第39話 もうすぐ、あの人たちが来る

 その日の夜。


 就寝時間前の自由時間にリックは第四校舎にいた。


 第四校舎はリックたち男性一般隊員の入学から4ヶ月後に入学してくる女性隊員の授業で主に使用される校舎である。今の時期は全く使用されないため他には誰もいない。


「んー、高密度の魔力反応はなしか」


 そう呟くリック。手には密度の高い魔力に反応して振動する水晶を持っている。


 現在リックは騎士団学校に潜入している本来の目的、学校敷地内にあると予想される『六宝玉』の捜索の最中である。


 リックの耳に、鈴の音のような凛とした女の声が聞こえてくる。


「リック様」


「おう、リーネットか。昨日から来てたんだっけか」


「はい」


 『オリハルコン・フィスト』のメンバーの一人。メイドエルフのリーネットであった。潜入しているにもかかわらず服装がいつもと変わらずメイド服なのは、主に敷地内の清掃を行う給仕として潜入している為である。


「捜査の進み具合はどうですか、リック様?」


「んーイマイチだなあ」


 リックは入学以来、機会を探しては学校中を歩き回っているのだが、いかんせん学生は自由に動ける時間が限られている。


「私は仕事柄リック様よりは捜索しやすいですが、こちらもまだ見あたりませんね。何分広い敷地ですからまだ10分の1ほどしか見て回れていません。まあ、もうすぐ他の方々も来ますから、捜索のペースも上がるでしょう」


「あー。やっぱ来るのかあ」


 リックは遠い目をして、天井を見上げながら神的な存在に対して、呟くように祈りを捧げる。


「……どうか、なにも起きませんように」


「無理だと思いますよ」


「俺も無理だと思ってるけど、現実を突きつけるのは止めてくださいリーネットさん」


 リックは苦い顔をしてそう言った。


   □□□


「待ってましたよ!! リックの兄貴!!」


 捜索を終えて部屋に戻ってきたリックに、ガイルが開口一番そう言ってきた。


「お、おう」


 ついこの前まで、舎弟だなんだと言っていた男の変わりように困惑するリック。


「その呼び方やめない?」


「いえ、兄貴は兄貴ですよ!! 俺、兄貴の強さに震えました。なにより、ルームメイトを守るために誰も逆らえない教官に立ち向かった姿に感動したっす!!」


 キラキラした目をしてそんなことを言ってくるガイル。


「あの、リックさん。ありがとうございます!!」


 そう言ってきたのはヘンリーだった。数カ所、包帯を巻いているところや痣になっているところもあるが、どうやら大事には至っていないようだった。


「ってか、お前もよくあの性悪教官の攻撃に耐えたじゃねえかヘンリー」


 そう言ってヘンリーの肩に腕を回すガイル。


「そ、そんなことないよ。すぐに降参しようとしちゃったし」


「はははは。甘いぜヘンリー。俺様は喧嘩慣れしてっから分かるんだよ。お前、口では降参とか言いつつ、実は最後までワイト教官に一太刀浴びせようと狙ってたろ」


 リックも言う。


「あ、それ俺も気づいてた。剣を一回も離さなかったもんな」


「ま、まあ、それは、一応僕も騎士になるためにここにいるわけだし……」


 ヘンリーは照れくさそうにそう言った。リックと同じく『英雄ヤマトの伝説』に憧れる少年である。気弱そうに見えて、奥底には強い思いがあるのかもしれない。


 リックはそこであることに気づく。


「あれ? そういえばヘンリー君、全然震えてないじゃん」


 女と身長170cm以上の男を前にすると、緊張で震えてしまうなどと言っていたヘンリーだったが、長身で筋骨隆々なガイルに首に手を回されても平気な顔をしていた。


「あ、言われてみればそうですね」


 ヘンリー自身も意外そうであった。


「凄く怖い思いしたから慣れたのかもな」


「そ、そうですか。僕も少しは強くなれたんですかね」


 そう言って胸に手を当てて頷くヘンリー。


「ガハハハハハハ、いいじゃねえかヘンリー。同部屋の『ダチ』として頼もしいこったぜ!!」


 ガイルは豪快に笑い飛ばしながら言う。


「あ、そうだ兄貴。ちょいと遅くなっちまいましたが、皆で風呂行きましょうぜ。前にこっそり夜出歩いてたときに気づいたんですが、自由時間の後、消灯時間直前まではお湯を抜いてないみてえですわ」


