第95話 もたざる挑戦者たちに捧ぐ
その頃、第一王子のエドワードは自室で高級な料理に舌鼓を打っていた。
「ねえ、ディーン伯爵。料理は高価であれば高価であるほど美味しくなるのはなぜだと思う?」
問題だったフレイアが見事に怪我をしてくれたとあって、非常に上機嫌であった。
向かいに座るディーンは少し恐縮した様子で答える。
「ええと……それは高い食材を使えるし腕のいいシェフを雇えるからだと思いますが……」
「ふふふ、平凡な答えだね」
「も、申し訳ありません。ワタクシなどエドワード様に比べれば思慮が浅いゆえ……」
「高級料理の一番のスパイスは『自分は貧しいものが食べることができないものを食べているという優越感』だよ。持たざる下々の者たちが必死に汗水垂らして働いた賃金の何ヶ月分を、こうして一口で平らげる気分の良さに比べたら、高級食材の味もシェフの技術もおまけに過ぎないのさ」
そう言って、今まさに言った通り一切れで『エルフォニア』の労働者の平均の月収と同じ価値の肉を、フォークで突き刺して口に運ぶ。
「……さすがは、エドワード様。世の理を分かっていらっしゃる。感服いたしました」
ディーンはそう言って頭を垂れる。
彼自身心からエドワードの述べた理屈こそ真実だし、それこそ貴族の楽しみだと感じたのである。同時に自分もいずれはエドワードのように高貴な娯楽を楽しみ尽くしたいものだと思った。
……が、だからこそ、その上で心配なところがある。
今の機嫌のいいエドワードなら聞いても問題ないと判断し、口にする。
「エドワード様。失礼ながら一つお聞きしたいことが……」
「ん? なんだい?」
「先程の『アンラの渦』による妨害工作はまさにお見事と言う他無かったと思いますが、向こうには同じくその術式を知っているミゼット様がいます。もし気づかれた場合……」
「ははは、どうやって不正を訴えるっていうんだい? ごく一部の王族以外は存在すら知らない魔法だよ? そもそも、アレの存在を感じ取れる魔力操作技術を持つものがこの国でも数えるほどしかいないさ。それを大会委員会に今から存在を証明して、王族の仕業だと証明して、不正を訴えるなんて無理さ。万が一できたとしても、その頃には大会も選挙も終わってる。まあ、もっとも、僕はその過程もあらゆる手を使って疑惑のタネごと踏み潰すけどね」
エドワードは余裕しゃくしゃくの笑みでそう言った。
この男はこれだから恐ろしい。
そもそも、普通の者ならエリザベスと『グレートブラッド』、そしてサブとしてダドリーに『ノブレススピア』を準備した時点で勝利を確信するものだ。普通に考えればそれで十分に勝ち確定と言ってもいいのだから。
だが、この男はそれだけでは終わらない。他にいくつもの妨害工作を準備し実行してきたのである。『アンラの渦』は本当にいざというときの作戦であり使うことになるとは思わなかったが、結局その周到さがモーガンたちを詰ませることになった。
圧倒的に資金があり、権力があり、なおかつ徹底的に卑怯で用意周到なのである。
が、それでも。
「もちろん、真っ当な手段となればそれで済むというのは分かります。ワタクシが心配しているのはあの元第二王子が真っ当でない手段に訴えかけてきた時のことです……あの男は、それほどに危険かと……」
「そこまであのエルドワーフが怖いかい?」
エドワードの鋭い視線がディーンの方を向く。
「そ、それは、もちろん。三十年前、『エルフォニア』の魔法技術の粋を集めた防壁で守られた初代の像を木っ端微塵に粉砕したのは知っていましたが、実際に会ってアレがただの噂話ではないと確信しました。あの男は……国そのものとすら戦える力を持っています」
「それでも手を出せなければ同じことだよ」
「そ、それなのです。ワタクシは彼がなぜエドワード様に手を出せないのかということを知りませんので……いえ、エドワード様のお考えを疑うわけではないのですが」
「ははは、お前は心配性だなあ男爵」
エドワードはナイフとフォークを置くと、ワインを一杯飲んでから言う。
「簡単にいえば……母親のためだよ」
「母親のため、ですか?」
意外な答えに首をひねるディーン。
「あの、男が混じり物なのは知ってのとおりだが、我が父が血迷って迎えた第二夫人のドワーフ族の女がやつの母親カタリナだ」
「存じております。国王が第二夫人に迎え入れると発表したときは、皆騒然としましたから……」
「僕も当時は、父上は頭が腐ったんだろうと思ったよ。臭くて太くてだらしのない体をしたドワーフ属が王宮を練り歩くと考えると、吐き気がしたものさ。ただ、このカタリナという女はなかなか面白い女でね。自分の存在は混乱のタネになるからと、社交界や政治の場には極力顔を出さずにとにかく宮廷内の裏方の役割に徹していたよ」
