第98話 ミゼット過去編2

 ミゼットはかなり美形の部類である。特にエルフ族の価値基準では最上級の部類に入ると言ってもいい。

 なので普段は初対面の女性にいきなり冷たく当たられることなど滅多にないのだが、どうやら本日目をつけた少女には不評だったようである。

 がまあ。

 ちょっと冷たくされた程度で引き下がるミゼットではない。

 なんとも救いがたい性分であるが、むしろ興味が湧いた。

 そんなわけで。


「……つか、アンタなんでさっきからついてくんのよ!!」


 少女、イリスは後ろを振り返りながらそう叫んだ。

 長身にふさわしく、女性の割にハスキーで芯のある声だった。


「いや、だからさっきから言うとるやんけ。一目惚れしたからお話ししたいんやって」


「それはさっきから断ってるじゃない」


「まあまあ、そうは言わずに」


「第一なんでアタシなのよ。他にも女なんてもっと綺麗に着飾った子がいるでしょう」


 確かにイリスは整備士が着るような灰色の地味な作業着を着ており、髪も乱雑に後ろに束ねている。とてもではないがオシャレとは言えない。


「惚れてもうたもんはしょうがないわ。てかなに、ワイの女の子の好みに興味あるの? それならちょっとそこの店で、じっくり話したるで。よし決まりや、ほな行こか」


「決まるな!! ついてくるな!! アタシにはそんなことをしてる時間もないし興味もない!!」


 イリスはそう言うと、そのあとはミゼットが何を言っても無視してスタスタと早足で歩いていく。

 

「……時間と興味がないねえ」


 ミゼットはイリスの後を歩きながらそう呟く。

 ナンパをした時によく最初に言われる断り文句の一つだが、そういう子に限って優しく強く押せば心を開いたものである。当たり前だ。我ら人は半分生殖して子孫を残すために生きているようなものなのだから。

 要はただ自分は安い女ではないと言っているか、自分はそういうことに興味がない硬派な人間なんですと言い聞かせているだけだろう。

 だが、どうもこのイリスという少女はそういう「なんちゃって」な者たちとは違う気がする。


(ふはは、ますます興味が湧くやないか)


 そんなことを思いつつ、イリスの後についていくと木造の2階建ての古びた一軒家が見えてきた。

 おそらくここがイリスの家だろう。

 エルフ族の庶民は、国中に生えている魔力樹に穴を掘る形式の住居を利用しているが、イリスはそれには当てはまらず一から立てた家だった。

 イリスは玄関の前で立ち止まると言う。


「……ねえ」


「なんや?」


「家ついたんだけど」


「お邪魔してもええ感じ?」


「違うわよ!! もう帰れって言ってるの!! いい加減にしないと憲兵呼ぶわよ」


 ミゼットはヘラヘラしながらはははと笑って言う。


「ワイ、王子。憲兵捕まえるの無理」


「最低なクソ野郎ね……」


 イリスのこめかみにピキピキと青筋が浮かんだ。

 ……どうやらこの辺が切り上げ時らしい。


「ちょっとお話ししてくれればええんやけどなあ。まあ、ええか。今日のところはこれで帰るわ。ほなまたな〜」


「明日以降も来るつもりなのかよ!!」


 イリスが背後でそう叫んだのを聞きながら、ミゼットはヒラヒラと手を振って帰っていった。


   □□□


 久しぶりに面白い女の子を見つけたと上機嫌でミゼットは、居住地であるハイエルフ王家王城『ゴールドワイズ』に帰ってきた。

 あいも変わらず豪華なだけで使いみちのない調度品の並ぶ長い廊下を自室に向けて歩いていると、ある一団とすれ違う。


「いやはやしかし式典での祝辞、お見事でしたぞロズワルド公爵」

「まさしく!! 『エルフォニア』の長きに渡る歴史に残る名文でございました」

「よいよいそこまで褒めなくても。今日の主役はエドワード王子だったのだ。そういう話は来月我が屋敷で開く社交界で言ってくれ。君たちも参加するだろう? ウィンザード伯にラッセル男爵?」