「あー、そうだな。正直、模擬戦の時の汚れもあるし、お湯に浸かっておきたかったんだよ」


「よっしゃ! アルクの奴がいねえのは残念だが、今日のところは三人で裸のつき合いといきましょうや!!」


   □□□


 アルク・リグレットは今日も学園長室に来ていた。


「チェックメイトです」


 アルクのナイトが学園長のキングを射程圏に捉え、完全に退路を塞いだ。


「ハハハ、やっぱり強いなあアルク君は。結局今まで一回も勝ててないよ」


 ポリポリと頭をかきながら少し悔しそうにそう言う学園長。


 一方、アルクはゲームにかったにもかかわらす、うつむき加減であった。


「ふむ。どうも浮かない顔をしているようですが……私みたいな冴えないおじいさんの相手は退屈ですか?」


「い、いえ、そんなことは」


 首と手を横に振るアルク。


「ははは、気を使わなくても結構ですよ」


 学園長は柔和な笑顔を浮かべると、部屋の隅にある時計を見て言う。


「お、そういえばちょうど生徒の入浴時間が終わった頃だね」


「はい。いつも時間の都合をつけていただきありがとうございます」


 そう言って深く頭を下げるアルク。


「いやいや、こちらこそゆっくりと浸からせてあげることができなくて心苦しいよ。それに私は君の才能には期待しているんです。このくらいの協力は惜しみませんから、ぜひ首席の座を勝ち取ってください」


「……はい」


 アルクは学園長の言葉を反芻する。


『ぜひ、首席の座を勝ちとってください』


 そう、自分はこの騎士団学校でどうしても首席をとらなくてはならない。そのためなら何でもするし、どんな苦しい訓練にだって耐えてやるつもりである。


 しかし、どこの神の悪戯か。


 アルクの同期には同じ部屋に住む『あの男』がいる……先刻、アルクが歯が立たなかった一等騎士を、まるで赤子のように圧倒した化け物が。


 鬱々とした気持ちのままアルクは、入浴時間が過ぎたはずの風呂に向かった。


   □□□


 騎士団学校には40人以上が一斉に利用できる大浴場が完備されている。


 毎日のように厳しい訓練を行う生徒たちの体を休めるためにということで、引退した騎士たちの寄付によって7年前に作られたものである。


 脱衣所に入ったリックたちは、さっそく今日の汚れがついた服を脱ぎにかかる。


「しっかし、改めて見るとえげつない体してますねリックの兄貴」


 裸になったリックの上半身をまじまじと見てガイルがそう言った。


 本来なら膨大な面積になるはずの巨大な筋肉を、何らかの方法であり得ないほど凝縮したとしか思えない体つきである。


 ヘンリーも半分呆れたように言う。


「ほんとですよ。いったいどんな鍛え方をしたらそんな風になるんだか……」


「今度、俺に教えてもらっていいっすかね兄貴」


 そう言ってきたガイルの肩をポンと叩いてリックは言う。


「……いいか、ガイルよ。早まるな」


「???」


 ガイルは大きく首を傾げた。


 世の中には知らない方が幸せでいられることもある。


 リックは話題を変えようと、同部屋4人の最後の一人のことを口にする。


「それにしても、アルク君はいつもこの時間どこに行ってんだろうな」


「あ、アルクさんかぁ……」


「ん? どうしたんだヘンリー君」


 少しため息のような声を出したヘンリーに、リックは質問する。


「そういえば、ヘンリー君はアルク君と話すときすげえ緊張するよな。女性苦手って話だけどいくら何でも緊張しすぎじゃない?」


「てか、アイツ男だしな。確かに女みたいな見た目してるけど」


 ガイルも横からそんなことを言ってくる。


 ヘンリーは少しモジモジした様子で答える。


「そ、それがですね。アルクさんを初めて見たときから、なぜかこう胸がドキドキしてしまって」


「へえ、そうか……え?」


「気がつけばアルクさんのことを目で追っているんですが、そうするとまた胸が苦しくなってしまって、これ。何かおかしいですよね」


「おうおう、マジでなんかの病気なんじゃねえか?」


 ガイルが真面目に心配そうな声でそう言った。


「……」


 そんな二人の様子を見て、言葉に困るリック。そういえばこの子たちは自分の半分も生きていない少年だったなと思い出す。甘酸っぱい思いもまだこれからということなのかもしれない。


「あー、あの、うん。まあヘンリー君、価値観は人それぞれだからな」


 リックはウンウンと頷いた。


 その時、ガイルがあるモノを発見する。


「ん? この服。アルクのじゃないか?」


 左端の洗濯カゴに衣服とアルクがいつも持っている短剣が入れられていた。


「アイツいっつもいないと思ったらこの時間に風呂入ってたのか」


 その時。


 風呂場のドアがガラガラと開いた。モクモクと立ち上る湯煙と共に、おそらくアルクであろうシルエットが脱衣所に入ってくる。


 ガイルは手ぬぐいを肩にかけながら、人影に向かって言う。


「おーう、なんだアルク。お前もこっそりこの時間に入ってたのか。せっっかくだし、俺たちともう一度入り……」


「えっ?」


 リック達の方を見て、シルエットの動きが固まった。


 湯煙が徐々に薄くなる。


 確かにそこにいたのはアルクだった。ここ数日で見慣れた艶のある髪、美しく整った目鼻立ち。


 だが、それだけではない。


 臀部から腰にかけての滑らかな曲線、そして、なにより上半身についた二つの柔らかそうな膨らみ。


「「お、女あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」


 リックとガイルの大合唱が風呂場全体に響く。


「……………………」


 そして、ヘンリーは無言のままポカーーンと大口を開けてその場に固まってしまっていた。

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