エドワードは嫌悪を込めながらも話を続ける。
「まあ。ならそもそも、父上と婚約するなという話だし子供なんぞ作るなという話だが、そこを除けば、血が腐っている割にはそこそこに分をわきまえた女だった。ということだな」
「なるほど」
ディーンは深くうなずいた。
話を聞く限り、相当「ハイエルフ王家」のために自分のできることを考え、尽くした人物なのだろうとは想像がついた。
なにせ、このエドワードがエルフ族の貴族以外に(嫌悪と軽蔑が多分に含まれているとはいえ)プラスの評価を下しているのだ。
「そして、その息子のミゼットはどうやらその不純物から『ハイエルフ王家を支えていってくれ』と小さい頃から言われていたらしいんだよ。その、言いつけを母親が死んで三十年たった今でも後生大事に守っているというわけさ。まあ、支えることは全くしていないが、少なくとも、怒りに任せて次の王位継承者である僕に攻撃を仕掛けるようなことはしないだろうね」
「そ、そうなのでしょうか?」
理屈は分かる。
あの混ざり物の第二王子は、城内では混血として疎まれていたと聞く。
そうなれば唯一心を許せる相手は母親だったことだろう。その母親が生涯をとして支えてきた王家を自分からふっとばしに来るようなことはしない。
というのは分かる。
「ですが……ミゼット様は三十年前にあのことがあった後、国を出る前に初代国王の像に攻撃をしかけ破壊しています。それはつまり、母親の言葉のブレーキは利かないということではないでしょうか?」
「逆だね。三十年前にアレだけの事があっても、初代の像を吹き飛ばす程度しかしなかったんだ。母親の言葉によるブレーキは相当に強固だよ」
エドワードはそう言うと、もう一度ワイングラスを手に取り照明にかざす。
これもまた高級品である。この一本で国民の一年分の働きに相当する価値がある。
「まあ、はっきり言って僕には理解不能な感情だがね。ただ勝手にそう思ってくれてる以上は便利に使わせてもらうとするよ。ははははははは」
再び優雅に笑うエドワード。
その自信に満ちた様に、ディーンも安心したのかゲスな笑みを浮かべて笑い出した。
依然変わらず、持つものは盤石。
明日もこれまでのように、当たり前のように自分たちが勝利するだろうと。
□□□
「くっ……あの男め、どこまでも……」
モーガンは珍しく怒りと悔しさをあらわにして、拳を固く握りしめた。
国民議会の設立の準備にあたり、何度も何度も妨害をしてきたのは主にディーンだったが、その裏で糸を引いているのがエドワードだということはとっくに分かっていた。
分かった上で相手は、王位継承権を持つ第一王子。
貴族内で絶対的な権力を持つ以上は、一国民であるモーガンたちはどうしようもない。
それこそ、国民議会が開かれて民意が政治に反映されるようになれば、事情は違ってくるだろう。
だが、その国民議会を開くための障壁が、国民議会でも開かなければ打倒が難しい権力者であるというジレンマである。
「ミゼットさん……解呪の方法は」
「これについては、術者であるエドワードを直接叩くしかあらへんな。見つかりにくさと解呪の難しさがこの魔法の厄介なところや」
「くっ……それこそ、無理という話ですね。第一王子はすでに軍務部のトップも兼任している」
モーガンたちも私兵くらいは用意しているのだが、第一王子はその権限で『エルフォニア』が誇る最強の『魔法軍隊』を動かすことができるのである。秘密裏に誘拐して解除させるというのは無謀がすぎる。
かといって、正攻法で訴えるとなればかなり時間がかかる。『アンラの渦』の存在をミゼットのような分かる人間以外に証明するだけで、大会はおろか国民議会の選挙すら終わっているだろう。
よって、手詰まりである。
今もあの優雅に着飾ってはいるが、内心では常に人を見下している男は、贅を凝らした料理でも食べながらこうして手詰まりになっている自分たちのことを想像して楽しんでいることだろう。
「……なんとも、ままなりませんな」
がっくりとうなだれるモーガンに、ミゼットは何も言葉をかけることができなかった。
よって、エドワードたちの想定は正しく的中した。
モーガンたちに打つ手はなく。
いくらミゼットが怪物じみた戦力を有していても、戦う意思を持つことはない。
勝負あり。
やはり、持つものは持たざるものに優越する。まともに勝負の舞台に上がることすら、下々の者たちはできない。
……もっともそれは、今この国にいる怪物がミゼット一人である場合の話であるが。
「……なるほど、うん、そうですか。よし」
リックは一度うなずくと。
「じゃあ、その第一王子ぶっ飛ばしてきますね」
