第94話 スポンサー
その夜。
リックが呼び出されたのは貴族街だった。
『シルヴィアワークス』スポンサーである、シルヴィア・クイント侯爵が明日の本戦前に挨拶をしておきたいとのことだった。
前に来たときと同じく、リックの右手についた黒いミサンガを見て、侮蔑の混じった眼差しを向けた警備兵たちだったが、モーガンから渡された貴族街への通行許可証を見せると大人しく中へ通してくれた。
もっとも、侮蔑は変わらなかったが。
しばらく歩くと、目印として教えられていた五本の剣が描かれた家紋のあしらわれた門が見えてきた。
どこを見回しても豪華絢爛と言った感じの貴族街だが、侯爵というその中でも高い地位にありながらクイント家の土地はそれほど大きくはなく家はこじんまりとしているほうだった。
これなら、ビークハイル城のほうが遥かに大きい。
門の前にポツンとたっている警備員に話しかけると、笑顔で対応してくれた。
「リック様ですね。コチラへどうぞ」
ここに来てから初めての対応だったので少し驚いたリックだったが、なんのことはない。門番の手についているのは赤いミサンガ。魔力量は第五等級ということだ。
どうやら、シルヴィア家というのは魔力血統主義には、全く染まっていないらしい。
案内されて敷地の中を進んでいく途中で出会った使用人も、魔力等級が低い人間もいれば高い人間もいる。
つまり、バラバラであり採用基準として魔力量は気にしていないのだろう。
「こちらでございます。リック様」
使用人に連れられた先には、外観と同じく質素な作りのドアがあり『当主応接室』と書かれていた。
さて、どんな人が出てくるかと、リックはドアを開ける。
中身はやはり、簡素な部屋だった。最低限の飾り気のないテーブルとソファーが置かれているだけである。
「やあやあ、はじめましてリック・グラディアートルくん」
現れたのは、やや平均よりも小柄なエルフだった。一番の特徴はその珍しい、少し青色の混じった金髪だろう。それをツインテールにして腰まで垂らしている。
かなり整った顔立ちだが、視線はなんというかコチラを品定めしているかのように、どこか楽しげでいたずらっぽい。
(雰囲気が誰かに似てるな)
などと一瞬思ったが、そういえばミゼットに似ているとすぐに思い当たる。容姿自体は全く似ていないので血縁ということはないのだろうが、ニヤニヤした感じがソックリだった。
「はじめまして。シルヴィア・クイントさん。でよろしいんですよね?」
「うん。大変よろしいよ。親しみを込めてシルヴィと呼んでくれていいさ」
「いや。それはさすがに……それで、シルヴィアさんはなぜ俺をここに呼んだんですか?」
「いやなに。本当にただ純粋に自分の出資してるチームの選手と話しておきたかっただけだよ。ホントならもっと早めに顔合わせをするべきだったと思うんだが、予定が合わずに申し訳ないね」
「いや、こちらこそ。お会いできて光栄です」
「ちなみに夕食はまだかね? 明日に向けて栄養のいい食事を用意させた。良ければ食べていってくれたまえ」
シルヴィアがそう言って指を鳴らすと、給仕が数人入ってきてテーブルの上に料理を並べた。
庶民的な料理であったが、確かに肉も野菜も種類が豊富で栄養のバランスも良さそうなものばかりであった。そんな中、コトリと置かれたワインのボトルだけはリックも知っているブランドの二十年モノであり、明らかに浮いているのがアンバランスな感じだった。
「私はワインだけにはうるさいんだよ」
シルヴィアはそう言うと、自分のグラスにワインを注いだ。
