第148話 アンジェリカ・ディルムット

 翌日。

 リックの一部リーグデビュー戦は十一地区の『フェンウェイ闘技場』で行われた。

 一部リーグは、二部リーグ以下と試合日程や細かいルールやらで色々な面で異なっているが、最も大きな違いは人と金である。

 まず、一部リーグで使われる闘技場は基本時に大きなものばかりである。これは、二部リーグまでとは違い、かなりの数の観客が入るからである。『ヘラクトピア』西部には沢山の闘技場があるが、その中でも一部リーグで使用できるのはたったの十四個しか無い。

 そして、一部リーグは試合の勝敗をかけての賭博を公式に運営しており、それによって莫大な収益を上げている。当然、その富は一部リーグの選手たちにも還元され、一部リーグのトップ選手ともなればそのファイトマネーは、二部リーグまでの選手たちとはまさに桁が違う。

 観客達は金をかけているから本気で選手を応援し。

 選手たちは眼の前の一勝で大金を掴めるから必死に戦うのである。

 その熱量が渦巻く場所こそが『ヘラクトピア』一部リーグなのだ。

 さて、その熱い場所に放り込まれた、リックの一部リーグデビュー戦はというと。


『勝者ぁ!! 『オールド・ルーキー』リック・グラディアートルゥゥゥゥゥ!!』


 実況の声が音声拡散魔法によって会場中に響き渡った。

 リック・グラディア―トルは初戦を難なく勝利で飾ったのだ。

 かかった時間は三分。驚くことに? 瞬殺ではなかった。

 というのも、リックはここ数日の連戦のおかげか、だいぶ手加減も上手くなり絶妙な力加減を習得していたのである。今日の試合も傍目からは割といい勝負をしたくらいに見える程だ。

 そのせいか、これまでのリックの戦いを見て「アイツは化物だ!!」などと言っていた観客や『拳闘士』たちが、「あれ? アイツこんなもんだったっけ。まあ一部リーグはレベルが高いってことか」などと首を傾げている。

 「今度一部デビューするやつがスゲーんだよ」と息を荒くして友人を誘って見に来た者などは、「うん、まあ結構強いんじゃない?」などと、言うほどでもなかったぞ的な反応を返されて、微妙な空気になっていた。

 そんな周囲の反応などは露知らず、リック自身は。


(よし。使う力そのものを細かく制限できるようになってきたぞ!!)


 などと、自らの修練の成果に酔いしれ、密かにガッツポーズを取っていた。


(しかし、かなり抑えて戦ったとは言え、やっぱり二部と比べて格段にレベルは高いな)


 などと、リックが考えていると。


『続きまして第二試合!! 「危険深海生物」アーロン・ブリッズと「閃光」アンジェリカ・ディルムットの対戦だああああああああ!!』


 実況が怒鳴るようにして対戦カードを読み上げた。


「お、アンジェリカの試合か」


 せっかくなのでリックは、アンジェリカの試合を見ていくことにした。

 正面から見て右の入場通路からアンジェリカがリングに上がる。観客席から見えるその姿はやはり他の『拳闘士』たちと比べると小柄である。

 直後、観客から声援が上がる。聞いてはいたことだが、かなりの人気ファイターらしい。


(確かに、黙っていれば文句なく美少女であるわけだし、人気がでるのもおかしくないよな。黙っていれば)


 大事なことなので、心の中で二回言ったリックである。


『さあ、現れました。快進撃を続け、ついに一部リーグランキング八位にまで上り詰めた、美しきファイター。今日もそのスピードを活かした戦いで、敵を翻弄し、我々を魅了するのでしょうか!!』


 しかも、ランキングは八位『拳王トーナメント』出場枠まであと一つである。流石にここまでとは、と驚くリック。

 続いてその向かい側から、アンジェリカの相手が出てくる。

 こちらは、アンジェリカとは打って変わって巨岩のような体格を持つ魚人族の男であった。ランキングは五位。アンジェリカより三つ上である。


『それでは、試合開始いいいいいいいいいいいいい!!』


 実況の合図とともに試合は始まった。


 試合展開は素人目から見れば一方的なものだった。

 アンジェリカはその二つ名である『閃光』に恥じない素早い動きを惜しみなく披露している。

 得意の『瞬脚』を駆使してリングの上を縦横無尽に駆け回り、敵に攻撃を浴びせ続ける。対するアーロンは最初の数分は反撃を繰り出していたが、アンジェリカに見事なヒット・アンド・アウェイで全て攻撃が届く前に敵のリーチの外に逃げられてしまう。ならばと、アーロンは水系統の界綴魔法を放つが、それもたやすくかわされる。それどころかアンジェリカの雷系統の界綴魔法で自ら出した水を利用して反撃されるという始末である。

