第96話 鍛えたから
先天的に他種族を圧倒するほどの魔力量を持つエルフ族。
彼らがもっとも得意とする魔法が自然の力を利用し主に遠距離攻撃において力を発揮する界綴魔法である。
そして自然の力を利用する界綴魔法には主に五つの系統が存在する。
土、火、水、風、エーテル。
魔法学ではこの世界の構成物質と言われるこの五つを『元素五系統』と呼ぶ。他の系統はこの五つの派生であり、単純な出力の面では元となる五つの系統に劣るとされる。
エルフォニアの誇る最強の魔法戦力『魔法軍隊』は、この『元素五系統』のどれかを主に使用するものが多い。血統にこだわる気質からなのか、単純に他の系統よりも出力を圧倒的に出しやすいからなのかは定かではないが、隊員のほぼ全員が最低でも三つ以上の属性を使いこなすことができる。
要は、末端の隊員一人に至るまで、高火力で扱いやすい遠距離攻撃を習得してるということである。その厄介さは広く大陸に知られ「近づくことすら叶わない軍隊」と言われ畏怖される。実際にかつての近隣との戦争が起こった際は、『魔法軍隊』は一人の死傷者も出すことなく敵国の首都を陥落させていた。
さて現在、そんな『魔法軍隊』の目の前にいるのは自分たちの最高司令官であり、仕える国の第一王子の領内に突然侵入してきた不届き者である。
人間族で年齢は三十歳ほど。短命な種族は見た目で年齢を判断しやすい。
そして、その腕に巻かれているのは最低レベルの魔力量を示す黒いミサンガ。
まったくもって、何を血迷ったのだと言いたくなる。その貧弱な魔力量で何ができるというのか?
隊員の一人が侵入者に右手をかざす。
「押し流せ灼熱の流撃、汚れた大地に浄化の光を。第五界綴魔法『セイント・フレア』」
略式詠唱の第五界綴魔法。
使ったのは平隊員であり、平隊員ですら当然のようにこのレベルの魔法を使用できるというのは驚異に他ならない。
『セイント・フレア』は通常の炎よりも明るい光を放つ炎を射出する魔法である。その光の正体は通常の炎では出せないはずの高エネルギーを炎の中に閉じ込めていることで発生する。
要は炎よりも温度の高い炎を射出するという界綴魔法なのである。
その高温によって本来なら壁として機能するはずの城壁や盾を溶かし貫通する。
本来人体に向けて撃つような魔法ではないが、目の前の男にひとまず人権など認める気などないという意思が明確に伝わってくる一撃である。
直撃。
爆音と共に凄まじい熱量が襲いかかった……のだが。
「……終わりか?」
侵入者は微動だにせずその場に立っていた。
服は焦げたが全くダメージを受けた様子もない。
部隊の指揮官が言う。
「この男、かなり強力な防御魔法を発動しているぞ。全員で一斉に攻撃しろ!!」
その言葉に訓練された隊員たちは一斉に詠唱を開始する。
「「「押し流せ灼熱の流撃、咎人の隠れ家、罪人の王城、偽善者の庭園、一つ余さず汚れた大地に浄化の光を」」」
今回は完全詠唱。完全詠唱は2ランク上の威力を出すと言われている。
よって放たれる魔法の威力は実質第七界綴クラス。
それが、一斉にリックに向けて放たれた。
容赦のない集中放火。四方八方から放たれたその魔法攻撃の数は三十にも及ぶ。
それに対して、侵入者は……。
なんと、先ほどと同じく一切その場を動かずにまともにその攻撃を受けた。
ドゴオ!!!!
と、先程とは比べ物にならないほどの爆音とともに、盛大に火柱と爆煙が舞い上がる。
なぜ侵入者は、まったく躱す素振りすら見せなかったのか?
確かに完全に取り囲まれての包囲攻撃である。完全に躱すのは不可能なのだが、それにしても、どこかの方向に飛び込んで当たる攻撃の数を減らすくらいのことはできただろう。
それすら思いつけないほどの素人だったということか?
