第104話 ミゼット過去編8
「……ってなことがあったわけやな」
ミゼットは一通りのことを話し終えるとそう締めた。
「懐かしいねえ。それからはまあ、ミゼットが社交界に顔を出さなくなったから会うことも無くなった。しかしまあ、こうして成長したキミを見ると……」
シルヴィアはミゼット上から下にじっくりと眺めて言う。
「……うん、全くそそられないねえ。顔面は満点くれてやってもいいが、やはり私は縦にも横にもデカイ男が好みだよ」
「奇遇やな。ワイもお前の顔面だけはイリスちゃんの次に好みやけど、その小枝みたいな体は対象外や」
「やはり君の婚約破棄をしてよかったよ、ふふふふ」
「それも同意や、なははは」
「……アンタ達、実は仲いいの?」
イリスは似た者同士の二人を呆れた目で見る。
「まあ、話を戻そう。イリス、等々『エルフォニアグランプリ』の出場を決めた君には、是非とも私から良質の魔石をプレゼントさせてもらうよ。『ディアエーデルワイス』の燃料はこれだと聞いている。ならばなるべく良質なもののほうがいいだろう?」
「……ええ、ホントに、コレまでありがとうシルヴィ」
「ははは、いいってことさ。それに私はスポンサーだよ? あくまで利害関係さ。君が大きな結果を出せば、魔力障害者レーサーという背景もあって話題性は抜群。私は投資をしているんだから気にしないでくれたまえよ」
「おいおい、ワイには何かないんか?」
「元許嫁の熱いキスとかいかがか?」
「なんやお前、ワイにゲロ吐かせたいんか? 宗教上の理由で性の悪い女と粘膜接触すると死にたくなるねん」
「奇遇だね。私も想像しただけで、下の口がサルバトール砂漠(大陸最大の砂漠)並にカラッカラに乾燥して膣壁があかぎれを起こしそうになったよ。まったくどうしてくれるんだい?」
「やっぱり、アンタら実は仲いいわよね?」
イリスの当然の疑問に、何を言ってるんだお前はという表情をする二人。
それはコッチのセリフである。
「……さて。これからは少し悪い知らせだ」
シルヴィアが真剣な表情に切り替わる。
「どうやら、貴族たちが色々と手を回しているらしい」
「……まあ、そうなるかもとは思っとったがな」
ミゼットは不愉快そうに顔を歪める。
「君の兄上辺りは結構過激なことを提案しているようだが、周りはそこまでしなくてもいいだろうと考えているみたいだね。私が掴んだ情報では、彼らは来年から『魔石式加速装置』を使用禁止にするルール改正を考えているみたいだ」
シルヴィアも呆れた奴らだと、肩をすくめる。
「実際、理屈は通ってはいる。イリスのせいで忘れそうになるが『魔石式加速装置』は操作が難しい、不用意な事故の可能性を減らすという目的であれば、確かに禁止されてもおかしくはないものだ」
「ゆうても、あまりにも露骨な狙い撃ちやから、ここまでイリスちゃんが有名になっては今シーズン中にルール改正はいくらなんでも反感を買うか」
「そうだね。だからこそ、イリスには今シーズン負けてもらって来年から禁止にしようとしている。『魔力血統主義』の維持も大変だねえホント。魔力障害者たちの英雄なんて、できてもらっちゃ困るってことさ」
「ほんま、アホくさいわ。イリスちゃん、『エルフォニアグランプリ』ではあんまり気にせんで走ってええんやからな。さっきもゆうたが少なくとも来年以降の話や」
ミゼットはそう言ってイリスの方見る。
イリスは壁に寄りかかって話を聞いていたが。
「ああ、分かってるよミゼット。要は、アタシが今年優勝すればいいんでしょ?」
イリスはなんというか、思ったよりも遥かに冷静に告げられた事実を受け止めていた。
「もしアタシが優勝すれば……ちょっと自分で言うのがむず痒いけど、シルヴィアの言う『魔力等級の低いエルフたちの英雄』になる。そんな選手を狙い撃ちしてルール改正は、いくら国民が政治に関心の薄いこの国でも反感を買うわ。だから、優勝すればいい。そうすれば、来年以降も私以外も、この『ディアエーデルワイス』型のボートで戦うことができる」
イリスは少し自嘲気味に言う。
「たぶん、貴族の連中は魔力障害の出来損ないが勝つなんて無いと思ってるんでしょうね。『魔力血統主義』の頂点に君臨する『完全女王』に勝つことなんて、少なくとも今年は無いと……」
ミゼットはイリスの言うことを聞いて、ふと思った。
意外にも貴族たちの考えることをよく分かっているな、と。
「……さて、戻って練習するわ」
そう言うと、部屋のドアに向かって歩いていく。
「はは、イリスちゃん勝つ気満々屋で」
ミゼットもソファーから立ち上がり、その後についていこうとしたら。
