第102話 ミゼット過去編6
さて、夕食も食べ終わり。
いつもなら、この後イリスは入念にストレッチなどの体のケアを行うのだが。
今日はべットの上に座っていた。
「……ほら、触りなさいよ」
そう言って、自分の胸を少し突き出す。
服越しからでも分かる大きな胸。
正直このサイズはレースの時に邪魔なので、少し恨めしいものという認識なので目の前で目をガン開きして凝視しているミゼットのようにありがたがる気持ちが分からなかった。
……いやまあ、この胸が今ではすっかり愛機となった『ディアエーデルワイス』と引き合わせたと言うなら、それはそれでよかったのか?
まあ、そうは言っても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「その……アタシ、レースばっかでこういうの初めてだからさ、できれば優しく……」
「ひゃっっほうっっっ!!!!!!」
ミゼットは獣の如く飛び跳ねてイリスの前まで来ると。
グワッシィィィィィィッ!!!!!!!
と、豪快にイリスの巨乳を鷲掴みした。
「ちょ、ちょっとアンタ。それ触るとかいうレベルじゃ」
「違いますー、好きにしていいって約束ですー」
「子供かっ!!」
「ふんぬぶろば!!」
ミゼットが谷間に思いっき顔を埋めてきた。
「ひゃん!!」
思わず変な声を出してしまうイリス。
「ふいー、この柔らかさ、この沈み込むような質感……やっぱりコレに限るわ〜」
ミゼットは谷間に頬を擦り付けながらそんなことを言う。
一応同意の上とは言え見事な変態である。
「……ねえ」
「ふえー……ん? なんやイリスちゃん? 少しハリのある感触もちょっと汗っぽい匂いも最高やで」
「感想は聞いてないわよ!! ちょっと生々しくていやなんだけど!!」
この状況でも相変わらずのミゼットである。
「……そうじゃなくてさ。『やっぱりコレに限る』ってことはさ、その……アタシ以外にもこういうことする相手いるのよね?」
「ん? あーまあ、それは……」
ミゼットは少し言葉を詰まらせた後。
「イリスちゃん……ア・イ・シ・テ・ルで」
取って付けたような甘い声でそう言った。
「ごまかし方が雑なのよこの最低男。てか、いつまで顔押し付けてるのよ!! そろそろいいでしょ」
「ええ、まだまだやで。もうちょっと、もうちょっとだけ」
「……はあ、まあ、約束は約束だからいいけどさ」
イリスがそう言うとミゼットは「おおきに〜」と谷間を通って少しくぐもった声を上げる。
服越しとはいえ結構くすぐったい。
「極楽極楽……」
ミゼットはそう言うとその後は黙って、イリスの胸に包まれていた。
「……」
「……」
やがて十分ほど時間がたち、さすがにそろそろいいだろうとイリスがミゼットに呼びかける。
「ねえ、ミゼットそろそろアタシ明日の練習に備えて……」
「……」
「……ミゼット?」
「……スゥ……スゥ」
気がつくと自分の胸の中でミゼットは目を閉じて深い寝息を立てていた。
「なんなのよ、こいつホントにもう」
イリスはさっさと起こそうと思ったが。
ギュウっと、イリスのズボンの裾をミゼットの手が握った。
「……かあさん」
それは凄く小さな寝言だったが、確かにそう言ったのがイリスに聞こえた。
いつも余裕そうにニヤついてるその顔にも、少しだけ眉間にシワが寄って苦しそうにしている。
「母親……か」
イリスは立ち上がろうとしていたのをやめ、そのまましばらく自分の胸の中で眠るミゼットに付き合うことにしたのだった。
■■■
「……ミゼットよ。お前は問題を起こさないと気がすまないのか」
ミゼットは夢を見ていた。
九年前、自分がまだ十二歳の頃の夢。
「ユベル侯爵の屋敷に殴り込みに行くなんて。全くなにを考えているのだ……」