わからないが、ともかくあれだけの第五界綴魔法の全文詠唱をまともに食らって無事であるはずもない。もしかしたら原型を留めていない可能性もあるが、さっさと回収して任務を終わらせるのみ……。
しかし。
「……終わりか?」
爆心地の中心で、侵入者は悠然と立っていた。
先ほどと同じくまったくダメージなど受けていない様子で。
「なっ!?」
部隊長が思わず声を上げる。
「ば、馬鹿な。いったいどんな防御魔法を使ったというんだ!? 詠唱をした気配すらなかったぞ」
基本的に強力な魔法を使うには、魔力を練る時間がかかるし強力なものほど詠唱の省略は難しい。仮にも先程の攻撃は三十発以上の第五界綴魔法全文詠唱である。
防ぐには普通に考えて第六界綴魔法の全文詠唱か、上級神性魔法が必要なはずだ。それを魔法のエキスパートである自分たちの前で、魔力を練った素振りさえ見せずに使用するなど不可能である。
が。
「なぜもクソもあるか。鍛えたからだ」
侵入者は一言そう言い切った。
さっぱり言っている意味が分からず、その場で固まる『魔法軍隊』の一同。
「当たり前だと思うんだがな。一定以上速く動けるようになれば自分の動きで空気抵抗が発生して熱に晒されるようになる。それを続けてれば熱に対する耐性くらいは勝手に鍛えられる」
「な、なにをわけの分からないことを言ってやがる?」
至極真っ当な部隊長のツッコミが入った。
しかし、侵入者の目に冗談や嘘を言っているような様子はない。至って真面目な表情である。
「それで、ご自慢の魔法攻撃は終わりか?」
侵入者が一歩前に出る。
思わず一斉に後ずさる隊員たち。
「……よし、ならコッチから行くぞ」
「か、風の祈りよ、我が身元に」
隊員の一人が対抗して詠唱を開始しようとするが。
「遅えよ」
侵入者はたった一歩で30mの距離を詰めると、詠唱途中の隊員の胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
投げ飛ばされた先には城の中から増援に駆けつけた百人近い隊員たち。
「「ごあ!?」」
最前列にいた隊員たちが投げ飛ばされた隊員に激突し仰け反る。
その隙に。
「はあ!!」
リックは百人の集団に向けて突進した。
最前列の隊員の体の隙間に頭をねじ込み、肩と腕で押し込む。
百人の隊列がまるで津波に押し戻されるかのように、入ってきた城の方に押し戻されていく。
「「ぐっ……おお!!」」
隊列にいる兵士たちも当然必死に押し返そうとするのだが、まるで勝負にならない。
相手はたった一人の中年の人間族だというのに。
「どうした? ご自慢の魔法でなんとかしてみろ」
力で負けているならこういうときこそ得意の界綴魔法で迎撃すればいい、という理屈は確かにそうである。
だがこの状況でそれは難しい。
侵入者の周囲を囲む隊員たちも攻撃をうちあぐねていた。
「そうだ。ここまで敵に密着されれば、味方を巻き込む可能性のある攻撃魔法は使えない。そういう時のために、体力なり強化魔法なりを最低限は鍛えておくもんなんだがな……ハッキリ言ってお前たちは最低限すら達してない。だからこんなに簡単に押し込まれるんだ。少しは『王国』の騎士団でも見習うんだな」
確かに襲撃者の言うとおりである。
『魔法軍隊』の訓練はほとんどが魔力関連に割り振られており、また国民の気質から自主的に体力や身体操作を極めようとするものは非常に少ない。
そんな暇があったら、魔法の一つでも覚えるほうがいい。というのがほとんどの者の考えである。
とはいえ。
とはいえである。
いくら鍛えが足りないからといって百対一で押し負ける理由にはならないと思うのだが、そんなことをツッコむ余裕のあるものはその場にはいなかった。
とうとう最後尾の兵士たちが、閉じられた城の入り口の門に押し付けられる。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
咆哮と共に侵入者の腕にビキビキと太い筋が浮かび上がる。
ミシミシと城の門がひび割れ。
ガシャアアアアアア!!
と、盛大な音と共に壊れた扉の残骸と大量の圧迫されて気を失った隊員たちと共にその男は城の中に入ってきた。
城の中は外観に違わず、これまた非常に豪奢な作りになっていた。
入って正面の赤いカーペットが敷かれた階段の上にその男はいた。
「やれやれ無作法だねえ。これだから下賤な血のものは」
長身に自信に満ち溢れた整った顔立ち、高い魔力量を象徴する純金色の髪。
エルフォニア王国第一王子、エドワード・ハイエルフである。
侵入者は……リック・グラディアートルは、鋭い眼光を向けてこう言った。
「お前だな。エドワードってのは」
「如何にも。短命ザルにも顔を覚えられているとは、有名人は辛いね」
「お前の顔なんか知らなかったよ。興味もなかった。ただ面構えが露骨に人を見下してるからな。この国の人間は俺みたいに魔力の低い人間には多かれ少なかれそうだが、お前はその中でも飛び抜けて人を人と思ってねえ」
「ははは、そんなに褒めないでくれたまえよ」
整った顔立ちのまま、優雅に笑うエドワード。
リックは拳を握りしめると言う。
「警告はしたぞ。覚悟はできるんだろうな?」
□□□
「……よし。これでええやろ」
ミゼットはアリスレートの伝令用使い魔にミーア嬢への依頼状(半強制)を持たせて、彼女の元まで飛び立たせた。
夜空に飛んだ黒いコウモリ型の使い魔はあっという間に見えなくなる。
今回は国を股にかけた仕込みである。ミーア嬢は相当苦労を強いられるだろうが、まあ、彼女はなんだかんだ言ってなんとかしてしまえる子だ。
ミゼットは整備室の中に戻る。
「あの、ミゼットさん。リックさんは……」
モーガンが心配そうに言う。
「ははは、安心せえ。リックくんはな、やると決めたらやる男やで。正直見ていて恐ろしいくらいにや。それよりも、フレイアちゃんの心配しとき。仮に『アンラの渦』が解除されたとしても、明日は魔力回路が乱れた状態でこの欠陥機体にのらなあかんのやからな」
そう言って憎々しげな目を『ディア・エーデルワイス』に向けるミゼット。
「ミゼットさん……私は多少はアナタの事情を知っているつもりです。アナタがこの機体を憎く思う理由も分かります、ですが『ディアエーデルワイス』型の機体は魔力障害であるフレイアをここまで運んできてくれた相棒です。私は最高の機体だと思っていますよ」
モーガンの言葉に、ミゼットは複雑な表情を浮かべる。
「それはまあ、技術者として褒め言葉と思っとくわ。でも、だからこそ……この機体は欠陥機体なんや」
ミゼットは赤い機体に手を触れる。
そして、この機体と同じ髪の色をしたあの少女のことを思い出していた。
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