第40話 アルクの事情

 すでに就寝時間は過ぎていたが、リック達の住む騎士団学校第1学生寮504号室には、小さな明かりが灯っていた。


「……今まで黙っていてすまない」


 アルクが深く頭を下げながら言う。


 しかし驚いたなあと、リックはついさっきのことを思い起こす。


 まさか、同部屋の美少年が美少女だったとは。なんだろ、この同い年の冒険者やってるやつの家で見つけた妄想小説みたいな展開。


「まあ、別にそれはいいんだけど。なんでわざわざ男装して騎士団学校入ってきたんだ?」


「俺も兄貴と同じこと疑問に思いました。4ヶ月後には女性隊員の募集があるんで、そっちに行けばいい話っすからね」


 俺とガイルの問いにアルクが答える。


「それでは……間に合わないかもしれないんだ」


 アルクは切々と語り出した。


 アルク・リグレットの生まれたリグレット家は、元々地方を中心に活躍していた商人の家系であった。しかし、両親が事業に失敗したうえに馬車の事故で死んでしまう。


 不幸は続く。三ヶ月前、今度は残った唯一の肉親である弟が流行病にかかった。


 現在は何とか容態が落ち着いてはいるが、数年の内には危険な状態になるだろうと医者は言う。だが、根本治療には多額の医療費がかかり、両親に先立たれたリグレット家にそんな余裕は無かった。


 そんなときに、アルクの高い魔力を見込んだ学園長から騎士団にスカウトされたのである。もし、首席で卒業できれば特別士官として本人と家族の医療費を国が全額負担してくれる福利厚生が与えられる。


