第63話 第一席

 モンスターの吹き飛んだあとには、可視化された魔力を放つ緑色の球体が残るだけであった。

 リックはそれを拾い上げると、光にかざして言う。


「これが『緑我(りょくが)』。二つ目の『六宝玉』か」


 まさか、クラインの体の中に入っていたとは思わなかった。


(いったいどこでこれを手に入れたんだろうな……いや、それよりも……なぜ『六宝玉』だと知っていた?)


 とリックは眉をひそめる。

 というのも、『六宝玉』は150年に一度の活動期間になるまでは魔力の放出現象は起きず、ただの丸い宝石にしか見えないのである。

 非活動期間でも内在する魔力は強く、大規模な魔法装置の触媒などに使うことはできる。クラインが自らの体に埋め込み魔力を向上させていたのも、おそらくは似たような使い方をしたのだろう。しかし、やはり見た目は完全にただの丸い宝石なのだ。

 クラインはただの宝石にしか見えないもを『六宝玉』であるという確信を持って体の中に埋め込んだことになる。


 問題は、活性化状態と非活性化状態に関する知識を知っているのは、あの人から直接『英雄ヤマト』の時代の話を聞いている自分たちだけのはずだということである。


 『英雄ヤマトの伝説』では『六宝玉』は、『目に見えるほどの魔力を放つ宝石』とだけ記されているのだ。


(裏に誰かいる……)


 そう思わざるをえなかった。


「おっと」


 こうしている場合ではない。

 本部長無き今、ヘンリーやアルクは事情を話せば大丈夫だろうが、仮にもミーア嬢に頼んでの裏口入学をかましているリックがここにいるのを見られるのはまずかった。

 (今更かもしれないが)あまり目立って、痛い腹を探られたくはない。

 リックは振り返ると、二人に向かって言う。


「アルク、ヘンリー。お前らとの寮生活楽しかったぜ。ガイルにもそう伝えといてくれ」


「リックさん……」


「ああ、そうだ。アルク。後でレストロア領のビークハイル城に来い。じゃあな」


 リックはそう言って北に向けて駆け出した。

 本部の建物の外に出ると、意識を失った騎士たちがそこら中に倒れていた。城壁も3箇所どでかい大穴が空いており、見るも無残とはまさにこのことであった。これで、恐らく一人の死者も出していないであろうということが、リックの先輩たちの恐ろしいところである。彼らの実力を考えれば全長100メートルの巨大すぎる剣を振り回して、そこらのチンピラたちを上手く気絶させるかのような所業である。

 進行方向に壁があったが、リックは当然のようにその壁を駆け上って越える。その姿を見た意識を失っていない騎士たちは唖然としただけで、騒ぐようなことはしなかった。まあ、彼らはつい先程までこの世の地獄に相対していたので、今更この程度は声を上げるほどでもないのだろう。

 壁から外に飛び降りて、少し走ると川が見えてきた。

 そこに一隻の船が止まっている。


「おお!! きたきた。おーい、リックくん。こっちやで」


「おかえりー。リッくーん」


「思ったより時間がかかったな」


 『オリハルコン・フィスト』のメンバーが船の上でリックを待っていた。ここは事前に決めておいた集合ポイントである。

 当方騎士団本部の近くにある、グリンド川から船で離脱するという作戦であった。

 リックは地面を蹴って船に飛び乗る。


「お疲れ様ですリック様。それで例のものはありましたか?」


「ああ」


 ぐっと親指を立てるリック。


「ブロストンさん。あの子は?」


「ああ、大丈夫だ。下のベッドに寝かせてある」


「よっしゃ、『真・方舟アルティメット、エリザベス4号』出発進行や!!」


 そう言った瞬間、どういう理屈かミゼットの船はブロロロロロロロという音とともに急激に加速し、グリント川をあっという間に下っていく。

 僅か十分程度で、10キロの河川を渡りきり海へ出てしまった。


「よーし、海まで出れば一先ず安心やねー。あーええ仕事したわ」


 そう言って、操縦桿から手を離して伸びをするミゼット。

 リックもホッと一息ついたところで、懐から『緑我』を取り出して言う。

 

