第97話 ミゼット過去編1

 ――三十年前。


 『エルフォニア』王都中心部に位置する貴族街、更にその中心にあるエルフォニア王家ハイエルフ族の本城『ゴールドワイズ』では、大規模な式典が催されていた。

 本日は第一王子エドワード・ハイエルフの軍事部元帥への就任記念式典である。

 エドワードは豪華絢爛に装飾の施された金色の衣装を身にまとい赤い高級カーペットの上を悠然と歩く。自信と自負に満ち溢れたその表情は、まさに魔石資源によって富めるエルフォニア貴族の繁栄を象徴するかのようであった。

 式典に参列するのは、これまた豪華絢爛に着飾った名だたる名家の貴族たち。

 四大公爵家、国政各部門長官、元老院理事、上級貴族、誰も皆土地も財も権力もほしいままにする者たちである。

 今参列している者たちの資産を合計すれば、大陸第三位の国富を誇るエルフォニアの富の70%にも及ぶというのだから恐ろしい話である。


「よろしく頼むぞ……エドワード」


 壇上に登ったエドワードに任命状を渡すのは現国王、グレアム・ハイエルフ。

 現在、齢二百二十歳。いくら魔力量に優れたエルフ族とは言え、さすがにこの年にもなれば老いが体に出始める頃だがグレアムは未だ若々しく壮健であった。目元に多少シワが見え始めたが見た目の年齢は人間族で言えば三十代中ばと言ったところだろうか。

 今まさに活力に満ち溢れた年頃のエドワードが隣に並んでも決して見劣りしないその様は、まさしく王のものである。


「承りました。必ずやエルフォニアとハイエルフ王家の力になることをこの場で、初代国王ディオニシウスに誓いましょう」


 そう言って恭しく片膝をついて国王に頭を垂れるエドワード。

 参加者たちから割れんばかりの拍手が響き渡る。

 耳にうるさいほどの大きさである。誰も彼も過剰なまでに強く手を打ち鳴らす。

 盛大に祝わなくてならないのだ。目の前にいるのは軍部の最高司令官にして確実に次期国王になる男。その祝いの席で、拍手にやる気を感じられなかったなどという理由で自らの出世や商売にケチをつけたいものなどいない。

 そう、普通はいない。

 今日というこの日は、諸侯万難を排してこの式典に参加しているのだ。

 一人の例外を覗いて。


(まったく、あのうつけ者は。兄君の晴れ舞台にまで出席せんとは……)

(なに、よいではないですか。あのような混ざりものがいては、せっかく異物がいなくなって綺麗になった王宮の空気が臭くなる)

(ははは……それもそうですな)

(それくらいにしておきなさい、もし本人の耳に入ったらどんな嫌がらせをされるか)


 そんな呟きが色々なところから聞こえてくる。その陰口の対象は仮にもエドワードと同じエルフォニア王家の者なのだが、誰もその陰口を咎めようとしない。

 仮にエドワードに対してこのような言葉を向ければ、その場で会場全体から顰蹙を買い二度と社交界に顔を出すことが出来なくなろだろうに。


(まったく。面汚しとはまさにあのエルドワーフのようなことを言うのでしょうな)


 四大公爵家の家長の一人が、隠す気もない嫌悪と共にそう言った。


   □□□


「……って感じで、色々と陰口叩かれとるんやろな」


 当の本人、ミゼット・エルドワーフはバンダナに安物のシャツという圧倒的にラフな格好で市中をほっつき歩いていた。

 当時の年齢は二十歳。と言ってもエルフォニア全体を見回しても屈指の魔力量を持つミゼットは、三十年後とほぼ容姿は変わらない。 

 そんなミゼットは、頭の後ろに手をやりながら遠方にデカデカとそびえる『ゴールドワイズ』を見て、「なんともクソアホくさい話だ」と思うのである。

 豪華絢爛な装飾、無駄に豪勢な食事、どうせ今頃血筋の差に嫉妬しつつも王族の富のおこぼれにあずかるためにしたくもない拍手をしているのだろう。


「ほんま、時間と金と精神力の無駄やわ」


 ミゼットという男は表面だけ高貴に取り繕ったこのノリが心底合わなかった。

 そもそも今日の主役のエドワードも兄弟の中でもかなり気にいらないので、なおさら参加してやる義理などない。


「人生時間は有限や。おもろくもないことに使っとる時間はないで」


 というわけで、本日もミゼットは城下町におりて有意義な時間を過ごすのである。

 ちなみにその有意義な時間とは。


「さてさて、どっかに可愛い子はおらんかな?」


 ナンパである。

 果たしてそれは有意義な時間と言えるのかは疑問を持たれるかもしれないが、少なくともエルフも生殖によって種を存続する生物である。金のかかった儀式をして繁殖するわけでもないのだ。まだ自分の時間の使い方の方が有意義であると断言するミゼットである。


