第42話 アリスレート潜入?
一台の大型の馬車が山道を走っていた。
馬車には二人の男が乗っていた。馬を操る運送屋のライドと東方騎士団の制服を着た男である。
この取り合わせは今回この馬車に与えられた役目、東方騎士団学校への物資の搬入のためのものだった。
ライドはちらりと後ろを振り返り、今回搬入する荷物に目をやった。
主に飲み水や食料が縄で束ねて載せられており、普段運んでいるものと相違ない。だが、たった一つだけ異彩を放つ積み荷があった。
真っ赤に塗装された樽である。髑髏にバッテンマークの紙が貼りつけられ『超危険、取り扱い注意』などと書かれている。
「あれが騎士団学校に配備されるっていう、最新の魔道兵器ですか。どうにもみょうちくりんな見た目してますねえ」
ライドはそう呟いた。
騎士は答える。
「らしいな」
「おや? 『らしい』というのはどういうことです?」
「俺にも詳しいことは知らされておらんのだ。ただ、上からは決して中身を見ないことと、くれぐれも取り扱いには注意するようにとしか……」
「そりゃまた、奇妙な話ですねえ」
「まあ、私の仕事は荷物搬入中の警備だ。妙な詮索をすることじゃない」
その言葉を聞いて、ライドはヘラヘラと笑いながら言う。
「はははは、職業意識が高くてなによりですな。どれ、私も妙な好奇心に囚われず運び屋の仕事をまっとうしますか」
そう言って正面に向きなおろうとしたその時だった。
ガコオオオオン!!!
という激しい衝撃が馬車に襲い掛かかった。
「うわぁ!!」
馬車が倒れ、座席から放り出される二人。
「くっ……くそ、何事だ」
そう言いながら、全身を地面に打ち付けられた痛みを押し殺して起き上がった騎士の耳に、下品な笑い声が聞こえてくる。
「ゲヘヘヘヘヘ、大成功だぜ!!!」
現れたのは無精ひげを生やした酒臭い男であった。
その後ろから、ぞろぞろと野蛮な身なりをした男たちが現れる。
「へへへ、さすが親分でさあ」
「食料関係は積み荷の警備が緩いってのはマジだったんすねえ」
騎士は歯ぎしりをしながら、腰に差した剣に手をかける。
「何者だ貴様ら。この積み荷が東方騎士団のものであると知っての狼藉か!!」
「あー、そうだよ。だから狙ったんだっつーの。騎士団様のものなら品物の品質はある程度保証されるからなあ。狙い目だろ?」
「ふん。下賤な賊は、モノを考える知性まで低いと見える。騎士団の積み荷である以上、騎士が警備にあたっているということも想像できんとはな」
騎士は剣を引き抜いて言う。
「この二等騎士、フリット・クリークがその皺のない脳みそに手痛い教訓を刻みつけてやる」
騎士は自らの体に魔力を循環させて、強化を施し無精ひげの男に切りかかる。
「でやあ!!」
「ふん、馬鹿が」
無精ひげの男は自らも剣を引き抜くと、悠々と騎士の一撃を受け止めた。
「なにぃ!?」
「ふん」
驚愕する騎士の腹に、無精ひげの男の前蹴りが炸裂する。
すさまじい衝撃に騎士の体がくの字に折れ曲がる。
騎士の体は5メートル以上地面を転がりようやく勢いが止まったが、もはやうめくばかりで戦闘など到底続けられなそうな状態になっていた。
「そ、そんな。二等騎士があんなにもあっさり」
ライドは唖然としてしまう。
「おいおい、俺様を誰だと思ってんだあ!? 元騎士団員にして元Aランク冒険者『暴虐の騎士』ドルムト様だぜぇ? まあ、今は盗賊だがな」
無精髭の男、ドルムトは剣を肩に担ぎながら部下に命令する。
「さて、野郎共。報酬をいただこうじゃねえか」
「へい!!」
盗賊たちは倒れた馬車の荷台に群がり、荷物を奪おうとする。
「くっ……」
目の前で自分が仕事で運んでいる荷物を強奪されるライドが小さくそう呻いた。
「……す、すまない。私がついていながら」
腹部を押さえながら倒れ伏している騎士が、絞り出すように謝罪の言葉を述べてくる。
