第103話 ミゼット過去編7

 翌日の朝。


「あ、ミゼットくんじゃーん」


 イリスの家に向かい途中で、ミゼットは声をかけられた。

 声の主は派手な格好をしたエルフの女だった。

 二年ほど前に柄の悪い飲み屋で知り合って、その日のうちにそういう関係になり、今もなおそれだけの関係を維持している女である。

 高い飯の一つもご馳走してやれば簡単に股を開くところや、堂々と昨日やった男とミゼットのどっちが上手かったかみたいな話をするノリの軽さが、非常にミゼットとしては気楽だった。


「最近ごぶさただったじゃーん」


 派手な格好の女は、ミゼットの方に歩いていくと抱きついてくる。


「ねえ……今日暇なんだけどお。久しぶりに、あの貴族しか行けないお店連れてってよお」


 ちなみに、スタイルはミゼットの好みの方向で非常にいい。

 こうして抱きつかれていると柔らかい感触が背中にあたって非常に極楽である。


「ははは、そうやな。じゃあ、今晩……」


 そこまで言ったところで。


『……アナタのミゼットのことだから知りたいの。ダメかしら?』


 なぜか、イリスの顔と昨日言った言葉を思い出した。


「……」


「どうしたの?」


「いや、スマン。そう言えばこれから忙しくなるんや、また今度な」


「えー、そんなこといわないでさー」


「ほな、ワイ用事あるから」


 そう言ってしつこく奢られようと食い下がる女をなんとか振り切ってイリスの家に到着する。

 家の方を窓から覗くが中にはいなかった。

 次に倉庫の方に行くと。


「……はあ、はあ、二百九じゅ、う……さん!!」


 イリスは倉庫で指立て伏せをしていた。

 高速で走るボートに捕まり続けるためには、指の力は非常に大切だとイリスは常々言っていた。


「ははは、ホンマ毎日早朝からご苦労なことやで」


 前は朝一番はボートの整備をしていたらしいが、ミゼットがそれを担当するようになってからは、毎日朝はトレーニングをしている。そうでなくても他の時間もほとんど起きている時間は練習に当てているのだから、浮いた時間で遊ぶなり何なりすればいいものを。


「おはよう、愛しのイリスちゃん」


「ああ、おはよう」


 一言だけそう言ってトレーニングに戻るイリス。

 そんな様子をミゼットは少し呆れながらも、好ましく思う。

 ミゼットは倉庫の中に入っていき、いつもどおり革袋の中から魔法道具を取り出すのだった。


(それにしても……)


 ミゼットは改めて思う。

 イリスほど圧倒的な覚悟で圧倒的な努力をできる者はそうそういない。コレがあるから、ミゼットの作った『ディアエーデルワイス』は走れるのだ。

 現在のイリスのタイムは、メジャーレーサーたちの中では中の下というところだろう。

 しかしそれは、今までのレースでは磨き抜いて鍛え抜いた技量でなんとか『ディアエーデルワイス』の暴走についていってるだけの状態だからに過ぎない。技術者としての勘だがおそらく次か、その次のレースでイリスは『ディアエーデルワイス』を乗りこなす。

 そうなれば、イリスは一気にタイムを伸ばす。

 メジャーレーサーのトップクラスたちと同じレベルに、魔力等級最下級の少女が。



 ――それから二ヶ月後。

 イリス・エーデルワイスと愛機『ディアエーデルワイス』は、『ルクアイーレ杯』で接戦を制し優勝。コースレコードには遠く届かなかったが、メジャーレースでの初優勝を飾る。

 それにより魔力障害者として初の『エルフォニアグランプリ』出場権を手に入れたのだった。


   □□□


「……それにしても」


『エルフォニアグランプリ』の出場を決めた翌日。

 ミゼットはイリスと貴族街を歩いていた。


「イリスにスポンサーおったとはなあ」


 目的はイリス・エーデルワイスというレーサーが所属するチーム『シルヴィアワークス』のオーナーに直接『エルフォニアグランプリ』出場の報告をするためである。

 チームと言ってもまあ、所属はイリス一人なのだが登録上は一応イリスは個人ではなくチームの選手なのである。


「そりゃあそうでしょ。いつも出走の時に『シルヴィアワークス』の名前呼ばれてたじゃない」


「いやまあそれはそうなんやけど、なんか泊つけるためにやっとるんかと思ったわ」


 あと、個人選手よりは色々と信用を稼ぎやすいということで、選手自らがオーナーになっているという例もある。

 ただまあ、考えてみれば何年もマイナーレースですら優勝できない選手が、スポンサーなしに費用のかかる『マジックボートレース』を続けるのは金銭的に無理があるのは確かである。