「皆さん、これ」


 リックはパーティのメンバーに『緑我』がクラインの体の中に埋め込まれていたこと、最後には『魔王獣』のようなものにクラインの体が変化したことなどを詳しく話した。


「どう思いますかね?」


「ふむ」


 ブロストンが顎に手を当てて言う。


「確かに、リックが疑問に思ったことは話を聞いていてオレも疑問が湧いたな。コレは一度、アイツに確認してみたほうがいいかもしれん」


「あの人ですか。集会場ほとんどこないんですよね。今どこに行ってるんだか」


 その時。


「ん?」


 リックは妙な気配を感じて陸の方を見つめた。いや、リックだけではない『オリハルコン・フィスト』全員が、先程進んできた方を見た。


「……なんだあれ?」


 騎士団の制服を着た一人の少年が、水の上を歩いていた。



 まるで、そこは地面で。両足で踏みしめるのが当たり前かのようにゆっくりと。

 少年の見た目は至って平凡である。平凡な黒髪、どちらかと言えば整っているといえなくもない中性的な顔立ち、学校のクラスを一つ見れば一人はいそうな気がする特徴のない見た目だった。

 それが、何より異常性を感じさせる。そんなやつが、なぜか魔力も感じさせずに当然のように海の上を歩いていることなど異常以外の何物でもない。


「へえ」

「ほう」


 感心したように声を上げるブロストンとミゼット。


「わー、おもしろそー!!」


 真っ先に動いたのはアリスレートだった。

 船の最後尾に駆け寄り、少年に人差し指を向けると。


「どーん!!」


 いきなり、少年に向けて魔法をぶっ放した。


「ちょ!? アリスレートさん!!!」


 驚くリック。

 今回放ったアリスレートの魔法は不可視の衝撃波。

 轟音とともに海面を切り裂きながら、凄まじい勢いで少年に襲いかかる。

 もはやそれは、進行方向にあるものは一切情け容赦無く破壊し尽くすエネルギーの大津波だった。

 対して、少年はゆっくりと流れるような所作で剣を抜いた。

 そして。


「王国式剣術、基本三型『切り下ろし』」


 少年の剣が衝撃波の津波に向かって振り下ろされる。

 次の瞬間。 



 海が割れた。



 冗談でも比喩でもなく。アリスレートの魔法と少年の剣が激突した場所から数キロメートルに渡って横一直線に水面が切り裂かれ、海底がさらされたのだ。まるで、預言者が杖を振りかざしたかのごとく。

 その異常な現象を剣のたった一振りで起こした少年は、特にこちらを追いかけようとする様子もなくその場に立っていた。

 その間も船は進み少年は小さくなっていく。

 リックは遠ざかっていくその姿を見ながら冷や汗を流した。


「そんな……アリスレートさんの魔法を真っ向から防ぎ切るなんて……」


 さっきのアリスレートの一撃は彼女にとっては戯れレベルのものだ。それでも、威力はまともな魔術師の完全詠唱魔法など比べ物にすらならない、超ド級の破壊攻撃である。


「化物かよ……」


「毎日のように真正面から打ち消してるリック様がそれを言いますか」


 隣にいるリーネットの的確なツッコミが入った。


  □□□


 少年は遠ざかっていく船を見ながら、頭をポリポリとかいて言う。


「……しまったな。これだけ大きな断層ができてしまうと歩いて追いかけられないじゃないか」


「ミカエル様ああああああああ!!」


 一隻の船が少年の方に向かって進んでくる。

 そこには、灰色の騎士装束を着た特等騎士を始めとして、先程まで馬車の警護にあたっていた人間数名が乗っていた。

 少年は、水面を蹴って跳躍しその船に緩やかに着地した。


「まったく、アナタという人は……急に海の方に一人で飛び出して。もう少し自分のお立場を自覚してください。王器十三円卓第一席、ミカエル・マルストピア王子」


 慣れているがやはり心労絶えぬと、諦め半分で灰色の騎士装束は進言をする。


「ねえ。フリードリヒ」


「なんですか?」


 が、そんなものはどこ吹く風と、涼し気な笑みを浮かべてミカエルは言う。


「世の中は広いね。ボクは嬉しくてたまらないよ」


 はあ、と灰色の騎士装束は大きなため息を吐いた。

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