尽くし、首をブルブルと横に振る。
「ギムレイせんせ~。何かあったんですか~?」
「いや、なんというか。見間違いかもしれんが、なんか教室にオークがいた気がしたんだが」
「ふふふふ、なんですか~それ~。ギムレイせんせーでも冗談とか言うんですね~」
「いやしかし、あれはどう見てもオークだったような……」
「そんなわけないじゃないですか~。普通に考えてオークが教室にいるわけありませんし~。ちょっとオークっぽい生徒なんですよ~」
「……ふむ。確かにアイラ副教官の言うとおりかもしれん」
そうだ。うん。そもそも、思いっきり人の言葉を話していたではないか。オークは人語を解さない種族である。だからきっとだいぶオークっぽい生徒を見間違えたに違いないのだ。
「よし」
ギムレイはそう自分に言い聞かせて、再びガラガラと扉を開ける。
「おお、教官殿。忘れ物を取りにでも行っておりましたか?」
(あ、うん。やっぱりどう見てもオークだよなこれ。予想以上にオークだぞこれ)
ギムレイは最前列右端の生徒を改めて確認してガックリと項垂れた。
人間よりも明らかに太く大きい骨格と体躯、厳つい皺の寄った顔立ち、そして太く長く発達した犬歯。文句なしのオークであった。
「あー、ほんとだ。オークにそっくりですねあの生徒~」
アイラはそんなことを言うが、どっからどう見ても確実にオークだろう。
いや、しかし、常識的に考えてモンスターが生徒として来ているわけが……いや、まずは担当教官としての仕事をしよう。
一つ咳払いをし、気を取り直してギムレイは言う。
「えー、それでは自己紹介からやってもらうか。まず、君たちから見て一番右の最前列の者から」
ギムレイは、ほぼ確定的にオークっぽい生徒に目配せをする。
「うむ。初めまして皆の者。俺の名はブロストン・アッシュオークだ」
やっぱり、オークだった。
アイラは嬉しそうに言う。
「うわ~、名前もオークっぽいですね~」
オークっぽいというか、オークという単語がそのまま入っているのだが……
「えーとぉ、質問~。趣味とかってありますか~?」
「趣味は読書と油絵と詩歌、それから音楽を少々」
しかも、なかなかに教養と風情を解するオークらしい。
慌てて名簿を確認するギムレイ。
確かにある。『ブロストン・アッシュオーク』という名前が。つまり、このオークは(当たり前だが)正式な手続きを踏んで入学してきたというわけである。願書を送り、試験を受け、特別士官コースに合格するだけの得点と学歴をもって、今この席に座っているのだ。
「……」
言葉を失ってしまったギムレイは、本来あるまじきことであるが残りの生徒たちの自己紹介を上の空で聞いてしまった。
「ギムレイせんせ~、皆自己紹介終わりましたよ~」
「あ、ああ。すまない。では、授業を始めよう。授業の始めの挨拶はクラス代表にしてもらうことになっている。クラス代表は首席合格の生徒に務めてもらうのだが……えーっと、今年の首席合格は」
オークが椅子から立ち上がる。
「ふむ。俺だな。合格通知にそう書いてあった」
お前かよ!! と内心で激しく突っ込むギムレイ。
「では、生徒一同、起立、教官に礼!!」
肺まで響くような低重音でありながら、驚くほど聞き取りやすくスッと入ってくるクラス代表の声に、ギムレイはひたすら激しく顔を引きつらせることしかできなかった。
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