第64話 騎士団学校編エピローグ
――二週間後。
アルク・リグレットはレストロア領に来ていた。
「ここがビーク・ハイル城か……」
アルク・リグレットは眼の前の古びた城を見上げてそう呟いた。
現在、アルクは騎士団学校を除隊させられている。といっても、これは一時的な処置だった。
あのクラインの一件以降、当然ながら様々なことがあった。
まず、翌日の王国日報の紙面を飾ったのは東方騎士団団長クライン・イグノーブルと、それに加担していた伝統派の教官たちの予算横流しについてだった。噂ではどこかのお偉いさんが情報を掴んで、タレコミをしたらしい。
当然、中央から派遣されてきた憲兵たちによる東方騎士団及び東方騎士団学校の徹底した調査が行われた。東方騎士団学校で行われていた訓練の域を超えたシゴキやイビリ、特別強化対象の選定といった様々な所業が明るみになり、東方騎士団学校の教官の過半数が中央の訴追委員会に出頭を命じられることになる。恐らく、そのまま学校に戻ってくることはないだろう。
調査の過程で、アルクについても明るみに出ることになる。
性別の詐称は立派な犯罪行為だったが、諸悪の根源であり同時に騎士団全体の汚点となったクライン本部長に身内に病人がいるという弱みにつけ込まれたとあっては、あまり強く罰することができないというのが人情というものである。
よって、言い渡されたのは騎士団からの除名。そして、2ヶ月後に入ってくる女性団員として再び入学し直すことであった。元々真面目で優秀な人材である。騎士団としてもできれば身内に入れておきたいというのも本音だろう。
そんな寛大な処置のおかげで、アルクはこうして二ヶ月ほど暇な時間ができたわけである。
毎日のように厳しい訓練をする必要もないし、首席を取らなくてはいけないプレッシャーに苦しむこともない。恋仲になったヘンリーとあまり会えないのは残念だが、非常に穏やかな日々である。
しかし。アルクの心は晴れなかった。
弟の行方が未だに分からないのである。
騎士団学校に入っていた間はクラインを通して手紙のやり取りをできていたのだが、そのクラインが例の事件で死亡して以降連絡が取れなくなってしまった。中央の調査団がクラインの所有していた不動産なども根こそぎ調べたが見つからなかったのである。
体も弱く、病にかかっている弟である。きっともう……。
そんなことを考えてしまう。
その時。
ギィと鈍い音がして城門が開いた。
中から、三つの人影が現れる。
「よお、アルク。久しぶり。へえ、私服は結構女の子っぽいんだな」
一人は元同僚。リックである。あの事件の後、元々厳しいことは分かっていたが犯罪の温床だったとあっては自分の子供を置いてはおけないと、かなりの人数の騎士団学校生が辞めていった。そのどさくさに紛れて、騎士団を去っていった男だ。
一人は、巨漢の男。というか、オークであった。
「オレはブロストン・アッシュオーク。お前がアルク・リグレットか。騎士団学校ではリックのやつが世話になったらしいな。感謝する」
そして。
「えっ?」
最後の一人の姿を見た時、アルクはハッとして目を見開いた。
まるで、ずっと夢に思い描いていた景色が現実に現れたかのように。
「アルクおねえちゃん!!」
「レイ……」
そう。見間違えるハズもない。弟のレイ・リグレットがそこにいた。
しかも、自分の足で地面にたち元気そうにこちらに走ってくるのである。その顔色は病魔に侵されているもののそれではなかった。
ブロストンは顎に手を当てながら言う。
「この少年の病『デニクス感染症』は、間違った知識が一般化されてしまっている典型例でな。確かにコレが効くという具体的な治療薬等は存在せんのだが、そもそも体力がなく抵抗力が弱っているものにしか発症せんのだ。発症すれば体力を削っていくし抵抗力も弱まっていく一方だから、確かにその意味では不治の病なのだが、逆に言えば強力な回復魔法などで一時的にでも体力を戻してやれば本人の免疫力で治すことが十分に可能なわけだな」
アルクは自分の胸に飛び込んできた弟をギュッと抱きしめる。
「お姉ちゃん、ありがとね。ボクのためにずっと頑張っててくれて。元気になったから、今度はボクがお姉ちゃんのために頑張るよ!!」
「うん、うん……良かった。本当に……良かった」
アルクは弟の頭を撫でながら、笑顔で涙を流していた。
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