 よって今は身の守りを固める以外にできることがないのだ。

 なるほど、これは強いな。とリックは思った。

 そう、アンジェリカ・ディルムットは普通にかなり強い。

 得意の『瞬脚』の速度は一部リーグでも恐らく最速クラス。

 そして、本来困難とされる『強化魔法』の連発を容易く使いこなす高い『魔力操作』の精度と身体能力。その戦い方を継続できる兄ほどとはいかないが十分すぎるほどに多い『魔力量』。経験もこの年にして十分に備えており戦闘中の駆け引きはベテランの『拳闘士』と比しても、全く遅れをとらない。界綴魔法も雷系を中心に並以上に使いこなすことができる。

 そもそも、たった十七歳にして実力的にはBランク冒険者と同等かそれ以上の二等騎士まで上り詰めているのである。常識的な目で見れば強者以外の何物でもない。

 どこぞの狂気に満ちた訓練のせいで常識をどこかに置き忘れてきた三十路がおかしすぎるだけで、そうそう負けることなど無いのである。

 しかし。


「……これは、アンジェリカが不利だな」


 リックはリングの上で行われている戦いを見てそんなことを呟いた。

 素人目には一方的にアンジェリカが押しているように見える。だが、実際にどちらの方が消耗しているかといえば、それはアンジェリカの方だろう。

 アンジェリカの攻撃は主に魔力をまとわせた突きや蹴りである。それが多方向から素早く何発も敵に叩き込まれるのだが、いかんせん一撃一撃が軽いのだ。そして対するアーロンはガードに徹し決して相手に急所を見せず、さらに自分自身の体に強化魔法『鉄鋼体』を使い体の強度を底上げしている。これではアンジェリカの攻撃で決定打を浴びせるのは困難だろう。

 その証拠にアンジェリカの動きが徐々に鈍くなり、その隙にアーロンがガードを少しずつ緩め始めた。

 そして、その時は訪れる。


「しまっ!!」


 アンジェリカが二連続の『瞬脚』でブレーキをかけきれず、体勢を崩したのである。


「強化魔法『剛拳』!! 必殺、バイキング・アットオオオオ!!!!」


 バキィ、とアーロンが大きく振り回した腕がアンジェリカに直撃した。


「がっ」


 くの字に折れ曲がるアンジェリカの体。

 そのままリングの端まで地面を転がりようやく止まった。

 なんとか立ち上がろうとするアンジェリカだが、いかんせんダメージが大きすぎる。

 そこを逃す一部リーグの上位ファイアターではない。

 アーロンは間髪入れずにアンジェリカに近づくと、もう一撃蹴りを入れる。

 アンジェリカは立ち上がることができなかった。

 こうして、アンジェリカは敗北。ランキング八位のままであった。


   □□□


 試合後、選手控室に座るアンジェリカにリックは声をかけた。


「お疲れ様。アンジェリカ」

「……大きなお世話ですわ」


 アンジェリカは少しうつむいてそんなことを言ってくる。

 負けて少し気が立っているようである。今は一人にしておこうかな、などとリックが思ったその時。


「内容のよくない戦いだったな。いささか焦りすぎていたように思うぞ、リックの友人よ」


 いつの間にかブロストンがリックの隣に立っていた。今日は東部の方での試合は休みなのだろう。

 ブロストンの言葉にアンジェリカは顔を上げてブロストンを睨みつける。


「どういう意味ですの?」

「言葉の通りだ。ガードに徹し始めた相手に対して、わざわざ動き回りながらの攻撃を続けるのは愚策だろう。アレでは自分から消耗しにいってるようなものだぞ。ああなったら、こちらも一度足を止めて敵の出方をうかがうべきだと思うが、どうだ?」

「……うるさいですわ!!」


 アンジェリカは逃げるようにしてその場を立ち去っていった。


「あ、ちょっと待てよ。アンジェリカ」


 リックはその後を追いかけていった。

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