「ええ、それはもう」

「先日行商人から買い上げた大変気品のあるガラス細工を入手しまして。是非手土産に持って参らせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」

「ははは、良きに計らえ」


 もはやテンプレートすぎる金満利権まみれの貴族らしい会話を撒き散らしながら歩く彼らは、四代公爵家の一つロズワルド家の当主とその取り巻きたちだった。


「む?」


 利権金満公爵のロズワルド大公がミゼットに気づく。

 取り巻きと共に先程まで緩みきった金漫顔が一変、露骨に不快そうに顔を顰める。


「これはこれは、ミゼット第二王子。今帰りですかな?」


 しかし、ロズワルドも権力渦巻く『エルフォニア』貴族会で生きるに人間、すぐさま作り物過ぎて逆に気味の悪い笑顔を作るとミゼットの方に会釈してくる。

 まあ、アクセントを「第二」の部分につけている辺りで、本心は赤子の寝小便の如くビシャビシャに漏れているが……。


「国王陛下が久しぶりに顔が見られると思ったのにと残念がられていましたよ」


「堅っ苦しいのは苦手やねん。むしろあんさんらようあんな暇で無駄な時間我慢できるなと感心するで」


 ミゼットの言葉に、貼り付けた笑顔のしたで右目の下の表情筋がピクリと動く。

 内心苛立ったのだろう。忙しい表情筋である。


「そうですかそうですか」


 ロズワルドはそう言うと再び歩きだす。


「では私はコレで失礼しますね……エルドワーフ様」


 すれ違いざまに言ったロズワルドのその言葉に、取り巻きたちがクスクスと笑う。

 エルドワーフ。

 ミゼットに対する貴族内での蔑称はいくつもあるが、そのうちの一つだった。

 エルフとドワーフのハーフという意味である。まあ、混ざり物だの汚れた血だのと同じ意味である。

 まあそれ自体は、別にどうでもいいことなのだが、それを蔑称として扱うというのは大変気に入らなかった。

 なので……。


「なあ大公、ちょっとええか」


「……おや、なんでしょう」


「実は最近、こんなもん作ったんやけど」


 振り向くロズワルドに、ミゼットはいつも持っている革袋からあるものを取り出してその先を向けた。


 カチャ。


 それは、黒光りする金属でできた筒であった。L字になるように持ち手がついており人差し指を伸ばしたところに、小さなレバーが下向きについている。


「な、なんですか、それは」


 見たことも無いものだったが、ロズワルドは震える声でそう言って後ずさる。

 第二王子はとんでもない道具を製作する。

 というのは、貴族たちの共通認識だった。これまでも、一切の魔法の気配もなく庭園の一角でオブジェが吹っ飛んだり、ミゼットに嫌がらせをしようとした人間が突然血を流してのたうち回ったりするという事件がおきているのだ。


「なんやと思う?」


 ミゼットはニヤニヤしながら、筒の先を向けてロズワルドに一歩近づく。

 一歩後ずさるロズワルド。


「お、お待ちくださ」


「ばーん」


「ひぃ!!」


 ロズワルドとその取り巻きたちが一斉に、頭を押さえて身を縮こまらせる。


「なんちゃって」


「ご、ご冗談がすぎますぞ、このことは第一王子と国王陛下に報告を」


 パン!!

 ミゼットが引き金を引いたことで、内部に入っていた弾丸が飛び出した。

 ガシャアアアアアアン!!

 という音と共にロズワルドたちの横にあった壺が砕け散った。


「ひいいいいいいいいいい!!」


 非常に情けない声を上げて尻もちをつくロズワルド。

 この男に飛び出した弾丸を目で追えるほどの動体視力はないし、ミゼットオリジナルの魔法道具の仕組みなど知るはずもない。よって彼らには、全く魔法を使った気配もなく急に遠距離攻撃が飛んできたように感じるのだ。