「あれ、もう一人呼んでるんですか?」
見れば運ばれてきた料理は二人分のものだった。
「呼んではいるんだが……来るかねえ、ミゼットのやつ」
どうやらミゼットとリックの二人を招待しているらしい。
「ミゼットさんと知り合いなんですか?」
どうにも、ミゼットの名前を呼ぶ声が親しげだった。
「ん? ああ。あいつの元妻よ」
「ぶほっ!?」
リックは飲もうとしていたワインを吹き出した。
「ま、マジですか!?」
「はっはっはっ、冗談だよ冗談。旧知の仲なのは事実だがね。正確には私はミゼットの元妻、イリス・エーデルワイスの親友さ」
「イリス・エーデルワイス? そういや、最近ちょくちょくその名前聞いたような……」
「そりゃ、伝説のワンラップを叩き出した一番有名なレーサーだからね。フレイアのお嬢ちゃんが乗ってる型の名前も彼女が由来だよ」
ああ、そうか。
とリックは納得した。
「フレイアちゃんが憧れの人って言ってましたね。そうか、イリスって名前だったんだ……てか、ミゼットさんの元妻なのか」
「聞かされてなかったのかい? 同じパーティで何年か付き合いはあるんだろう?」
「あんまり過去のこと話す人じゃないですからね。いつも飄々としてて、感情的になったのだって、はじめて見たくらいですよ」
「ああ、まあ。事情は把握してるよ。ミゼットのやつが心中穏やかでいられない理由もよく分かるさ。フレイアお嬢ちゃんは、どうも見てるとイリスを思い出させるからねえ」
フレイアは遠い目をして、そんなことを言う。
(いったい何があったんだろうな……)
なにかあったのは間違いないだろう。
自分の作った武器には元恋人の名前をつけて普段から丁寧に整備しているようなミゼットが、自分で開発したはずの『ディアエーデルワイス』には触れたくもないと言っているのだ。
元妻、というのも気になる。
そんなリックの心中を読み取ったのかシルヴィアは言う。
「なに、単純な話だよ。ミゼットのやつには結ばれるほど深い恋仲だったレーサーがいた。その子が自分の作ったボートに乗って、無茶な運転をして大事故を起こして引退することになった。そのショックをまだ引きずってんのよあの男は。なかなかにベタな話でしょう?」
「おいおい、人様の過去をぺらぺらと語るのはマナー違反とちゃうかな?」
不意に部屋の扉が開いた。
そこにはいつの間にか、ミゼットが壁に寄りかかって立っていた。
シルヴィアはその姿を見て一層楽しそうにニヤリと笑う。
「久しぶりやな『殺人商人』。あいかわらずの分厚い面の皮に虫唾がはしるで」
「あら、まだおめおめと生きていたのね『欠陥技術者』。これは私の過去でもあるのだから、文句を言われる筋合いは無いわよ?」
一切悪びれる様子のないシルヴィアに、ミゼットは舌打ちをする。
「というか、いつまで引きずるつもりよアンタ。そもそも、イリスのやつがああなったのは本人が無茶をしたからじゃない。それがあの子の望みでもあった……アンタのせいでもアンタが気に病むことでもないでしょう?」
「その無茶な望みの背中を押したのはワイや。ワイとワイが作ったあの欠陥機体がそうさせた。だからワイが殺したのと同じや」
「はあ。アンタとのこの話はいつも平行線ね。このセンチメンタル男」
「ならふるなやボケ」
そう言って睨み合うミゼットとシルヴィア。
棘のある言葉の応酬だが、不思議とそこまで険悪という感じはしない。この二人の関係もなにか複雑なものがあるのだろうと思った。
だが、リックが何より気になったのは。
(……殺した?)