 逆に言えば、全く結果の出ないレーサーに支援を続ける酔狂なスポンサーもいないとは思うのだが。


「幼馴染でね。なぜかアタシに期待してくれてるのよ」


 ミゼットの疑問を感じ取ったのか、イリスはそう言った。


「へえ」


 それはなんとも珍しい。

 魔力障害持ちのレーサーに期待をかけ続けるとは。

 しかも、今歩いているのが貴族街ということは、そのスポンサーもその大半が脳みそを魔力血統至上主義に毒されている貴族ということだ。


(……ワイが言えたことやないが、『シルヴィアワークス』を支援しとる貴族は結構な変わりものやな)


 ……ん? 貴族で、シルヴィア?


『おやおや、キミが噂の第二王子かい?』


 ミゼットの脳裏に十年ほど前の記憶がフラッシュバックする。


「……」


「ん? どうしたのよ?」


「いや、なんか嫌な予感がしただけや」


「?」


 イリスがどういうことなんだと首を傾げる。

 そんなやり取りをしているうちに目的地についた。

 目の前に見えるのは、五本の剣が描かれた家紋のあしらわれた門。


(ああ、これ確定やな)


 どこを見回しても豪華絢爛と言った感じの貴族街において、侯爵というその中でも高い地位にありながらこの全く誇示しない広さの土地とこじんまりとした家構え。

 貴族間では有名な非魔力血統主義者、クイント家の邸宅である。


「これはこれは、イリス様!! 『エルフォニアグランド』の出場おめでとうございます。お嬢様がお待ちしてましたよ。さあこちらへどうぞ」


 緑色のミサンガをつけた使用人が嬉しそうにイリスを歓迎する。

 屋敷の中を案内されて歩いていくと、使用人に連れられた先には、外観と同じく質素な作りのドアがあり『当主応接室』と書かれていた。


「ではこちらへ。お嬢様がお待ちです」


 イリスがドアをノックする。


「どうぞ、入ってきてくれたまえ」


 中から聞こえてきた声は、それなりに年月が経っているのに記憶の中にあるものと同じだった。

 ミゼットが苦虫を口いっぱいに放り込んだような顔をする。

 イリスが慣れた手付きでドアを開けると、そこにいたのはやや平均よりも小柄な女のエルフだった。一番の特徴はその珍しい、少し青色の混じった金髪だろう。それをツインテールにして腰まで垂らしている。

 かなり整った顔立ちだが、あいも変わらずその視線はコチラを品定めしているかのようにニヤニヤとしていた。


「まずはおめでとうイリス、アナタならいつかやると思ってたわ。それから……」


 女エルフ、シルヴィア侯爵家当主の長女シルヴィア・クイントは、ミゼットの方に目を向ける。


「そちらのメカニックさんもお久しぶりね。相変わらず元気におもちゃ遊びと女漁りに勤しんでたかしら?」


「そっちこそ、せこい商売と男遊びに精力的やと噂なっとたで。変わらずふてぶてしそうで安心したわ」


 お互いの皮肉たっぷりの言葉と相手を見下しきった視線が、二人の間でバチバチとぶつかり合う。


「え? なに、アンタたち知り合いだったの?」


 驚いたのはイリスである。


「まあ、知り合いというか」


「許嫁だよイリス。そこの軽薄男と私は親が決めた将来結婚する相手だったわけだよ。まあ……今はもう元許嫁だけどね」


   ■■■


 ミゼットはハイエルフ王家や有力貴族たちにとって、ものすごく扱いに困る存在だったのは言うまでもない。

 国王が周囲の反対を押し切り皇室に入れた全く別種族の母親との混血であること。この時点で魔力血統至上主義を貴族達を束ねる根拠にしている王家にとっては、あまり良くない存在なのだが、よりにもよってこの混血児は魔力血統の恩恵を誰よりも受けて生まれ落ちたのである。

 簡単に言ってしまえば魔力的な資質において超天才児だった。

 また性格も全く大人しくなく、まさに制御の効かない大問題児である。

 そのため有力貴族たちはなんとかこの暴れ馬を制御できないかと考えた。

 そこで思いついたのが、さっさとどこかの貴族の婿に出してしまおうかということだった。あの問題児は実質貴族内で母親と以外は孤立しているからこそ、気ままに暴れることができるという面もあるだろう。

