第146話 東部拳闘会の灰色オーク2

新刊発売なのでステマをかねて、少し早いけど更新です


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 『ホワイトカプス』と『ブラックキャット』の勝ち抜きマッチが行われる、東部第七闘技場には大勢の客がつめかけていた。


『さあ、さあー、皆さんお待たせしました。注目のエキシビジョンマッチ。両団体の長年の因縁にいよいよ決着がつきますっ!!!!』


 魔法によって拡散された実況の声が、声援の中に響き渡る。

 長年、拳闘士を育てているがあまり大舞台に縁の無かったアポロンは、やや緊張した面持ちでリングの前に立っていた。


「やあやあ。これはこれは、『ホワイトカプス』の名伯楽殿。お元気ですかあ?」


 そう言って声をかけてきたのは、『ブラックキャット』の会長、猫人族の男、ボドウィンである。丸々とした体形は猫というより狸をほうふつとさせる。


「相変わらず胡散臭いなりをしているな、金満狸め。卑怯な真似をしやがって」

「何のことですかねえ?」


 憎たらしいと睨みつけるアポロンだったが、ボドウィンはどこ吹く風である。


「まあまあ、今日はお互い正々堂々と戦いましょう」


 そう言って握手を求めてきた。

 どの口が言いやがると、アポロンが殴りかかりかけたその時。


「安心しろ。こちらは言われなくても正々堂々とやるつもりだ。よろしく頼む」


 ガシッ。とボドウィンの手を大きすぎる掌が包み込んだ。

 ブロストンである。

 しゃべるオークという存在の登場に、一瞬言葉を詰まらせるボドウィン。

 しかし、すぐにいつもの調子で言う。


「お、おお。これはこれは。とうとう『ホワイトカプス』さんは見世物小屋のような真似をし始めましたか。いやはや、人気の無い団体の努力と創意工夫には頭が下がりますねえ。今日は楽しみにしてますよお」


 そう言い残してリングの向かい側に去っていくボドウィン。その後ろ姿を見ながらブロストンは隣にいるゴルド尋ねる。


「ゴルドよ。あの男は会長とずいぶん因縁のある相手のようだな。今日の奇襲のことばかりではないように見えるが」

「相変わらず察しがいいっすね」


『さあ!! では第一試合。『ブラックキャット』からはいきなりこの選手の登場だ。去年から三十戦無敗。『凶獣』シルバ・ガントレッド』


 実況の声と共に、観客の大声援に迎えられてリングに上がったのは犬人族の男であった。鋭い眼光と逆立った毛並み、そして均整の取れたしなやかな筋肉を動きの一つ一つからみとることができる男である。

 シルバはおもむろに、アポロンの前まで歩いてくると。


「よお。アポロンの親父。俺がいなくなっても元気してたかあ?」


 ニヤニヤとした表情でそう言ってきた。


「シルバ……元気そうでなによりだ」

 そう名前呼んだアポロンの声音は複雑なものだった。敵に向けるものでもあり、我が子に向けるものでもあるような。何とも言い難い感情が籠っていた。


「おう。そりゃ元気さ。『ブラックキャット』の金払いは最高だからな。そういや、今日全敗で負けたら『ホワイトカプス』潰れるんだってな。あのカビくせえ本部が無くなると思うと、悲しくなっちゃうじゃないの、へへへ」


 全く悲しくなさそうにそんなことを言うシルバに対して、アポロンは黙るばかりであった。


「俺が引導渡してやるぜ。これも親孝行ってやつさ」


 シルバはそう言って、リングの中央に引き上げていった。


「会長は、あの選手とも何かあるのか?」

「ええ。シルバさん……いや、シルバの野郎は元々『ホワイトカプス』の拳闘士なんすよ」

「……ほう?」

「シルバさんだけじゃない。『ブラックキャット』のスター選手のほとんどは、俺たち『ホワイトカプス』みたいな貧乏団体の中で、実力のある選手だった人たちなんです。それを膨大な契約金で引き抜くのが『ブラックキャット』のやり方なんです。特に会長は、自分の育てた選手が花開き始めるとすぐに『ブラックキャット』に引き抜かれてきた。会長は『選手たちの拳闘士人生なのだから、条件のいいところに行くのは当然だ』なんて言ってますが……」

「まあ、思うところがないわけではないだろうな」

「ええ。俺もそう思います。特にシルバの野郎はなかなか勝ち星がつかなかったところから、会長が『ホワイトカプス』にスカウトして、何年もかけて育ててきた選手ですからね。それなのにシルバのやつ、勝ち始めたらあっさりと裏切りやがった。いけ好かねえ野郎ですよ」


 憎たらし気にゴルドはそう言った。

 ブロストンはその様子を見てウムと頷くと、リングに上がった。


『さあ、続いて『ホワイトカプス』の選手ですが……おおっと? これは新顔ですね。なんとこのエキシビジョンマッチがデビュー戦のようです。ブロストン・アッシュオーク選手の登場だあ!!」


 リングに上がったブロストンを見て、観衆たちがザワつく。

 どう見てもオークの男が立っているのである。

 対戦相手であるシルバは、やはりニヤニヤとしていた。


「へへへ、ボドウィン会長から聞いたときはジョークだと思ったけど、アポロンのやつはマジで『ホワイトカプス』をサーカス集団にするつもりなのかね」


『それでは、試合開始いいいいいいい!!』


 実況の声と共に、試合が始まった。

 構えをとるシルバ。

 しかし、ブロストンは自然体で立ったままであった。変わりにシルバに対して言う。


「シルバといったな。お前に一つ聞きたいことがある」

「あん?」

「『ホワイトカプス』を去るときに、何か思うところは無かったのか?」


 予想外の質問に少し目を丸くしていたシルバだったが、真剣な顔になって言う。


「なんだ、相変わらずアポロンの野郎。変なやつには好かれるじゃねえの。えーと、何か思うところだったな。そりゃまあ、あるさ。二人三脚で毎日毎日ぶっ倒れそうになるまで訓練したんだからな。辞める時はそりゃなあ……」


 しかし、すぐにいつものニヤつた顔に戻った。


「へへへ、清々したぜ!! これでこんなカッコわりいオンボロ本部ともおさらばだってなあ」

「なるほどな。では、育ててくれたアポロン会長に対する情は無いのか?」

「強くしてくれるからしかたねえ従ってやってただけに決まってるだろ。時代遅れのバカみてえに暑苦しいのが、心底うざかったぜ」


 小指で耳クソをほじりながら、いかにも馬鹿にしたような調子でシルバはそう言った。

 その言葉に、ブロストンの背後にいるゴルドは拳を握りしめ。アポロンは虚しさに項垂れる。


「てか、なんだお前。もしかして、恩義を感じて残るべきだったとかそういうことを言っちゃうつもりか? 綺麗ごと言ってんじゃねえよ。稼げるところに行って何が悪い。アポロンのやつも好きにしろって言ってるしな。てめえにどうこう言われる筋合いはねえぜ」

「……ふむ、そうか」


 ブロストンは深くうなずいた。


「ははは、お前も考え直したほうがいいぜえ。ウチみてーな潤ってる団体に来れば、だっせえ思いしなくて済むんだからなあ。まあ、俺みてーに強くねえとウチからスカウトは」

「どうにも薄いやつだと思ったが。ようやく分かったぞ、貴様に何が足りんか」

「は?」


 ブロストンは右手の拳を前に突き出した。親指を立てた状態のそれは、いわゆるサムズアップというものである。

 さらに、そこから拳の角度を四十五度傾ける。

 ゴルドだけでなく会場にいる全ての人が訝しんでその姿を見る。


「……何をしてやがる?」

「これは、『クオーターサムズアップ』。『オークの騎士道』と言われる風習だ。オーク種は諍いが起こった時、こうして親指を立てて斜めにした拳を互いに合わせ、その後、回避を禁止した素手による殴り合いをどちらかが倒れるまで行う。より強く頑丈な個体が優秀とされる種族ゆえの習性だな。つまりだ……今からオレは防御も回避もせず、ただ真正面から前進して貴様を殴るという宣言だ」


 シルバだけでなく、会場全ての人間がブロストンの正気を疑った。


「てめえ。なめてやがるのか……」

「違うな。オレはいたって真剣に『戦う』つもりだ。オレにとって『戦い』と『戦争』は違う。『戦争』とは一切の手段も選ばず、ただ勝つことだけを目的とするもの。そして『戦い』とは勝敗以前に互いの『信念』をぶつけ合うものだと思っている。だから、遠慮はいらん。オレは強靭な肉体を産まれ持つオーク族の誇りを『信念』として、この肉体で全てを真正面から受け止めるつもりだ。さあ、貴様の『信念』我が肉体に思う存分ぶつけるがいい」


 そう言って、まるで受け入れるかのようにその大きな両手を広げるブロストン。

 シルバはその瞬間。ブロストンの体が何十倍にも膨れ上がったかのような錯覚に襲われ、一歩後ずさった。

 しかし、それは錯覚だ。目の前にいるのは一匹のオークでしかない。なにより、シルバは『拳闘士』。対戦相手は倒すのが生業である。


「へっ、なんだかわからねえけど。躱さねえってんなら好都合だぜ!!」


 シルバは強く地面を蹴って加速する。

 あっという間にブロストンとの距離を詰めると、その右拳を放つ。

 ただの右拳ではない。天性の柔軟性とバネをもつ肉体で拳に強力なスクリュー回転を加えながら放つ、今まで三十人もの拳闘士をリングに沈めてきた、『凶獣』シルバの一撃必殺技である。

 バシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

 と、激しく肉を打つ音が響いた。これ以上ないくらい完璧に入った。会心の一撃である。


 が、しかし。


 必殺技を叩き込んだシルバの脳裏に浮かんだのは、会心の一撃を加えた満足感ではなかった。

 それはまるで、数千年大地に根を張った大木。

 それはまるで、悠久にそびえる巨大な山脈。

 それはまるで、雄大に全て包み込む母なる海。

 そういう、個の力ではどうにもできない巨大な存在に己の小さな拳を叩きつけようとしたかのような「どうしようもなさ」が右手から伝わってきたのだ。


「……やはり、軽いな」


 余りに理解を超えた感覚を前に動きを止めたシルバの右手を、ブロストンの大きな左手がガシッっと掴んだ。


「貴様に足りんもの……それは『度量』だ」

「ぎっ……あっ」


 拳を握りつぶされかねない万力に苦悶の声を上げるシルバ。


「確かに貴様の言うことは正しい。個の利益を追求することを誰が咎められようか。人間は自らの幸福を求める生き物だ。恩義だからといって報酬の低い集団に属し続けるよりも、より良い待遇を約束する集団に移動しようとする。実に自然で人間的な行為だとも」


 ブロストンはシルバの右腕を捉えたまま続ける。


「だが、義や情による繋がりを尊く思うのも、また人だ。なぜなら人は集団を作る生き物だからな。安心できる、信頼できる暖かい繋がりの中で生きることは、個の利益を追求することと比しても決して劣ることのない人の欲求だ。しかし、お前は個の利益を追求することに躍起になるあまり、そのことを諦めてしまっている」

「くっ、っそ、離せっ!!」


 シルバは開いている左手でブロストンに拳を叩き込むが、びくともしない。


「だから、貴様の密度は低いのだ。『個の利益の追求』と『暖かい繋がりの形成』。相反する矛盾を飲み込む『度量』を持て。育ててくれた集団や師に本気で感謝をする。感謝しながらも、自分の利益を追求するためにそこから離れる。しかし、それでもなお、関わった人々から応援されるような器の大きさを持つのだ。『個の利益』しか目に移す余裕のない今の薄っぺらな生き方のまま繰り出す拳など、オレには蚊が刺すほどダメージを与えることもできんぞ」


 ブロストンは右拳を握った。


「では、こちらの番だな。我が『信念』、受け止めてみるがいい」


 ズドン。という重厚な激突音が、闘技場全体を揺らした。


 ブロストンの右腕から放たれたボディブローがシルバに直撃。

 とっさに左手でガードしたがそのガードごと、観客席最上段のさらに上にあるスポンサーの看板まで吹き飛ばし、体を深々とめり込ませた。


「「「「…………!!!!!?」」」」


 目の前の出来事が信じられず。闘技場が数秒完全な沈黙に包まれる。


『……い、一撃だああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』


 実況が我を取り戻し、そう叫んだと同時に、闘技場全体が歓声で揺れた。

 皆が一瞬で理解したのだ。

 この東部拳闘会に凄いやつが現れた。と。

 ブロストンはズンズンとアポロンの方に戻っていく。


「あ、あんた。いったい何もんなんだ?」


 アポロンは震える声でそう言った。


「何者……か。そう言われればオークと答えたいな。オレはお前らがよく知る一介のモンスターのつもりだ」


 そんなわけがあるか!! とツッコミを入れる精神的余裕はアポロンには無かった。


「それよりも、アポロン会長。あの男の拳。込められた『信念』はともかく、技術的には素晴らしいものだった。よき指導をしたのだな。オレも弟子と呼べる者が一人いるが、同じ人を教える立場のものとしてオレはお前を尊敬するぞ」

「……」


 ブロストンのその言葉に、アポロンは目を見開いてしばらく押し黙っていたが、やがてフッと笑った。

 見ればブロストンが、ついさっき昔の教え子をぶっ飛ばした右手を差し出していた。

 アポロンはそれを見て、そう言えば、最初に会った時に握手のために出されて手を驚いてしまった自分は握り返さなかったと思い出す。


「はっ。ほんとに敵わんな。ありがとよ」


 アポロンはブロストンの右手を自らの右手でがっしりと握った。


「あと二人。頼めるか?」

「無論だ。派手にいくぞ。この試合で名を上げて、オレは『拳王トーナメント』に出場し優勝する。東部拳闘会は大会実績だけでなく、ファンからの得票数でも獲得できる出場枠があるからな」


 普通なら大言壮語と一笑にふされかねない言葉だったが、アポロンはゴクリと唾をのんだ。

 他の誰かならまだしも、この男なら笑う気にはなれない。


 東部拳闘会に突如として現れた超新星。『インテリジェンス・オークファイター』。ブロストン・アッシュオークの伝説が今始まる!!


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新米オッサン原作13巻本日発売になります!!

表紙の美女は一体誰なんだろうなあ(すっとぼけ)


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