「!?」
あまりにもあっさり放たれた言葉に、モーガンはあんぐりと口をあける。
「いやいや、待ってください。先程も言いましたが、エドワード王子は軍のトップの権限で『魔法軍隊』を私兵として自分の住む第一王子領に配備させているんです」
「ははは、大丈夫ですよ。ちゃんと、レースには出られるように終わらせてきますから。今の状態のフレイアちゃんにはサポートレーサーはいたほうがいいですからね」
「え、あ、いや、そっちの心配ではなく……」
そう言って工房を出ていこうとするリックだったが、一度立ち止まった。
「ミゼットさん」
「なんや?」
「たぶん俺みたいにできない理由があるんですよね?」
「……」
「その分も、ぶん殴ってきますよ。なんで、ミーア嬢に根回しお願いしますね」
ミゼットは目を丸くして少し黙っていたが。
「ああ、そっちは任しとき」
その言葉を聞いて、リックは背を向けたまま親指を立てて工房を出ていった。
□□□
リックは夜の貴族街を目的の場所に向けて歩きながら思う。
たぶんずっと、こうして来たのだろう。この国は。
フレイアもモーガンも、そして……おそらくミゼットの過去の人であるレーサーも。
魔力血統主義というものを維持するために、這い上がってきたものを意図的に叩き落としてきたのだ。
(本当にその血統が優勢であるなら、わざわざそんなことをする必要はないはずなのにな。バカバカしい)
自分でいうのもなんだが自分もフレイアたちと同じ……夢追い人だ。
それも、自分に凄く向いているとは言い難い分野に挑戦している。リック自身、魔力を鍛え始めるのが遅かっただけではなく、生来の魔力量も極端に少なかった。固有スキルも発動タイミングを全くコチラで操作できないとあって、仕事をやめてから改めて自分の現状を分析したときは泣きたくなった。
その分、まさしく命を投げ出す覚悟で体を鍛えることになったわけである。
だから彼ら彼女らの気持ちが痛いほどに分かる。
(あれはさ……辛いんだよ)
自分がどれだけ頑張っても人より伸びないところがあるとか、全然自分より若い奴らが軽やかに成功の階段を駆け上がって行くこととか、周りがお前には無理だとか言ってくることとか。
踏み出すだけでも怖いんだ。誰も心から応援してくれないから。
こいつには無理だろうって、心のなかでは思っているのが透けて見えてしまうから。
そういう辛さを、耐えて耐えて耐えて努力して、ようやく芽が出そうなところを理不尽に潰されるというのは……自分のことではないのに、腸が煮えくり返るような思いだった。
確かに既得権益を貴族が守りたくなるのは人の性だろうし、彼らにだって守るべき自分の生活とかプライドとかあるんだろうと、三十歳も超えれば理解はできる。
理解はできるが……。
(気に食わないものは、気に食わねんだよなあ)
そこを誤魔化せるほど、自分は落ちついた年のとり方はできなかったらしい。
そんなことを考えていると、目的地である第一王子領の門の前にたどり着いた。
豪奢な貴族街の中でも、一際豪華に装飾された大き城と広い領地である。なるほど、こうして見るとミゼットが金満臭いと辟易する気持ちも分かる。
「第一王子領になにか御用ですか?」
門番の一人がリックに丁寧に話しかけてくる。
しかし。
「ふん、なんだ第六等級か……」
リックの腕についた黒いミサンガを見た途端、態度が露骨に一変する。
「それで、エドワード様になんのようだ?」
「……等級等級、うるせえんだよ」
「は?」
ガシィ!!
とリックは門番の胸ぐらを掴み上げた。
「そんなクソみたいなことでしか人を見れないのかテメエらは!!!!」
「ぐっ……あっ、離せ貴様……」
門番は必死に暴れるが、リックの腕はビクともしない。
「黙れボケ」
そのまま、門番の体を強引に門に押し付けた。
「……よし、決めたぞ」
リックは腕に力を込める。
ミシミシと、門番を押し付けられた木製の分厚い壁が軋む音がした。
「そんなに魔力量がご自慢なら、魔力相殺は使わずに物理攻撃だけでぶっ飛ばしてやる」
更に力を込める。
さらに悲鳴のように大きく木材が軋む音が響き渡り。
ベキベキベキイイイイイイ!!
と盛大な音と共に、門番ごと壁を破壊して領地内に足を踏み入れた。
音を聞きつけた魔法使いたちが、次々に現れリックを取り囲む。
リックは門を突き破るのに使った門番を無造作に後方に放り投げながら叫ぶ。
「第一王子のクソ野郎に伝えろ!!!! 『五分やるから小細工を解除しろ。今なら一週間は起き上がれないくらいの怪我で済ませてやる』ってなあ!!!!!」
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