第62話 果てなき旅路の号砲
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
絶叫が響き渡る。
その姿を見て、ヘンリーは言う。
「……で、デカい」
モンスターは部屋の天井を軽く突き破り、地面にその両足を下ろして立っていた。
その、サイズは騎士団本部の建物そのものとほぼ同じ。優に30メートルは超えているのである。
モンスターの巨体が動いた。
その動きは巨体に似つかわしくなく素早い。
握りこぶしだけで、一軒家くらいのサイズはありそうな拳が振り下ろされる。アルクもヘンリーもその攻撃の範囲内だったが。
「よっと」
リックがその一撃を受け止めた。
「ありがとうございます!! リックさん」
しかし。当のリックは。
「へえ……これはまた……」
普段のリックとは明らかに違い、受け止めたリックの腕が震えていた。
力を入れて踏ん張っている、ということを感じさせるその様子にヘンリーは驚愕する。
さらに、モンスターはその足を大きく後ろにそらすと。その巨体を存分に使ってリックに蹴りを叩きつけた。
リックの体が吹っ飛んだ。
それは、リックの実力を知るヘンリーにとって、ありえないと言ってもいい現象だった。
何せ、リックはまるで地面を自分の一部であるかのように踏む技術を持っているのである。
ガイルの突進も、微動だにせず弾き飛ばしたのだ。
そのリックの体が、吹っ飛んだのである。
見れば、リックが元いた位置の地面がごっそりと抉れ、巨大なクレーターになっていた。
つまり、まるで大木を引き抜くかの如く、大地ごと吹っ飛ばしたのだ。
「リックさん!!」
ヘンリーがリックの飛んでいったほうにそう言うが。
「こいつは参ったな。こんなぶっ飛ばされるとは。最初のころゲオルグさんと戦わされた時のこと思い出したぜ」
当のリックは、いつもの調子でピンピンしていた。
服が汚れているが無傷である。
しかし、ヘンリーは目の前の巨人に対して、心底から驚愕していた。
(そんな……あのリックさんが力負けするだなんて)
単純なサイズとパワーでいえば全種族最強であるといわれる巨人族を思わせる、桁違いの攻撃力であった。
「リックさん。相手のパワーは相当ですね」
「ん?」
ヘンリーの言葉に、リックはそうだなと呟く。
「ああ、パワーは結構強いな。ちと参ったぜこりゃ」
モンスターは再び咆哮すると、リックに向かって拳を放った。
その勢いは先ほどリックを真上面から吹き飛ばした蹴りよりも、遥かに強い。
「リックさん!!」
ヘンリーは叫ぶが、リックに躱そうとする様子はなかった。
マズイ。確かにリックは強いが、パワーならばあちらの方が上だというのは先ほどの攻撃ですでに明らかなのである。
それを真正面から受けたら、無事でいられるはずが。
しかし――。
「あ、もう人間相手じゃないんだし、こんなに手加減しなくていいのか」
次の瞬間。
宙を舞っていたのは、リックではなくモンスターの巨体の方であった。
「……………………………………………………………………………………え?」
ポカンとするヘンリー。
ヘンリーに見えたのは、リックが直前で拳に合わせて無造作に前蹴りを放ったことだけである。
特に何か敵の力を使う技術を使ったようには見えなかった。そして、リックは元々複雑な魔法は使えない。
困惑するヘンリー。それに対してリックはウンウンと頷きながら言う。
「いやー、急に力強くなったからちょうどいい力加減が分かんなくて参ってたんだけど。どう見てもあれクラインに寄生してたモンスターだしな」
リックは跳躍して、宙を舞うモンスターの方へ砲弾のごとき速さで飛んでいく。
そのまま、跳び蹴りを一閃。
『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
悲鳴と共に腹部の肉片をまき散らしながら、モンスターがさらに高く舞い上がった。
「よっと」
涼し気に着地したリックにヘンリーは尋ねる。
「……か、加減て。まさか今まで見てきた戦いは」
「ん? ああ。ついこの前、手加減の大事さは学んだからな。人と戦うときは頑張って力をセーブするさ」
「……ヘー、ナルホドー」
驚きの棒読みである。ヘンリーはもはやツッコミを入れる気も失せたらしい。
そして、ズドンと轟音が一帯に響く。モンスターが地面に落下したのである。
『グギイイイイイイイイイイ』
胴体の三分の一を吹き飛ばされながらも、モンスターはすぐさま立ち上がった。
しかも、欠損部分が再生し始めている。
「物凄い生命力ですね」
「ああ、たぶん『六宝玉』の魔力のせいだな。だが、こんな力を振り回すだけのやつより……クラインの方が、俺にとっては厄介だったかな」
固有スキルは確かに強力だったが、それ以上に固有スキルを軸にした、接近戦主体の戦術体系とそれを実現させる高い技術は素晴らしいものだった。
大戦の最中、命を懸けた戦場で恐怖に立ち向かいながら磨いてきたモノだろう。だからこそリックは、自分の腕の一本くらいはおとりにしてでも確実に勝とうとしたのである。
『ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!』
完全に再生しきったモンスターは、再びリックに攻撃を仕掛ける。
今度は、リックは防御すらしようとしない。
しかし、モンスターの放った拳はリックに命中する寸前で、見えない何かにぶつかったかのように弾かれる。
防御用界綴魔法『エア・クッション』である。
(か、完全無詠唱……)
ヘンリーは思わざるをえなかった。
自らの師であるこの男は、いったいどこまで規格外なのかと。
「なあ、ヘンリー」
リックは突然、後ろにいるヘンリーの方を振り向いた。
「は、はい」
「一歩踏み出したお前への餞別だ」
リックが拳を握る。
「見ておけ。これが本物の『エア・ショット』だ」
その手の周囲に、膨大な量の空気が収束していく。
小さな範囲に閉じ込められ、高速で循環するそれはもはや極限まで凝縮した台風とも呼べるものであった。
「貫け、疾風。無と有の壁を打ち抜く勇気と覚悟と決意をこの手に、いざこの拳から果てなき旅路の号砲を!!」
完全詠唱で放たれる、その一撃の名は。
「第一界綴魔法『エア・ショット』!!」
恐るべき速度と密度を以って、放たれた空気の塊が全てを飲み込んだ。
今度は再生できない。一瞬にして全身を木っ端微塵に破壊し尽くすその威力に、再生速度が全く追いついていないのだ。
(ああ……凄いなあ)
ヘンリーは巨大なモンスターを粉砕したリックの後ろ姿を見てそう思った。
大きな背中である。
ずっと、届かないとコンプレックスを感じていた、父や兄や姉ですら比べものにならないほどの力強い後ろ姿だった。
「僕も……いつか、あんな風に。今度こそ本当に、自分の力でアルクさんを守れるように……」
「うん。きっとヘンリーは強くなれるわよ」
アルクは自分に寄り掛かるヘンリーに、そう言ってほほ笑んだ。
□□□
東方騎士団本部のあるイースタット領に、見る人間が見ればなんとも奇妙な一行がいた。
怪しい集団ではない。彼らは数時間前に東方騎士団本部から出てきたし、身につけている制服は騎士団のもの。更に列の中央に位置する馬車は中は見えないが豪奢な装飾が施されており、かなりの貴族か重要人物が乗っているのは容易に想像できる。
だから決して怪しくない。誰が見ても送迎任務中の騎士一行である。
怪しくはないが、奇妙なのだ。どうにも、重要人物の護衛だというのに周囲の騎士たちの緊張感が欠けていた。
別に制服をだらしなく着崩しているとか、任務中なのにおしゃべりや遊戯に興じている者がいるとか、そういうわけではないのだ。ただ彼らには、警察警備の仕事についているもの特有の『万が一には命を落とす』というような緊張感が、全くと言っていいほど感じられないのである。
むしろ、自分たちこそが守られているかのような。
この、馬車の警備にあたっていることこそが世界で一番の安全を保証しているとでも言うような。
「報告します」
騎士の一人が馬車の前まで来て言う。
「東方騎士団本部より伝令。先程、四名の者によって襲撃されたとのことです」
それを聞いて、馬車の中にいる人間の近衛兵である灰色の騎士装束を着た壮年の男が低い声で言う。
「ほお。それはまた。守銭奴のクラインめ、ジョークの腕を上げたな……と言いたいが、確かに我々が先程後にした方から煙が上がっているな」
「はい。しかも、その……信じがたいのですが。東方騎士団からの応援要請まで入っているのです」
「ほう……もしかすると、そいつらに制圧でもされているかな、はっはっはっ!!」
そう言って大きく笑う。
「いかが致しますか、エルリック特等騎士?」
そう。この灰色の騎士装束の男。騎士団の頂点に立つ13人の一人である。確かに、ひと目見ただけで只者ではないと分かる堂々とした立ち居振る舞いと常に余裕のある表情、いわゆる強者特有のオーラのようなモノが彼にはあった。
「そういうのは俺ではなく長に問うべきだろう」
エルリック特等騎士は馬車に目をやって言う。
「ということですが、どうしますかねぇ?」
『……』
馬車の中の人物は、黙ってその話を聞いていた。
それにしても、本来騎士団のトップであるはずの特等騎士をして「自分ではなくトップに指示を仰げ」と言わせる人物とはいったい誰なのだろうか。
しばし、馬車の中の人物は沈黙を続けていたが、やがて声が聞こえた。
『少し、気になるね』
少年の声だった。
声音にコレといった特徴はない。
いや、むしろ、特徴がなさすぎることが特徴と言えるかもしれない。
初めてこの声を聞いたものの反応は二つに分かれる。全く記憶に残らないか、強烈に記憶に刻まれるか、そのどちらかである。記憶に残る者たちの言はこうだ「あまりに特徴がなさすぎて、漂白され過ぎていて逆に恐ろしくなった」と。
『ちょっと、見てこようかな』
馬車の扉がギイと小さな音を立てて開いた。
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