 仮に嫁や子供ができれば、自分の行いで彼女たちに迷惑がかかるのだ。

 もちろん、そんなことを気にせずにやりたい放題やるかもしれないが、母親を慕っているところを考えると効果がある可能性は十分にあった。

 ただし、そこでネックになったのが肝心の相手探しである。

 いくら王家との血縁ができる機会とはいえ相手は王家の中でも疎まれる混血。血統主義の貴族たちとしては身内に招き入れるにはいささか抵抗が大きかった。

 また、そのような状態の家に無理やり婿に出しても意味がないだろう。行った先の家の人々に対して愛着をもってもらわなければ意味がないのだ。

 となると魔力血統主義的な考えが薄い貴族がいい。

 なおかつ、さすがに王家の人間が婚姻するとなればそれなりに格自体は高くなくてはならない……。

 となればそこでクイント家に白羽の矢が立つのは必然だった。

 公爵家でありながら、魔力等級の低いものも区別なく屋敷で雇っている。今の当主からでなくクイント家は伝統的にそうなのだ。

 貴族たちからすればやや理解し難いが、たとえ魔力的に優れていないものでも他の分野では大差は無いだろうという考えである。

 まあ、変わり者同士ちょうどいい。

 有力貴族たちは、さっそくクイント家に使いを送り縁談の話を持ちかけた。

 丁度いいことに同い年の長女がいるのと、やはり変わり者のクイント家当主は「いんじゃね?」とものすごい適当な感じでOKを出された。色々と交渉材料を用意していたのに拍子抜けである。


 ――そんなわけで婚約が決まったそうです。

 と、平民の家に勝手に上がりこんで飯を食ってきた帰りにそんなことを、母親の使用人から言われたミゼットだった。


「相変わらずアホで勝手な連中やなあ」


 ミゼットは呆れたようにそう言った。


「では、お断りしますか?」


「お腹痛いから無理ってゆうといて〜」


 とメチャクチャすぎる理由をのたまうミゼット。

 しかし、この使用人はミゼットが生まれる前からミゼットの母親に使えていた者で、ミゼットという人物をよく知っていた。


「そうですか……では相手方の娘さんには、王子は『お前など顔を見るまでもなく俺の相手には相応しくない』と言っていたと伝えておきますね」


「え、いや、そこまでは言うてへんが……」


「少々お可哀そうですね。婚約者に合う前から振られた女という汚名は、貴族の娘として少々厄介な重荷になるでしょうから。でもまあ、ミゼット様がそうおっしゃるなら」


「ああ、もう、分かったわ。会うだけ会うわ」


 なんともズルい言い回しである。

 だが同時に、確かに勝手に決められた縁談ではあるが相手の女の子がいるというのも事実。自分で見定めもしないでケチをつけるとつけるとあっては、ミゼット・ハイエルフ一生の恥である。


 というわけでそれから一週間後、王城の別邸で開かれたパーティで婚約者との初対面となった。

 本来正装をしていく場にも関わらず、ミゼットは堂々と普段のラフな格好でやってきた。

 そして、クイント家の当主の前に来て。


「噂の問題児です。よろしゅう」


 いつもどおりのニヤニヤした顔でそう言った。


 そんなミゼットの態度にもクイント侯爵は。


「いやいや、噂通りの型破りだねハッハッハッ!!」


 と笑うばかりだった。

 少なくとも父親の方は好感が持てるなと思った。


(さて、肝心の娘の方は……)


 父親の後ろから豪華ではないが洗練されたデザインのドレスを着た少女が現れる。

 自分と同じ年の少女は、幼いながら優雅な動作でドレスの裾を両手で持ちながら会釈する。

 そして顔を上げると。

 端正に整った文句なしの超美人顔。


「やあ、はじめまして婚約者くん。私はシルヴィア・クイントだ」


 が、しかしその目はどこかで見たことがあるニヤニヤとした目線をこちらに向けていた。

 そう、この馴染み深い人をバカにしたような目は……。


「……ほうほう」


「……あらあら」


 二人はじっくりとお互いの目を見つめ合う。

 ミゼットは目の前の婚約者にいつもどおりのニヤニヤ言う。


「コレは、無いやろな?」


 婚約者もニヤニヤしたまま言う。


「そうだね。これは無いね」


「二人共急にどうしたんだ?」


 不審がるクイント侯爵。


「というわけで、婚約は解消や」


「そういうことだ父上。すまないね」


「って、おいおいちょっと待ってくれ。まだ会ったばかりじゃないか」


 困ったようにそう言うクイント侯爵に対して、二人は言う。


「この女は、たぶん性格がワイと似とるわ」


「この男は、たぶん性格が私と似てるわ」


 最後は二人同士に。


「「だから、きっと性格が悪いからコレとは結婚したくない」」


 クイント侯爵とそれを見ていた婚約のために動いていた貴族たちは、何を言ってるんだコイツ等はと頭を抱えるのだった。

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