「弟の容態を考えれば悠長なことはやっていられなかった……だから、学園長に取りはからってもらって募集時期が近かった一般職の男性隊員として入団させてもらったんだ」


「なるほどなあ」


 リックはアルクの話をひとしきり聞いた後、そう呟いた。


 隣を見るとなにやらズルズルと鼻をすする音が聞こえる。


「……ズビー……アルクぅお前も苦労してるんだなあ。病弱な弟さんのためにそんな頑張ってるなんてよぉ」


 ガイルが涙を流しながらそんなことを言った。


 涙もろいやつだったのか。とリックは驚く。


 アルクは唇を噛みしめ、痛切な表情で言う。


「……だが。こうして、バレてしまった以上は……」


「言わないですよ」


 キッパリとそう言ったのは意外にも脱衣所でアルクを見てから、今まで黙りっぱなしだったヘンリーだった。


「少なくとも、僕は言わないです」


 女性であるアルクに話しているのに、声は震えておらずしっかりとした口調であった。


 ヘンリーくんは先の模擬戦を経験して本当に強くなったなあ、と感心するリック。


 アルクは驚いてしばらく呆然としていたような様子だったが、やがてヘンリーの方を見て言う。


「その、いいのか? ヘンリー」


「は、ははははい、そんな気にすることななななな」


 ……やはり、ヘンリーはヘンリーであった。


 ガイルも袖で涙を拭いながら言う。


「俺も誰にも言ったりしないぜ!!」


「ああ、むしろアレだ。俺たちに協力できることがあったら言ってくれよ」


 ガイルとリックの言葉に、アルクはキョトンとして目をパチパチとさせるばかりであった。


   □□□


「……さて、『特別強化対象』についてですが」


 教官達は今日も今日とて、しかめっ面で会議を行っていた。


「どうしましょうか……」


「ほんとですよ……」


 集まった教官達は一斉に頭を抱えた。


「まさか、ワイト主任教官がやられるとは思っても見なかったですよ……全治五ヶ月だそうです」


「私も試合を見ましたが、アレはなんというか人外の類ですな。何を間違ってこの学校に紛れ込んできたのやら……」


「だから、俺はそう言ったじゃないか!!」


 バンと、机を叩いたのはAクラス担当教官のペディックである。


「アレにはまっとうなイビリなんぞ効きはしないんだ。東方騎士団学校名物『七つの地獄』も、鼻歌交じりに乗り越えるようなやつだぞ」


「うーむ。もう彼のことは諦めますかね……『特別強化対象』は他の生徒に」


「いや、それでは我らのメンツが」


 なかなか意見のまとまらない教官たち。


 その時、Bクラスの教官がこう言った


「やはり、孤立させる……しかないでしょうね」


 ペディックはそれを聞いて顎に手を当てて言う。


「孤立させる、か。まあ、一番ダメージを与えられることではあるな。すでにやつのルームメイトは、やつに巻き込まれて通常よりも遙かに厳しい訓練を受けているし、それで不満を煽ろうともした」


「今のところ、そこを徹底していくしかないでしょうなあ。ルームメイトたちへの厳しい『指導』を」


 Bクラスの担当教官の言葉に、教官たち一同は頷いたのだった。


   □□□


 さて、翌日。


 今日は生徒たちにとって特別な日であった。


 騎士団学校に入学して以来の休日である。


 とは言っても騎士団学校の敷地の外に出られるわけではないのだが、生徒たちは限られた敷地の中でそれぞれの自由を満喫していた。


 一番多かったのは二度寝をする生徒である。騎士団学校のハードな日程によって慣らされた彼らの体は、本人の意思と関係なく朝の5時半に目を覚ましてしまう。普段ならここから筋肉痛と取り切れない疲労を引きずりながらベッドから這い出し、授業の準備を始めるのだが、今日は違う。


 そのまま、再び眠りの世界に入ることができるのである。何という幸せだろうか。生徒たちは布団をかぶり直し、ぬくもりに守られながら体を休めるのである。


 504号室の部屋員ヘンリー・フォルストフィアも本来なら、一般的な学生と同じ行動をとるはずなのだが、どうにも目が覚めてしまった。


「はあ、昨日色々ありすぎたせいで目が冴えちゃうなあ」


 そう言いながらのそのそとベッドから這い出す。


「いててててててて」


 昨日の模擬戦で受けた傷が痛む。運よく数日もすれば治る傷ばかりだったようで、自分で動くことは問題なかった。


 グゴー!!


 と、下の段でガイルがデカいびきをたてながら寝ている。彼も昨日は教官に叩きのめされ、アルクの秘密を目の当たりにするというヘンリーと同じことを経験しているはずなのだが……この図太さは見習いたいものである。


 ほかの二人はすでに起きているらしくベッドに姿はなかった。


 洗面用具を持って、廊下を挟んだ先にある洗面台のほうに行くとルームメイトのリックがいた。


 パッと見では普通の冴えないオッサンにしか見えないリックだが、これまでのことでヘンリーはその見た目での印象がとんでもない嘘っぱちであると知っていた。


 この男は教官たちですら容易くねじ伏せるほどの実力の持ち主である。昨日の夜も一等騎士と戦った後だというのに、全く疲れた様子もなくケロッとしていた。ヘンリーの目には無敵の超人か何かとしか思えないのである。


「おはようございます。リックさん」


「……アア……ヘンリークン、オハヨウ。キョウモイイテンキデスネ(白目)」


 ……無敵の超人はなぜか死ぬほどゲッソリとしていた。


「朝からいったいどうしたんですか? やっぱり、これまでの疲れが?」


「いや、まだ軽めの訓練しかしてないからそんなことはないんだけど」


「リックさんはほかの生徒の10倍くらいハードにやってると思うんですが……」


 リックが窓の外を見る。


 真新しい制服を着た生徒たちが続々と門をくぐっていた。すでにヘンリーはAクラス以外の人間の顔を何人か覚えているが、全く見慣れない顔ばかりである。


 彼らは高級士官コース。高い学歴を持ち、なおかつ試験において優秀な成績を収めたモノだけが入ることのできるエリートコースの者たちであった。


 彼らを見るリックは、非常に気の毒そうな目をしていた。そして溜息まじりに言う。


「今日はさあ、知り合いが入学してくるんだよね」

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