「いえ、相手が元Aランク冒険者ともなれば仕方のないことです。Aランク冒険者は常人ではどうにもならないほどの強さを持っていますから……はい、そうです、仕方のないことです」
と言いつつ、ライドの手は血がにじむほどに握りしめられている。彼は運び屋としての自分の仕事に誇りを持っている人間である。もし相手が普通の盗賊だけだったのなら自らの身を危険にさらしてでも積み荷を守りたいが、相手には自分ごときが何かしたところでどうにもならないような強者がついている。
二等騎士も悔しさに奥歯を噛みしめた。
なんとも情けない。騎士だなんだと言っておきながら、何もできずに一蹴されてしまった自らの未熟さを呪う。
「ん? なんだこの樽」
その時、盗賊の一人が真っ赤に塗装された樽に目を付けた。
盗賊は樽に歩み寄り、樽の側面をバンバンと叩いてみる。張り紙に書いてある文字は、残念ながら文字を読めるような教育を受けていなかったので読むことができなかった。
騎士はそれを見て冷や汗を流す。なにせ、上官からくれぐれも扱いを注意するように言われた新型の魔道兵器である。強い衝撃を受ければ爆発する類のものではないと言い切れない。
「ま、待て。それは……」
「あーん、よっぽど大事な物らしいなあ。こいつも頂いていくか」
そう言って、乱暴に樽を持ち上げようとする盗賊。
とっさに身構える騎士とライド。
それを見て盗賊たちが言う。
「おいおい、何ビビってんだよ」
騎士が慌てて言う。
「待て、もっと丁寧に扱うんだ。それは、新しく配備される魔道兵器で上官からもむやみに動かすなと言われている」
「え?」
騎士としては注意を促したつもりであったが、逆効果であった。
「あっ」
その言葉に気を取られた盗賊は、樽を動かそうとした拍子に段差に引っ掛かり、樽を倒してしまったのである。
再度身構える騎士とライド。今度は盗賊たちも一緒である。
が、特に爆発するでもなく倒れた拍子に樽の上側がポロリと取れただけであった。
しかし、何人かが違和感を懐く。初めから上側が開くようにできていたのではないかというような、おかしな壊れ方だったからである。
すると、樽の中から何かがのそのそと這い出してくる。
山賊たちも含め皆の視線が集まる。
しかし、樽の中から出てきたのは。
「……ふあぁ、リーちゃん、もう朝ぁ。まだ眠いよぉ」
10歳ほどの少女であった。
「……」
「……」
「……」
一同をなんとも言えない静寂が包み込む。
「うーん、やっぱりアリスもう一回寝るー……スピー」
少女、『オリハルコン・フィスト』の一人アリスレートはそう言って再び樽の中へと戻って寝息を立て始めた。
しばし大口を開けて呆けていた一同だったが。
「ククククク、ハッハッハッハアアアアアアアアアアア!!」
ドルムトの大笑いによって静寂がかき消された。
「驚かせおって。なーにが最新の魔道兵器だ。あれかぁ、このお嬢ちゃんの可愛さが兵器ってかあ!?」
ドルムトの言葉に子分たちも腹を抱えて笑い出す。
ライドと騎士は危険な魔道兵器と呼ばれていたものの中身が、幼い少女だったという事実をまだ上手く受け入れられずひたすら困惑するばかりであった。
ドルムトは樽を軽々と片手で持ち上げて逆さまにする。
「ぺぎゅ」
樽から地面に落ちたアリスレートが、なんとも可愛らしい声を上げた。
「ほうほう、こりゃたまげた。冗談で可愛さが兵器などといったが、あながち間違いでもないかもしれんなあ」
ドルムトの言う通り、アリスレートの容姿は大変に可愛らしいものである。キメの細かく色つやの良い紅い髪、クリっとした大きな目、透き通るような白い肌、そういう趣味がなくても思わずため息が漏れてしまいそうな美少女だ。
ドルムトはアリスレートの服をつかみ、つまみ上げるようにして持ち上げる。
アリスレートは眠たげな眼をこすりながら言う。
「うーん、あれ? おじさんたち誰?」
「あん? そうだな、おじさんたちは君を楽しいところに連れていってあげるやさしい人たちだよ」