玉座の上からそう言うのは、国王で実の父親であるグレアムである。
「いやー別にぃ、ただグレアムのハゲがせっかく参加してやったしち面倒くさいパーティでワザとワイの分の食事を作り忘れたことにするとかいう愉快なサプライズしよったからな。ついカッとなってやった、反省は微塵もしとらん」
全く悪いと思ってないその様子に、グレアムは「はあ」と深いため息をつく。
「しかも、また意味の分からない魔法道具を使ったそうじゃないか。アレは危ないから使うのはやめろと言ったろう」
「ちょっと手が滑ったんや」
「ちょっと手が滑ってユベル邸の一階から四階までを吹き抜けにするのはお前くらいだぞ……」
国王は右手を頭にやると疲れた様子で言う。
「ミゼットよ、今は各領主と共同で国境の防衛設備の拡充を進めている最中なんだ。母親を……カタリナを見習って揉め事を起こすな」
魔力的な素質に恵まれ、他の種族であればとっくに死んでいるであろう年齢になっても未だに若く健康的な見た目をしているグレアムだが、その様子からは国王としての気苦労が窺い知れる。
それは分かった上で。
「……なんや、まだオカンの名前覚えとったんか」
ミゼットはそう言った。
「……当然だろう。自分の妻だぞ」
「なら、あんな奥に閉じ込めとかんで表に出したったらどうや?」
「……それは」
言葉を詰まらせるグレアム。
「あほくさ。もうええわ」
ミゼットはその様子を見て、呆れたようにそう言うと踵を返してその場を去っていく。
「ま、待てミゼット。話はまだ――」
その背中にグレアムは声を変えるが。
「止めたければ力ずくでどうぞ。『できれば』やけどな」
「そ、それは……」
グレアムは再び言葉を詰まらせる。
その顔に浮かんでいるのは恐怖であった。
国王たるものとして正直情けないなと思うが、グレアムだけではなく『エルフォニア』でミゼットを知るものは大体こんな反応である。
皆ミゼットが作っている魔法道具の恐ろしさは知っている。それだけでなく、単純に魔法使いとしての天性の素質も圧倒的であり、九歳という年齢ながらすでに国家の魔法使いとして三本の指に入る。
本気で暴れるミゼットを止めるなど、それこそ『魔法軍隊』の最高戦力にでも動いてもらわなければ不可能なのだ。
「はあ、なっさけないやっちゃな」
自分の子供すらまともに言うことを聞かせられない父親を背に、ミゼットは王の間から出る。
あまり愉快ではない気持ちを抱えながらも、無駄に広い王城の無駄に長い廊下を歩いていくと、城の最上階の離れにたどり着く。基本的に王室からしか行くことのできないこの王城の最深部とも言うべき場所は、ある一人の女が住んでいる。
ミゼットは離れのドアを開けると中に入る。
「オカン。調子はどうや?」
「おはようミゼット。昨日はよー眠れた? アンタいつも夜ふかししてなにか作っとるからお母さん心配やわ」
この離れの主。
現国王グレアムの第二王妃、カタリナ・ハイエルフである。
年齢はすでに三十近いが、目の大きな可愛らしい顔立ちと、背は低く肉付きはいいいわゆるトランジスタグラマーな体型である。
いつものほほんとしていて、近頃体調がすぐれないにもかかわらず会って早々ミゼットがちゃんと睡眠をとっているのかなどということを心配してくる。
まあ、そういうドワーフ族の女性である。
ちなみに、ドワーフ族は男性は背が低くヒゲが濃くてゴツゴツしてものすごく男らしいが、女性は背の低さはそのままに小柄で可愛らしい感じである。
まあ、もっとも。エルフ族からすれば、短足でだらしない体という認識らしいが。
「心配せんでもワイは昨日、前からうっとおしかったやつにひと泡ふかしたったから気分ええで。それよりも、オカンの方や。調子はどうなんや?」
