第22話 とある新人冒険者の一日 2
巨漢のオーク、ブロストンによると、クエストの内容は山路に発生したモンスターの巣の駆除だという話だ。
「へえ、リックさんはこの前の昇級試験でEランクになったんですね」
「まあな。て言ってもこんな年なんだけど」
巣の場所に向かう道すがら、ルークは普通っぽいおっさん、リックと話していた。
「僕も次の昇級試験受けるんですけど、何か知っておいた方がいいことってありますか?」
ルークがそう尋ねるとリックは遠い目をして。
「ウ○コの臭いには気をつけた方がいいかな……」
と言った。
「それ何かのジョークですか?」
しかし、こうして話していても前をいくブロストンとその肩に乗る少女、アリスレートの仲間にしては凄みというかオーラというか、そういうものを感じない。
本当に普通の冴えないオッサンといった感じである。実際に今本人が言ったように32でようやくEランクに昇格したという話だ。
ちょっと、失礼な話になるかもしれないが、この人みたいにはなりたくないなと思ってしまった。30代になるまでひたすらに薬草集めや落とし物捜しを続けるのは正直勘弁願いたいというのが本音である。
「……ついたぞ。さっそく一体いるようだな」
ブロストンの指さした方角を見る。
そこにいたモンスターを見てルークは声を上げた。
「え、あれ、ワイバーンじゃないですか!!」
「他のモンスターに見えるなら一度モンスターの図鑑を買って勉強し直した方がいいだろうな」
そういう問題ではない。
ルークは巣を作ったモンスターというのは、せいぜいウルフバックとか、キラーベアーとかその辺りだと思っていた(それでも十分に危険度の高いクエストだが)。それがまさかワイバーンとは。
ルークは改めてワイバーンを見る。全長5m以上の体を山路に悠々と横たえて、しとめた獲物の肉を貪っている。なるほど、確かにあんなものが道の真ん中に現れては通行の邪魔だろう。追い払うのも一筋縄ではいかない。
なにせ、ワイバーンは単体の討伐でも危険度7。Aランク冒険者以上でなければ受けられないレベルなのである。
しかも、やっかいなことに。今回のクエストは「巣の駆除」である。ワイバーンは巣の近くで仲間が戦闘を始めると、巣の中のワイバーンたちが総出で敵を撃退しにくる習性があるのである。
単体の戦闘能力ではドラゴンに劣るものの、ワイバーンが非常にやっかいなモンスターとされるゆえんであった。
ギルドでの様子を見る限り、普通のオッサンっぽいリックはまだしも、ブロストンとアリスレートはAランク級の相当な実力者だろう。
だが、それでも二人である。ルーク自身やリックはFランクとEランクなので、このレベルの戦闘ではぼぼ役に立たないことも考えると、あまりにも戦力が足りない。
「と、とりあえず。刺激しないようにしないと」
ルークは気づかれないようにヒソヒソとした声でブロストンに話しかける。敵意を持たれて戦闘を始めようものなら、あっという間に数十匹単位のワイバーンが巣から現れ、一瞬にして4人は蹂躙されてしまう。
「それで、どんな戦略を立てるんですか?」
ブロストンはこんな状況でも非常に落ち着いている。おそらくワイバーンたちに真正面から挑まずに、上手く倒すノウハウを持ってるのだろう。
「あ、背中に背負ってるバッグの中に何か秘密が?」
ブロストンの背中には人一人が入れそうな大きいバッグが背負われていた。
おそらく、あの中に対ワイバーン用の特殊な装備が――
「ん? これは弁当だぞ。アリスレートはこう見えて大食いでな。自然と大荷物になる」
「え?」
「あ、ブロストンくん。エッグサンド食べちゃっていい?」
アリスレートがブロストンのバッグから食べ物を取り出していた。中をのぞき込むと、信じ難いことにホントに全て食料だった。
「しかたないな。俺やリックの分も残しておくんだぞ」
「はあ!? なんですか、じゃあ、実質手ぶらでワイバーンの巣を駆除するクエストに挑んでるんですか!?」
「食料はあるだろう?」
「そういう問題じゃないです!!! それなら、この人数でいったいどうやってワイバーンを倒すんですか!!」
「どうやってと言うか」
ブロストンは担いでいたバッグを地面におろすと、ゆっくりとワイバーンの方に歩いていく。
そして、その目の前までいくと、拳を振りかぶり。
「こうやって」
「ちょ、まさか」
バキイ、という音と共にワイバーンの巨体がふっとんだ。数百キロはくだらないはずの体である、凄まじい威力の拳である。