「ああ、ちょっと待ってくれ。イリス、少しミゼットを借りてもいいかね? 久しぶりに会ったので話がしたいのでね」
「え? ワイ普通に嫌やねんけど」
ミゼットを無視してシルヴィアはイリスの方を見る。
「……いいけど」
「おや、ミゼットの協力が必要な練習をしたいのかい? それならまた今度にするが」
「そうじゃなくて、アンタら元婚約者なんでしょ。しかも結構似た者同士だし。だから、その……」
イリスは何かいいたげにミゼットを見たが。
「いや、なんでもない。ミゼットに調整してもらいながらの練習は後に回すから、ゆっくり話していいわよ。じゃあねミゼット」
「あいよ。大会前に追い込みすぎんようになー」
バタン、とイリスが出ていき部屋の扉が閉じた。
「……」
「……」
静寂がミゼットとシルヴィアを包み込む。
やがでシルヴィアが言う。
「……見たかね、我が幼馴染のあの乙女な反応を。ミゼット、たぶん押せば抱けるよアレは」
「それは、言われんでも分かっとるわ」
伊達に女遊びを生きがいにしていないミゼットである。
「なんだ、分かってるのに手を出さないのかい? ミゼット・ハイエルフともあろうものが、随分と丸くなったじゃないか」
「うっさいわい。未だに貴族のオッサンどもの上を渡り歩いて遊んでるお前と違って、暇やないねん」
「おいおい、失礼な言い方だね。ワンナイトとは言え、あの瞬間私とオジ様たちは愛し合っているんだ。遊びではなく真剣だよ」
「……それで、こんな話をするためにワイを残したわけやないよな?」
ミゼットにそう言われ、シルヴィアは真剣な表情に切り替える。
「……ミゼット、君はあの子の過去をどこまで知ってる?」
「それほどは知らんな。まあ、なんかあったのはどう見ても明らかやが。それよりも、シルヴィア。仮にも侯爵令嬢のお前が、幼馴染って話やけどどこで知り合ったんや? ベタなところやと、使用人の娘だったってとこやろうけど」
シルヴィアは首を横にふる。
「いや、もっと簡単な話さ。あの子は、元々貴族の子供だよ」
「……なに?」
「社交界に顔を出さなくなった君でも、ホワイトハイド家はさすがに知っているだろう?」
「まあさすがにな」
ホワイトハイド家は魔力血統主義が色濃い有力貴族の一つである。
「……ああ、ホワイトか。つまりエーデルワイスってのは『堕ち名』ってわけか」
「そう、彼女は九歳で魔力障害を理由に家を追われたんだ」
魔力血統主義の色濃い貴族の家では稀にあることである。
自分たちの血のブランドを守るために、先天的に魔力の極端に低い子供を家から追放し「いなかったことにする」のである。
その時、貴族街の外で平民としての身分で名乗るためのファミリーネームである『堕ち名』が与えられる。
人にもよるが『堕ち名』に元に家の名残を入れるものは少なくない。イリスのエーデルワイスもそういうことなのだろう。
「それで……結局、ワイに何がいいたんや?」
ミゼットがそう言うとシルヴィアは意外な行動に出る。
深々と、ミゼットに対して頭を下げたのである。
「……ミゼット、本当にありがとう」
「おいおい、らしくないな」
少々以上に驚くミゼット。
「あの子が家を追放される時、まだ子供のアタシは何もできなかった。アタシにできたのはせいぜい父親の事業の一部を譲り受けて稼いでいた資金の一部で、あの子のやりたいボートレースの支援をすることだけだった」
シルヴィアは珍しく沈痛な表情を浮かべる。
「ただ、いつも思っていた。私が支援してしまってるからこそ、あの子は命を削りながら自分に決して向いていないことをやり続けてしまっているんじゃないかって。だから、あの子に勝てる手段を授けてくれてありがとう。あんな柔らかい表情のイリスを見たのは、あの子が家を追放される前以来だったよ……」
……なるほどな。
と、ミゼットは納得した。
常に孤独の中でレースに挑んでいたように見えたイリスだったが、たった一人だが味方がいたらしい。
たぶんだが、きっとその存在はイリスにとっては心の支えになっていたに違いない。
まあシルヴィアにそんなことを伝えてやる気は毛頭無いが。
「ミゼット、イリスを頼んだよ。あの子は無茶するから……」
「ははは、任しとき。大事なマイハニーやからな」
ミゼットはそう言い残して、シルヴィアの部屋を出ていった。
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お話としてはミゼット過去編の最後までと、現在に戻ってリックの戦いの続きまで書かれてます!!
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