「んー、あの子は顔はええんやけど、体つきがいまいちやねんな」


 ミゼットの好みは肉付きがいい女である。

 顔も少し気の強そうな感じがいいというような好みがあったりするのだが、最重要はそこだったりする。

 エルフ族は容姿が整っていないものを見つけるほうが難しいほど美女揃いである。だが悲しいことに、その体型はほとんどがスレンダーなのだ。

 エルフは生来脂肪を蓄えにくい種族であり、平均Aカップの種族である。もちろんスラッとした美女が好みであればまさにこの国はパラダイスであろうが、そこはもう好みの問題だ。

 ミゼットとしては最低でもCは欲しいし、そこさえクリアしていればなんだったら容姿は問わないまである。

 ざっと八人ほど「体のお付き合い」をする女性のいるミゼットだが、この条件をクリアする彼女らを見つけるのには苦労したものだ。


「やっぱり、エルフ族にはこうピンと来る子がおらんなあ……おっ!?」


 前方約10m。ミゼットの高感度探知魔法の如き眼力が、それを捉えた。

 地味な灰色の作業着を押し上げる2つの大きな山脈。そのサイズ推定90オーバー。

 すぐさま、焦点を胸部から全身に切り替える。

 年齢は自分よりも一、二歳下だろう。十七か十八歳あたり。手につけているのが低い魔力量を示す黒いミサンガであるため見た目の年齢と実際の年齢に大きな差はあるまい。

 特徴的なのは後ろで結んだポニーテールにした髪。身長は女の割にはかなり高く180センチは優に超えているだろう。手足は長く、だが細身と言うよりは絞まるところは引き締まりつつも胸だけでなく全身の肉付きがいい。

 そして顔立ちだが、コレまたミゼット好みの少し気の強そうな切れ長の目とハッキリとした鼻梁の持ち主だった。


「……勝ったわ」


 ミゼットは一人そんなことを呟いた。

 早速スタスタと早足で女の下に歩いていく。

 ちょうど女は露店で果物を買い終わったところだった。手に持った紙袋にはすでにそれなりに物が入っている。この店かその次くらいでおそらく買い物を終えるだろう。

 しからば、素早く声をかけるのみ。


「なあなあ、そこの素敵なお嬢ちゃんちょっとええか?」


「なによ?」


 ミゼットに肩を叩かれて女が振り向く。

 その目は若干だが不機嫌そうだったが。


(おお、コレはコレは)


 ミゼットは改めて近くでその容姿を見て感心する。まさに自分の好みそのままである。

 今日はいい日だ。

 ちなみに、お眼鏡にかなう相手を見つけるのにはかなり苦労するミゼットだが、見つけた後はコッチのものである。

 少々軽薄そうだがエルフ族の中でもまた一段と整った容姿に女の警戒心を解きやすい低い身長、そして混血とはいえエルフォニア王国第二王子というステータスもある。

 ナンパの成功率はかなり高く、例外は相手にすでに付き合ってる相手がいるか既婚者だったときくらいである。それでも軽く話をしてとりあえず女友達になるまではまず行ける。


「いや、すまんな。ワイ、ミゼット・ハイエルフゆうねんけど」


 普段はいけ好かないと思っているハイエルフ王族というステータスだが、ナンパのときだけはありがたく使わせてもらっている。


「びっくりするくらいワイの好みだったんで後悔したくないから声掛けさせてもらったわ。えっと、よければ名前教えてもらってええ?」


「……なんでアンタに教えなくちゃいけないのよ」


 女は不機嫌そうにそう言ってきた。

 だが、この程度で怯むミゼットではない。


「まあ、そう言わずに。せっかくの可愛い顔が台無しやで。さっきも言ったけど、ホント一目惚れさせられてもうたんや。コレはもう運命や思ったな。責任とって名前くらい教えてくれてもええやろ? な?」


 甘いマスクと億面もなく一目惚れしたなどと言い放てる自信に満ちた態度。こういうので大半の女というのはとりあえずこちらに興味くらいは持つものだが。


「……イリスよ。イリス・エーデルワイス」


 ところがこの女、イリスは心底興味ないと言った様子だった。それどころが、鬱陶しいという嫌悪を隠そうともしなかった。


「名前教えたわよ。満足した? じゃあね」


 そう言ってスタスタと帰ろうとする。


「あ、ちょ、待ってくれってー」


 ミゼットはイリスの後を追いかけていく。


 二人の出会いは決して運命的なものではなくただのナンパ。

 最初の印象もミゼットはともかくイリス側にとっては悪いものだったことだろう。

 だがともかく、その日二人は出会ったのだ。

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