「まあ、ええ感じと言ったら嘘にはなるなあ」
肉付きが良くて柔らかそうな体をしているカタリナだが、少しだけ顔の血色は良くない。
原因はイマイチ分かっていないが、二年ほど前から体調を崩しあまりベッドから起き上がることができていなかった。
もっとも、それ以前もカタリナはこの広い離れから出ることはほとんど無かったのだが。
「というかミゼット。一泡吹かしたって、また喧嘩したんか?」
「まあ、売られたからなあ。喧嘩にもならんかったけど」
「アンタはもっと小さい頃から強い子やったからなあ」
ミゼットの魔力量が第一等級になったのは僅か四歳。
混血ということで周りから白い目で見られ、嫌がらせを受けることも多かったが幸いなことに実力でその手の連中を黙らせるのは苦労しなかった。
「まあ、ウチのせいで迷惑かけとるのは申しわけないんやけど」
「オカンのせいやないで。貴族の連中の脳みそが凝り固まっとるだけや」
「それでも、あんまりお父ちゃんに迷惑かけんといてあげてな」
「……」
カタリナの言葉にミゼットは少し眉間にシワを寄せていう。
「なんで、オカンはアイツのことかばうねん。こんなところに押し込められて、人前に晒してはいけないものみたいに扱われて。会うときも誰にも見つからんようにお忍びなんやろ。他の王妃は色んな式典に連れて回っとるくせに」
理屈は分かる。絶対的な血統主義によって統制されている『エルフォニア』の貴族界だ。
完全に別種族のカタリナが我が物顔で闊歩すれば間違いなくその和が乱れる。国王として堂々とそのタブーを飲み込むというのが難しいことだろう。
だが、それならばそもそもカタリナを后に迎え入れなかったらよかったではないか。なぜそんな中途半端な真似をするんだ。
「……まあ、確かにそれはそれで寂しいことなんやけど」
「だったら、もうちょっと不満そうに」
「でもな。あの人には、あの人の国王として背負ってるものがあるんよ」
優しい声だった。
「ホントは弱い人なんよ。私はそんな弱さが愛しくて、支えたかったからあの人と一緒になったんや。だから難しいかもやけど」
カタリナはミゼットの頭を撫でながら言う。
「できれば、あの人を恨まんといてあげてな」
そう言ってカタリナは少し顔色の悪い顔で笑うのだった。
■■■
「……ん?」
ミゼットが起きた時には深夜になっていた。
燭台に灯された魔法石の小さな光だけが部屋を照らしている。
「ああ、起きたのね」
頭上から聞こえてきたのはイリスの声。
どうやら膝枕の状態らしい。
ということは上を見ると……。
「コレはコレは絶景かな。イリスちゃんの綺麗な顔が見えないのは残念やけど」
イリスの大きな胸が視界を埋め尽くしていた。
「もうあんたのセクハラにも慣れてきた自分がムカつくわ……」
イリスは呆れたようにため息をつく。
(それにしても……久しぶりにオカンの夢見たな)
ミゼットはそんなことを思う。
こうしてイリスの感触を感じながら寝たからだろうか? ミゼット自身自覚しているが、肉付きのいい女が好きなのは母親の影響である。
もっとも、イリスの性格と母親の性格は全然違うとは思うが。
「ねえ。言いにくいことだったら言わなくていいんだけどさ」
「なんや? イリスちゃん以外の女の子の名前とかやったら教えんで。無用な争いはワイかて好まん」
「違うわよこの最低男。じゃなくてさ、アンタの母親」
「……」
「寝てる時にちょっと苦しそうに名前呼んでたからさ。気になっちゃってね。お母さんのこと何かあったなら話してくれない?」
ミゼットはその申し出に少し驚いて、体を起こしてイリスの顔を見る。
「嫌ならいいわよ」
「ああいや、なんで気になったのか聞きたくてな」
「アナタのことだからよ」
「え?」
