第134話 そしてまた、あの日の走りを
フレイアは一瞬後ろを振り返って、ダドリーがついてこなくなったのを確認した。
(……これで、『完全女王』と完全な一対一)
「彼のような、平凡でも息の長い戦いもまた強さという所ですかね」
エリザベスはそう呟いた。
「ですが、ワタシが真に美しいと感じたのは究極の一瞬。三十年前『イリス・エーデルワイス』が見せた、あの走り」
エリザベスは無機質な中に、隠し切れない熱っぽさを持ってそう言った。
「……でも、アナタはまだ、その域に達していない。どうしてですか? どうすればまたアレを見せてくれるんですか?」
エリザベスの紅い瞳が爛々と輝く。
フレイアはそれを見て感じた。
『完全女王』はかつて戦った最高のライバルの幻影に取りつかれているのだと。
三十年前に一度だけ戦ったその存在にもう一度会いたくて会いたくてしかたないのだろう。
「早く見せてくれないと……ちぎってしまいますよ?」
ゾワリ、と。
狂気を込めた瞳にフレイアの身の毛がよだつ。
近くを走っていれば分かる。
ここまではエリザベスにとっては手抜きではないが、様子見の『安全運転』。
レースは競れば競るほどリスクを大きくとって勝ちに行くものだ。
だから……いよいよ来る。
『完全女王』の「勝ちに来る走り」が。
エリザベスがハンドルに魔力を込めて、ボートのスピードを上げた。
「!?」
フレイアは驚愕に目を見開く。
驚いた理由はあまりにも単純で、もうすぐターンポイントだったからである。
当然だがターンポイントに入るときは、どんな機体のどんな曲がり方であっても減速をするものだ。
このタイミングで加速しながら突っ込んでいけば、まともに曲がることはできない。
(……まさか、アタシと同じ『超ワイドターン』?)
ワイドターンとは、速度をあまり落とさず大きく膨らみながらターンする事である。
当然ながらそんなことをすれば凄まじい遠回りになるのだが、代わりに勢いをあまり殺さないまま大外から浅い角度で次のターンに侵入できるという利点がある。
三十年前に『エルフォニアグランプリ』でイリス・エーデルワイスが使用したターンで、『ディアエーデルワイス』との相性が良く、フレイアもこのターン方式を採用していた。
(でも、『超ワイドターン』は直線での飛びぬけた最高速があってこそ。『グレートブラット』とはあまり相性がよくない気が……)
そんなことを思っていると……。
ギュンっと。
エリザベスはほとんどターンの直前まで最高速のままでターンを曲がり切ってしまった。
「なっ……!?」
驚愕しつつも、フレイアはいつも通り「超ワイドターン」で勢いよく大外を回る。
しかし、当然両者の曲がり方の効率の差は歴然である。
というか、エリザベスのターン技術が異常すぎた。
次のターンポイントに入るころには、両者の間の開きは先ほどよりも大きくなっていた。
「……これは、イリス・エーデルワイスが最後に見せた走りのターンを再現したもの。これでもまだ本物には及ばない。一度しか見れなかったことが本当に悔やまれます」
遠く及ばないと言いつつも、十分すぎるほどに異常なターンである。
なぜあの速度であの旋回半径を実現できるのか、観客たちから見れば魔法にしか見えないだろう。
再びターンポイント。
エリザベスは再び加速しながらターンポイントに突入する。
そして、当然のように高速でターンを成功させる。
かつての荒々しいライバルの走法をマネして、どう見てもギリギリのギリギリ……どころか本来なら完全にアウトな走行をしながらも、無慈悲なまでに危なっかしさを欠片も感じさせないところは実に『完全女王』らしい。
再び広がる両者の差。
――ああ、やっぱり、『完全女王』の方が……。
観客たちの声が聞こえる。
フレイアはそんな観客の声に自分でも納得せざるをえなかった。
初めから分かっていたことではある。
実力を比べてしまったら、エリザベスは自分よりも明らかに上なのだ。
……少なくとも現時点では。
「……だからって諦めてなんかやらない」
フレイアの瞳に修羅が宿る。
負けられない。
父親のために、間違って生まれたと言われた自分の存在意義を証明するために。
この競技で一番になる。
自分はそのために生きてきた。
「今実力が劣っているなら……今追い付けばいい」
フレイアはエリザベスのすぐ後ろにつけると、獲物を狙う猛禽類のような瞳でエリザベス動きを一挙手一投足観察する。
エリザベスは先ほどと同じようにターン。
そしてフレイアは。
――おい!! 操作ミスしてないか!?
観客からそんな声が上がった。
フレイアは大外には膨らまずに、そのままエリザベスと全く同じコース取りでターンに入ってきたのである。
エリザベスは当然、今までのように曲がり切った。
しかし、すぐ後を続くフレイアはどうするつもりなのか?
彼女の機体はターン性能最悪の『ディアエーデルワイス』である。
しかし。
「はあ!!」
気合の一斉と共に、フレイアはエリザベスとほとんど同じ軌道でターンを曲がった。
「……!!」
驚きに目を見開くエリザベス。
「やっぱり、全く同じようにとはいかないね」
同じ軌道と言っても完全に同じ軌道というわけではなく、フレイアのほうが僅かに膨らんでいるし、減速のタイミングもフレイアのほうが早い。
だがそれは、十分にエリザベスと同じターンと言っていい代物であった。
「次はもっと……」
そう呟くフレイアに。
「……なぜ、私しか使えないイリスのターンを?」
エリザベスはそう聞いてくる。
「目の前にいいお手本があるからね」
「それだけで……」
「水を掴むのだけは昔から得意なんだよね。なんで他の人はできないのか分からないけど」
「なるほど……魔力的な素質はともかく、ボート乗りとしては天性の感覚を持っているようですね」
エリザベスはフレイアのことをそう評した。
考えてみれば、そもそも長身で体重のあるイリスが乗ることを想定して作られた『ディアエーデルワイス』を小さな体で乗りこなしているのだ。
それだけで十分におかしいことをしている。
水を捉える感覚が上手いレーサーには体重や筋力の割合に対してターン能力が高い者がいる。その中でもこの少女はその割合が極端に高いのだろう。
本来なら横に吹っ飛んでいくはずの『ディアエーデルワイス』を、まるで普通の機体のように乗りこなしてターンを決めるというのも、この少女ならではだろう。
それはエリザベスにも、そしてイリスにも無かったフレイアだけの才能である。
「アタシは、このレース中にまだ速くなるしまだ上手くなるよ。勝ちたいって思いだけは絶対にアナタに負けないんだから」
「……」
エリザベスは少し沈黙していたが。
「その諦めの悪そうな目、いいですね。ちょっと近づきました」
そう言って嬉しそうに少しだけ口元を緩めた。
「私の技術、見たければいくらでも見てください。そしてまた、あの日の走りを私に見せてください」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます