第147話 スネイプ・リザレクト

「もう全部あの人一人でいいんじゃないかな……?」

 リックは闘技会情報誌を読みながらそんな事を呟いた。


『デビュー戦でいきなり名門拳闘士団体「ブラックキャット」の選手たちを全員一撃KO』

『その巨岩のような拳の威力は、すでに全「拳闘士」の中で最強と囁かれる』

『その、堂々たる体躯と真正面から敵の攻撃を受けきり倒す戦闘スタイルは王者の風格すら感じさせる』

『唯一、生前の『拳王』を知るエルフ族の評論家アルフォト氏(御年400歳)は、まるでアレキサンダー様を見ているようだと、最大の賛辞を送っている』


 リックが読んでいたのはブロストンに関する記事である。

 東部拳闘会では各地で開かれる大会での実績だけでなく、人気も『拳王トーナメント』の出場に関わってくるとあってド派手に暴れているようだ。

 考えてみれば東部拳闘会だろうが、その後のトーナメントだろうがあの人が負けるところなど世界の終わりよりも想像できない。リックが西の方から出場を目指す必用ははたしてあるのかという疑問が今更ながらに湧いてくるのである。

 現在リックがいるのは、『ヘラクトピア』首都の一等地にある豪邸である。

 豪邸の主はスネイプ・リザレクトという、西部リーグ運営委員会の会長である。

 リックは先日の二部リーグでの十連勝を受けて、西部リーグ本部から正式に本日より一部リーグへの昇格が認められた。その通達を受付で聞いたリックに対し、西部リーグの職員が「西部リーグ運営委員会の会長が是非アナタに会いたいと言っている」と言ってきたのである。

 本日は試合の予定のないリックに断る理由はなかった。

 一部リーグでは二部リーグまでと違い試合のスケジュールは運営委員会に完全に決められており、どれだけ体力が有り余っていても毎日試合をしたり、一日に何試合もすることはできないのである。


「リック・グラディアートル様。では主の元にご案内します」


 フロントでフカフカの椅子に座って雑誌を読んでいたリックに、そう声をかけてきたのは使用人の男だった。

 背は高いがかなり痩せ型で、ひょろ長という言葉がこれほどしっくり来ることもなかろうという感じの体型である。名は、セルバスと名乗っていた。

 リックは雑誌を元あった場所に戻すと、セルバスの後ろについていく。

 案内されたのは、ドラゴンの装飾が施された扉の前だった。


「どうぞ、お入りください。中で主がお待ちです」


 リックはセルバスにお礼を言うと、ドアノブを捻って中に入って行く。

 部屋の中は、これまた豪奢に飾り立てられていた。

 何の素材だかはさっぱり分からないが、リックの素人目にも量産品ではないと思わせる赤いカーペット。壁にかけられた絵画や目立つところに置かれている調度品も同じような雰囲気を醸し出していた。

 もっとも田舎者のリックと違い、見かけによらず一応は伝統ある貴族であるアンジェリカなどが見れば「成金臭い品の無いセンス」などと一蹴するかもしれない。

 まあ、その辺りの感じ方はどうあれ、とにもかくにも金を感じさせる部屋であった。

 その中央に置かれた、これまた高価でやたらとフカフカしていそうな椅子に部屋の主が腰かけていた。


「お会いできて光栄です、ミスターリック。私は西部リーグ運営委員会で会長を務めさせていただいております、スネイプ・リザレクトと申します」


 椅子から立ち上がってそう挨拶してきたのは、上等そうなスーツに身を包んだの男だった。

 竜人族はその起源をワイバーンやドラゴンと同じくすると言われるだけあって、全身を覆う鱗や鋭い爪と牙、そして人間でいえば尾てい骨の位置から生えた尻尾など、爬虫類の特徴を多く残した亜人種族である。

 また、身長はほどではないが人間族と比べて低く、成人男性で平均して140cmほどである。スネイプはその中でもさらに小柄なほうのようで130cmくらいしかない。また、その目つきは非常に穏やかで物腰も柔らかく、ここ数日見てきた血気盛んな『拳闘士』たちとは明らかに違っていた。

 年齢は人間族ばかりの田舎で生きてきたリックには推測するのは難しいが、だいたい四十代くらいだろうか。


「これはどうも。それで、この度はどのようなご用件で?」


 リックはスネイプが差し出してきた手を取り握手をする。


「……?」


 するとリックはある違和感を感じ取った。


(これは……)


 そんなリックを他所に、スネイプは言う。


「まあまあ、とりあえずお座りください。なに、大した用事というわけではないんです。いつも一部リーグに上がってきた有望な選手には、こうして一度直にお話したいと思って職権を少し乱暴に使っているんですよ」


 なんともあっぴろげな職権乱用である。しかし、不思議とここまであっけらかんと開示されると、非難する気も全く起きない。


「なるほど。西部リーグの実質的なトップについていながらも、一般の『ヘラクトピア』国民と同じく『闘技』の一ファンであるということですね」

「ええまあ、こんな重要なポストについておいて、お恥ずかしい限りですけどね」

「いえいえ。俺は素晴らしいことだと思いますよ。若いころはスネイプさん自身も『剣闘士』だったみたいですし、生涯に渡って好きなことを仕事として続けているのは、尊敬できることですし見習いたいことでもありますね」


 リックの言葉に驚いたような表情をみせるスネイプ。


「知っていたのですか? 自分で言うのもなんですが、私は全く有名なファイターではなかったと思うのですが」

「いえ。先ほど握手をしたときに、少し年月は経ってますがかつて戦いを経験したものの手だと思ったものですから。それによく見れば本棚の二段目に『闘技会』のエンブレムが入ったメダルが飾ってありますし。あれは、現役時代にとったものだと思いました。もちろん、役員職での功績を賞してのものという可能性もありますけど」


 スネイプはこれはお見事だと両手を上げる。


「いやあ。これはこれは、やはり歴代最速で一部リーグに上がったお方は伊達ではありませんな」


 声の調子やジェスチャーや表情の動きなどは少し大げさだとは思ったが、他人を不愉快にさせることなく自分の驚きや賞賛をこちらに上手く伝えてくる。それはまるで一流の芸人のようで、なかなか天然でできるものではない。

 スネイプはどうにも人付き合いにおいて、他人からいい印象を受けるための技術が高いらしい。まあ、政治力がモノを言う競技運営委員会の中でトップにつくほどの男である。こういったコミュニケーション技術はお手のものなのかもしれない。


「といってもずいぶん前、二十年は前のことです。当時は西部も現在の東部と同じく一つのリーグではなく、様々な闘技団体や大会が乱立していました。私はその中でもあまり有名ではない団体に所属する『拳闘士』の一人でしてね。『拳王』の伝説や間近で見た『拳闘士』達の勇姿に夢を抱いて、十六歳でこの世界に飛び込んだのです。見ての通り小柄ですが竜人族持ち前のスピードを生かした戦法で、まあ、狭い界隈ですが名前は知られる程度には強かったとお恥ずかしながら自負しております。そうなるまで五年はかかりましたけどね」


 スネイプは昔を懐かしむように遠い目をした。


「そのメダルは。私が二十二の頃にとある中規模の大会で優勝した時のものです。もちろん『拳王トーナメント』とは比べ物にならないほどの規模のものですが、初の優勝とあって嬉しいやら誇らしいやら、今でも思い出すと血が熱くなりますよ」

「そうですか。羨ましい限りです。俺もスネイプさんのように思い出すだけで熱くなれるような体験がしたくて、前に勤めていたところを辞めた身ですから」

「といっても、優勝したのはそれっきりで二十三で引退してしまいましたけどね。今は、自分と同じくチャンピオン、『拳王』の座を夢見る『剣闘士』たちを、土台の部分からサポートすることにやりがいを見出しているわけです」


 二十三歳で引退というのは少し早い気もしたが、スネイプなりに色々と考えた結果なのだろう。リックはその部分は深く詮索しないようにした。


「特にリックさんは話題の新人です。私個人として何かできることがあればサポートはさせてもらうつもりですよ」

「話題というほど話題にはなってませんけどね。しかし、そうですね。それでは……できればでいいのですが。『拳王トーナメント』の参加者が決まるまでの残り二十五日間、なるべく沢山の試合を組んでもらうというのはどうでしょうか?」

「……なんですと?」


 スネイプは首をひねった。

 確かに、一部リーグはそれまでと違い、試合日程や休養日まで西部リーグ運営委員会が定められたリーグ規定とにらめっこしながら決めていくことになっている。委員会の会長であるスネイプがその気になれば、日程を調節して一、二試合くらいなら多くさせることができるだろう。


「しかし、なぜ、そんなことを望むんですか?」

「ああ、今年の『拳王トーナメント』に出場するためですね。西部リーグは勝ち点加算方式で、たぶんこれからの試合を全勝すれば『拳王トーナメント』に出場するのは可能だと思っているのですが、やはり一部リーグともなるとこれまでと比べて格段にレベルが上がってくるはずですからね。もし、負けても取り戻せるように試合数はできるだけ多いほうがいいんですよ」

「……」


 スネイプはしばらく何とも言えない顔をしてリックを見ていたが、やがてこれは参ったというように肩をすくめてこう言った。


「いやはや、これはまた。たった四日で一部リーグまで上がっただけでは飽き足らず、今年の『拳王トーナメント』に出場するつもりとは。リックさんは実績があるから説得力を感じますが、他の誰かが同じことを言えば呆れ果ててもう少し、常識的に物事を考えろというところですよ」

「分かりますよ。俺も全く同じことを思いましたから」


 いい加減慣れてきたが『オリハルコン・フィスト』の化け物たち、特にブロストンはとんでもないことを平然というので困る。

 どういうことです? とスネイプは再び不思議そうに首をひねるのだった。

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