第105話 ミゼット過去編9

 貴族街の一角。

 王城ほどではないが、十分に豪奢な作りの銀色の屋敷が鎮座するのがロズワルド家の領地である。

 さて、そのロズワルド家の本邸ではその夜、一人の来訪者が来ていた。


「急に尋ねて来て悪かったね」


 堂々たる出で立ちと、純血中の純血を表す鮮やかな金色の髪。第一王子、エドワード・ハイエルフだった。


「いえいえ、まさかエドワード様に私どもの屋敷に直接尋ねていただけるとは。光栄の極みです。妻などは、エドワード様が入ってきた時に踏んだカーペットを記念に飾りたいなどと言っているくらいですよ」


 ロズワルド大公はそう言って大げさにエドワードをもてはやす

 正直自分でも大げさすぎるとは思っているが、こういうのは貴族マナーのようなものである。こういうのを大げさでも常日頃からやれるものが、出世をしていくのだ。


「それで、この度はどのような用件で?」


「いやなに。今話題になっている、短命ザルのレーサーについてだよ」


「……ああ、あのホワイトハイドからのあぶれ者ですか」


 ロズワルド大公はやや不思議そうな顔をする。


「確かにあのような者に歴史と権威ある『エルフォニアグランプリ』で優勝などされては、愚民どもが妙な勘違いを起こす風潮を起こしかねませんな。しかし、だからこそあの者については、この前有力貴族たちと集まった時に対策は考えたではありませんか。エドワード様の使いもあの場にいましたから結果は聞いているのでしょう?」


「ああ、来年のルール調整で、魔石式加速装置を使用禁止または個数を制限するルールを作ってしまおうということになったらしいね」


「ええ。確かにあの小娘は速いですが少なくとも今年のうちに、エドワード様の妹君でもある、我らが『完全女王』に勝てるとは思えませんですからな。私が責任をもってルール改正を成立させますので」


 そう。

 いくら、勢いのある選手と言っても『エルフォニアグランプリ』に出場する選手の中では中の下。なんとか出場を掴み取ったというレベルに過ぎない。格上の超一流レーサー全員を抑えて優勝するには、いささか実力不足だろう。

 さらに現在、マジックボートレース界には最強の女王がいる。そして、その女王は『魔力血統主義』のど真ん中、ハイエルフ王家の直系である。

 普通ならいくら安定した強い選手だからといっても、ミスや不調などがあると皆考えるものだが、あの絶対的な走りを知る有力貴族たちにその発想はなかった。

 オズワルド大公としても少なくとも今年は『完全女王』が圧勝するか、少なくとも他のレーサーが勝つことになるだろうと確信している。

 しかし。


「ヌルいね。君たちは本当にヌルい」


 エドワードは軽蔑を込めた声音でそう言った。


「ぬ、ヌルいですかな」


 そう言えば、この前の話し合いの時もエドワードはいささか乱暴な作を提案していたなと思い出す。


「しかしですね。エドワード様の使いの方から提案いただいた作は、仕掛けが少々過激で実行するにはリスクがありますからな」


 放っておいても勝手に負けてくれる可能性が大きいのに、わざわざリスクを取って潰す必要があるのか。

 有力貴族たちはそう感じたため、安全な作をとったのだが。


「そうとも。確かに劣等の小娘一匹だけなら僕も捨て置く。だが、忘れていないかい?」


 エドワードはオズワルド大公に一歩近づきながら言う。


「その小娘に協力してるのは、あの混ざりものさ。僕はあのエルドワーフを『汚らわしいと思っているが、全く舐めてはいない』。あの男が関わっている以上は万全を尽くすべきだと思うね」


 表情は優雅な笑みを浮かべているが、その迫力はかなりのものだった。


「た、確かにあの混ざりものが関わると色々と碌なことがないのはおっしゃるとおりですな」


 ロズワルド大公はエドワードに同意しつつも、「うーむ」と唸って難しい顔をする。

 エドワードの話は確かにあの問題児と直接関わったことがあるからこそ理解できる。なんだったら、この前苦い思いをさせられたばかりだ。

 だが、しかしリスクを取るほどかと言われると……。


「ああ、そうそう。新しく見つかった三つの鉱山だけど、僕の名前でもう一つ君の所有物であることを保証したいと思っているんだが」


「ほ、本当ですか!?」


 領土の境界に跨る鉱山などは、所有権の揉め事が起こりやすい。そういう時には本来は国を全て収めているという名目である王族の承認をとっていると、大いに交渉を優位に進めることが可能である。

 元々、この件の担当者として成功の暁には鉱山を一つ所有できることが約束されているのだが、エドワードはその範囲を広げると言っているのだ。


「……なるほど。分かりました。エドワード様の使いが提案された作を、実行させていただきましょう」


「ふふふ。君なら分かってくれると思ったよ大公」


「ただし、二つのウチの一つ、事前に襲撃をかけて負傷させるというのはリスクが大きすぎますので、実行するのはもう一方のほうということでいかがでしょう?」


「……まあ、いいだろう。君も中々慎重だね」


「申しわけありません。私めにはエドワード様のような胆力がありませんので……」


「ははは、まあ仕方ないさ。歳を取ったらあまり心臓に悪いことをするものじゃない」


 用件の済んだエドワードは、挨拶をしてオズワルドの家を後にした。


「……ふん。腑抜けた老人め」


 エドワードは帰りの馬車に乗りながら一人呟く。


「仕方ない。こちらの方でも独自に手を打っておくか……今度からはもっとリクスを取れるものに協力させるほうがいいな」

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