しかしそれに感心している場合ではなかった。
「……何やってんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
グオオオオオと悲鳴を上げるワイバーン。
「何やってんのアンタ!! ほんと何やってんの!? あー、思いっきり睨んでるこっちの方睨んでる!! って、巣に戻ろうとしてるし!! やばいですよ仲間呼ばれますよ」
半狂乱状態に陥ったルークとは対照的に、ブロストンは暢気なものだった。
「まあ、そのために一撃で倒さなかったわけだからな。あ、そういえば城の裏庭の草が伸びてきていたな。明日刈っておかないと」
「この状況で何の心配してんですか!!」
「ねー、ブロストンくんちょっと干し肉も食べちゃってもいい?」
「仕方ないな。ちゃんと俺たちの分も残しておくんだぞ」
「はーい」
「ーーーーーー?■△○!!!!」
声にならない声を上げて頭をかきむしるルーク。だめだこの人ら何とかしないと。
「ふむ。騒がしいやつだな。おい、リックこいつを離れた場所に連れていってやれ」
リックが肩を叩いてルークに言う。
「あー、そういうわけだから行こうぜルーク君」
「え? でもあの二人は」
「大丈夫大丈夫、ってか巻き込まれたくなかったら早く離れよう。すぐ離れよう」
そう言ったリックさんの額には冷や汗が浮かんでいた。
□□□
「ほんとに、よかったんですか!?」
300mほど離れたところで、ルークは足を止めてそう言った。
ブロストンたちが残った方に目をやると、ワイバーンたちが続々と集結していた。
凄まじい数である。40匹はいるだろうか。かなり大規模な巣だったようだ。あれではあの二人がAランク冒険者であったとしてもまるで太刀打ちできない。あっという間に蹂躙されるだろう。
「助けに行かないと!!」
そう言ったルークの肩を掴んでリックが引き留める。意外にもリックの力は強く、振り切ろうとしてもビクともしなかった。
「まあ、落ち付けって。行っても何もできないだろ」
「だからって行かないわけにはいかないですよ。臨時とはいえ僕らはパーティ、仲間なんですから」
「……お前いいやつだな。きっとスゴクいい冒険者になると思うよ。でも、今回に関してはほんとに大丈夫だから」
「いったい何がどう大丈夫なんで――」
次の瞬間。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン、と、空から巨大な何かが降ってきた。
「え?」
絶命したワイバーンである。その腹部には一発の拳の跡があった。まさか、パンチ一発でここまで吹っ飛ばされたとでも言うのだろうか。
確認しておくが、ルークたちは先ほどの位置から300mほど離れたところまで避難している。
「んなアホな……」
だが、この一体だけではなかった。地表に向けて突進していったワイバーンが同じように次々と四方八方へ吹っ飛んでいくのである。
「何がどうなって……」
ルークが呟いた次の瞬間。
バチバチバチバチバチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィ!!!!
と、巨大な稲妻が地面から空に向かって逆向きに発生した。
稲妻は一瞬でワイバーンたちを包み込むと、次の瞬間にはまとめて丸焼きにしてしまった。丸焼きどころか火の通しすぎで炭化してしまっているが……
ブラック・ワイバーン(炭)たちがボロボロと地面に落ちていく。
「……」
ルークはもはや沈黙することしかできなかった。
「……うん、まあそういうことだよ」
そう言ってリックが肩をポンと叩いてくる。
そういうこととは、いったいどういうことなのだろうか? いや、意味は分かったのだがどうにも理解しようとすると自分の中の常識が崩れていく気がした。
「っ!? 避けろ!!」
不意にリックがルークに飛びかかり、一緒に地面を転がる。
僅かに遅れて二人が先ほどいた地面に、轟音と共に巨大な質量が着地する。
「ちっ、こっちにもワイバーンが来ていたのか」
舌打ちするリック。
「あ、あ……」
ルークは現れたワイバーンの姿を見て、恐怖のあまり呻くような声しか出せなくなった。
通常のワイバーンの倍近いサイズと、全身を覆う赤い鱗。ワイバーンの上位種、個体での戦闘能力はドラゴンに匹敵すると言われるレッド・ワイバーンが現れたのである。
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