「そうなんだー、でも、今は眠いからあとでねー……すやー」
「ちっ、なんだこいつはとぼけてやがるな。まあいい、しかしとんだ掘り出し物だぜ、好事家の貴族に売りつければ豪邸が買えるくらいの値が付く」
そう言ったところで、騎士はハッとなって言う。
「ま、待て。我が王国では奴隷の売買は禁じられている」
なぜこの少女が兵器と偽って運ばれていたのか、そもそもこの少女は何者なのか、など気になることは山ほどあった。しかし、それはさておき、目の前での誘拐行為をみすみす見逃すわけにはいかないのである。
「あ? うるせえな。俺様たちが奪ったもんだ。俺様たちがどうしようと勝手だろう。それとも、もう一回俺様とやりあうか?」
「くっ……」
騎士は唇を噛む。先ほど受けた前蹴りのダメージは凄まじく、勝負以前に立ち上がれる状態ではなかった。
ドルムトはアリスレートを目の高さまで持ち上げ、改めてマジマジと見ながら言う。
「へへへ、それにしてもホントにとんでもねえ上玉だぜ。あと5年もしてりゃ俺様が味見してやったんだが」
その時、アリスレートはムッとして愛らしい頬をぷっくりと膨らませた。
「……むー、うるさいなあ。静かに寝させてくれないとこうだぞー」
「あ?」
ドオォ!! と。
轟音とともにドルムトの体が大きく宙を舞った。
きれいな放物線を描き、40m先の地面に激突したドルムトは当然のごとく一撃で気を失う。というか、彼ほどの強者でなければ即死しても全くおかしくない事態である。
「……え?」
「お、おい、今何が起こったんだ?」
山賊たちは自分が頼りにする頭領の身に何が起こったのか、すぐに理解することができなかった。
すぐに理解していれば、そのあとに身に降りかかる災難からも逃れられたであろう。
しかし、遅かった。
「『とりあえず、寝起きのアリスちゃんは繊細なんだぞ』魔法ー」
盗賊たちに人差し指を向けて、そう口にした瞬間。
アリスレートの体から不可視の衝撃波が放たれた。
衝撃波は音速で途中の地面を根こそぎ抉りながら、盗賊たちに襲い掛かる。
「「ぐあああああああああああああああああああああああああああああ!!」」
盗賊たちは突風にさらされた塵芥のごとく、一瞬にして衝撃波に吹き飛ばされ、あっという間に目では見えないところまで飛んでいってしまった。
「ふう。じゃあ、おやすみー」
アリスレートは一言そう言って、その場に横になると5秒もせずにすやすやと寝息を立て始める。
一部始終を目撃した業者の男ライドと騎士フリットは、驚愕のあまり顎が地面と衝突するほどあんぐりと口を開けたまま、数分間その場に固まってしまう。
やがて、ハッとなって騎士フリットは言う。
「いつまでも、突っ立てるわけにはいかんな。奴らに荒らされた荷物を積みなおして騎士団学校に向かわなければ」
「ですな。ああ、ただどうしましょう騎士殿。馬車はさっき転倒して壊れてしまいましたし。馬は何とか無事ですが」
「うむ。では仕方ない。ライド殿、馬に乗って町まで下りて応援を呼んでくれ。俺はその間荷物の見張りをする」
「へえ、分かりやした」
「さて、それから」
フリットは目線を地面に落とす。
「彼女をどうするか……とりあえず起きてもらって聞きたいことが山ほどあるのだが」
「誰が起こすんです」
ライドの言葉に、フリットは押し黙ってしまう。
目の前にいるのは、右手を枕にしてすやすやと可愛い寝息をたてる小さな少女である。
が、二人は寝起きの機嫌を損ねた蛮族たちがどのような目にあったかを、ついさっき目の当たりにしていた。
「……起きるまで待ちますか」
「……ですね」
色々分からないことはあるが一つ分かったことは、彼女が超危険な魔道兵器だという上官の話は嘘ではなかったということだけであった。
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