ミゼットの口から放たれたその言葉だった。
レース中に運転を誤って事故で死んだということだろうか? いやしかし、シルヴィアの方は引退することになったと言っているし、なによりレース中の事故もそれによる事故死も無いことは無い競技である。
そんな事前に分かりきったことが起きたからと言って、ミゼットがここまで気に病むというのもなにか違うような気がする。
「あの、もしよければ、何があったかを教え……」
そうリックがそう尋ねようとした時だった。
コンコン。
と扉がノックされ、スーツ姿のエルフが入ってくる。
モーガン・ライザーベルトだった。
「シルヴィア様、失礼します。あの、ミゼット様。実はフレイアの機体について至急お聞きしたいことがありまして……」
□□□
「機体の不調?」
「ええ、どこのパーツを取り替えても、魔力噴射のコントロールが上手くいかないんです」
クイント家の敷地の一部に、最新の魔法設備を整えた工房が存在する。
そこには『ディアエーデルワイス』が運び込まれていた。
整備士の一人が魔力を込めて加速装置をふかすと、勢いよく六つの魔石式加速装置から魔力が吹き出し始める。
そして、そのあとすぐに魔力注入を中止するのだが……。
「確かにおかしいですね。魔力を込めるのをやめたらすぐに出力が下がらないとおかしいはずなのに。しばらく出力が上がったままですし、弱くなっていく時も一瞬だけ強くなったり急に弱くなったりと全く安定しない」
「そうなんです。我々も考えられる範囲の原因は全て模索しましたが、どうしてこうなっているのか全くわかりません。今更、新しく同じ『ディアエーデルワイス』タイプの機体を用意しても、フレイアに合わせるのは時間が間に合いませんので。ミゼット様がこの機体を触りたくないというのは分かっております。フレイアが明日出走することも快く思っていないことも。ですが、そこをなんとか……」
このとおりです、と深々と頭を下げるモーガン。
しかし、ミゼットは特に気にした様子もなく言う。
「別にええよ。てか、これ、装置のトラブルやないし」
「え?」
「ど、どういうことです?」
リックとモーガンは意外すぎる言葉に目を丸くする。
「でもミゼットさん。こうして実際に、加速装置の出力調整は利かなくなってるわけですし」
「その効かなくなってる原因が、マシンとは関係ないゆうことやな。リックくん、ホントに軽くでいいから触って魔力こめてみい」
「魔力の流れを見るんですか?」
疑問に思いつつも、リックはボートの一部を触り、そこにごく少量の魔力を流し込む。
するとそこから、ボート全体の魔力の流れが感触として伝わってくる。
その精度は桁外れに高い。実はリックが魔力相殺をしているときに一瞬で行っていることで、アリスレートの強力で複雑な魔法を打ち消そうとする過程で研ぎ澄まされたものである。
「魔力の流れがほんの少しだけ、繋がりがおかしいの分かるか?」
「ああ、そうですね」
研ぎ澄まされたリックの肌感は、加速装置の深いところに流れる魔力の流れを見出している渦のようなものを捉えた。
「そ、そうですか?」
モーガンも同じことを試してみるが、全くわからないという感じだった。
「かなり、高レベルの魔力操作できんと存在すら認識できへんよ。魔力等級測定用の水晶石にヒビ入れるくらいはできんとね」
「これ、魔力相殺で消せるんじゃないか?」
リックはそう思って、いつものように繊細に生成した魔力を渦に送る。
こんな小規模のものなど、アリスレートの魔法に比べたら子供だましである。
パシュン。
という弱い音と共に、加速装置内の魔力を乱していた渦は消えた。
「……うん。これでよし。直りましたよ」
「ほ、本当ですか!?」
しかし、ミゼットは首を横に振った。
「いや、リックくん。もう一回よく確かめてみい」
「?」
リックは言われたとおり、再びボートに触り魔力の流れを確かめるが……。
「ああ、なんだこれ。また渦ができてる……ダメだ。何度消してもまた少しするともとに戻る。でもこれなんか、ボートそのものの異常よりも……」
そう。リックは感じていた。
まるでどこかから不純物が流し込まれているみたいな不自然な感覚を。
その答えミゼットは口にする。
「秘匿術式第二番『アンラの渦』。遠距離から対象に魔力を乱す呪いをかける神性魔法や。呪いがかかっとるのはボートが存在する空間そのものやから、取り除いてもまた現れるしパーツを全部取り替えても意味ないわ」
「な、なんですかそれは、学生の頃にそれなりに魔法学は勉強しましたが聞いたこともありません」
モーガンはそう言った。リックも同じ意見であった。
自分では使えないが、魔力を打ち消すためにそれなりに理屈を理解しておく必要があったので一通り魔法は学んだのだが、それでも対象が存在する空間そのものを呪う魔法など、類似魔法すら聞いたこともなかった。
「そらそうやで。何せこの魔法は、ハイエルフ家の男児のみが習得を許された術式を使うんやからな」
モーガンが目を見開く。
「……なんですと!! ということはまさか!?」
「ああ、今この国でこの魔法が使えるのはたった二人……ワイと、第一王子のエドワードだけっちゅうことになるな」
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