「だから、アナタのミゼットのことだから知りたいの。ダメかしら?」
そう言って真っ直ぐにミゼットの方を見てくるイリス。
思わずミゼットは目をそらしてしまう。
(……って、いやいや。なに急に恥ずかしくなっとんねん)
今まで何人もの女と向かい合ってキスでも何でもしてきたではないか。
それはそれとして。
「なんや、イリスちゃん。とうとうワイに興味が湧いたんかあ?」
いつもどおりにニヤニヤした顔に戻りそんな軽口を叩くが。
「ええ。そうよ。もしアナタに辛い思い出があるならアタシもそれを知りたいわ」
イリスはやはり、真っ直ぐにミゼットを見据えてそう言った。
「……」
なんというか非常にやり辛い。
「ダメかしら?」
そう言って小首を傾げてくるイリス。
ああなるほど。この子は真面目で真剣なんだな。レースだけじゃなくて、こういう人間関係も。
「……ええよ。まあ、と言ってもそんな大したことやないで」
そう前置きしてミゼットは話し出した。
母親がドワーフ族だったこと、それ故に自分共々白い目で見られてきたこと。
そして。
「オカンはワイが十一の時に死んだんやけどな。葬式にオヤジが来なかったんや」
昔は必要な式典にくらいは出席していたミゼットが決定的に貴族たちと決別した出来事も。
「親父だけやない。王城の人間ほぼ全員来なかったわ。参加したのはワイと、オカンの身の回りの世話してた数人の使いだけや」
しかも、遺体は『エルフォニア』王家の墓とは違う場所にひっそりと一人で埋葬されたのである。
ミゼットの母親は病に蝕まれる前は明るく活発な人だった。だから、本来はあんな城の奥で過ごすのが好きなはずはなく、それでも大人しくひっそりと過ごしたのは夫である国王と、その国王が支える『エルフォニア』という国のためである。
その献身に対する仕打ちがこれなのか、と。
「それだけの、それだけのことなんやけどな。オカンはそれでいいって言うやろうけど、まあなんか……少なくともええ気分にはならんかったわ」
「……そう」
黙って話を聞いていたイリスは、一通りミゼットが話し終えると一言そう言った。
「……とまあ、暗い話してもうたな。すまんすまん」
「そうね」
不意に、フワリと。
ミゼットの体が柔らかい暖かさに包まれた。
さっきまで感じていたこの感触は、イリスの体温である。
「なんやイリスちゃん。今日はサービスがええやんけ」
「ミゼット」
「なんや?」
「……辛かったわね」
「……」
ミゼットは思わず次にいう言葉を詰まらせてしまう。
「……い、いや、別にもう過ぎたことやから」
「それでも辛いと思うわ。たぶんアタシも、アンタの気持ち少しだけ分かるから」
「……」
再び言葉を詰まらせるミゼット。
考えてみればイリスは魔力障害の持ち主だ。『エルフォニア』という国においてそれは、間違いなく差別の対象であり味わってきたのは自分や母親と同じ……。
いや。もしかすると、少なくとも先天的な能力には恵まれていた自分よりもイリスの味わってきたものはもっと辛く、もっとどうしようもないものだったのかもしれない。
「なあ、イリスちゃん」
「なに?」
ミゼットはイリスに抱きしめられながら言う。
「……愛してるで」
自然とそんな言葉が出てきた。
「また、そんな調子のいいこと言って」
イリスは呆れたように、いつもどおりそう返す。
「……そうやな。調子のいい話やな」
「ねえミゼット。アタシ絶対出るわよ『エルフォニアグランプリ』、それで優勝して貴族の連中のハナ明かしてやりましょう」
「ははは、確かにそれは連中の愉快な顔が見れそうやな」
そう言ってお互い笑ったのだった。
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