 その恐怖はなかなかのものだろう。


「ふん。アホくさい」


 そんな簡単にビビるくらいならはじめから嫌味など言って喧嘩を売らなければいいものを。


「いい加減に城内で騒動を起こすのはやめにしてくれないかいミゼット」


 優美で芯の通った声が聞こえてきた。

 異母兄であるエドワードだった。普段から豪華で機能性の悪そうな服を着ているが、今日は式典があったこともありいつにも増して実用性の低そうな格好であった。


「君の母親のアレは、異物ではあったが身の程は弁えていたんだがね。少しはその辺りの謙虚さを教わらなかったのかい」


「ふん」


 ミゼットは五人いる兄弟の中で、この男が一番嫌いだった。重罪を犯して現在国際指名手配犯として悪い意味で活躍中の長女のほうがまだマシである。


「その、謙虚さに対する報いが『アレ』か?」


 ミゼットの言葉に、エドワードは。


「ふん。十分に報いただろう。王妃としてのステータスにこの庶民では一生手に入らないほどの富に囲まれた王城で何不自由なく暮らせたのだからな」


「……」


 ミゼットはエドワードを睨みつけるが、すぐに首を横に振ってその場から去ることにした。


「……一生分からんやろな、エドワード。お前には」


   □□□


「おはよーさん、愛しのイリスちゃん」


「……ほんとに来たのね」


 翌日ももちろん、ミゼットはイリスの家にやってきた。


「当然やで。たった一日拒絶されたくらいで引き下がるほど、ワイの愛は軽くないで」


「……もう勝手にしなさいよ。ただアタシの邪魔をしたらキレるわよ」


 イリスはそう言うと、家の隣にある倉庫の方へ向かった。

 現在時刻は早朝であるが、その格好はすでに昨日と同じ地味な作業着である。

 年頃の娘にしてはあまりに色気の無い格好だった。素材がいいので着飾れば素晴らしいことになると思うのだが……。

 いつか、この少女にメイド服か露出度の高い赤いドレスを着させようと決心しつつ、ミゼットも倉庫の方へ向かう。


「ふんっ」


 イリスは結構重そうな倉庫の扉を一人で開ける。魔力による身体強化を使った様子もないので単純に力が普通の女性よりも強いのだろう。昨日から気づいてはいたが、長身で肉付きのいいその体はかなり丁寧にいいバランスで鍛えられている。

 そして、倉庫の中にあったものを見て。


「ああ、なるほどな」


 ミゼットは一風変わったイリスという少女の存在に得心がいった。


「イリスちゃん、マジックボートレーサーやったんやな」


 そこにあったのは、やや古い型の直線型ボートだった。

 イリスはミゼットの言葉には答えずボートのメンテナンスを始めた。

 工具を使って部品を一つ一つ分解しながら点検していく。その手際はミゼットから見てもなかなか手慣れていた。マジックボートの龍脈式加速装置は構造が複雑で、整備にはかなり高度な専門知識がいる。

 そのためレーサーは整備士とチームを組んで役割分担するものが多く、レーサーの中には留め具の締め方すら分からない者もいるくらいだが、どうやらイリスは全て自分でやっているようだった。

 分解して点検した部品を今度は一つ一つ組み立て直す。

 そして、最後に加速装置を起動し動作を確認するのだが。


 ゴガガガガガガガ。


 と、加速装置からはなぜか少しノイズの混じった音がした。


「はあ。やっぱりか」


 イリスはため息をつく。


「なんや、調子悪いんかこのボート」


「ん? ああ、前のレースからちょっとね。まあ、結構年季の入ったやつなんだけど、コイツが動いてくれないと困るのよね。新しいの買う余裕なんて無いし」


 イリスは再びボートを分解して一つ一つの部品を点検するが……。


「はあ、駄目ね。どこがおかしいのか分からないわ」


 そう言って、立ち上がる。


「闇雲にいじってもダメそうだから、ちょっと一回走ってくるわ。アンタここいてもいいけど、勝手に部品とかいじったりしないでね」


 そう言ってイリスは軽くストレッチをすると駆け足で倉庫を出ていった。

 そのフォームはなかなか綺麗で力強く、日頃からレーサーとして鍛錬を欠かしていないことを感じさせる。


「さて……」


 ミゼットはイリスが出しっぱなしにしていた工具の一つを手にとった。

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