第145話 東部拳闘会の灰色オーク
スキンヘッドのチンピラじみた形をした男、ゴルドは東部拳闘会に所属する『拳闘士』である。
少し時間は戻って、リックたちが『ヘラクトピア』に着いた日の翌日。
先日、猫人族の少女にちょっかいをかけていたところを叩きのめされたゴルドは、その叩きのめした張本人と共に、自らの所属する闘技団体『ホワイトカプス』の本部の前に来ていた。
「しかし、ホントにウチの団体に入るつもりなんですかい? ブロストンの旦那」
ゴルドは自分の隣に立つ、巨漢にそんな事を尋ねる。
「もちろんだ。すまんな、お前も自分のトレーニングや体調管理のリズムがあるだろうに」
「あ、いえいえ。気にしねえでください。今日はトレーニングの予定も仕事もなかったんで」
「む。仕事?」
「ああ、言ってませんでしたね。俺、近場の農場で働きながら『拳闘士』やってんですよ。ウチの団体は弱くはねーんですが金なくて給料安いんで、むしろ農場で働いてる収入のほうが多いくらいっすわ」
確かに、目の前にある『ホワイトカプス』本部の建物は、オンボロの一軒家という感じである。先日訪れた『レッドリングス』の本部は、貴族の屋敷もかくやという大きく豪奢な建物だっったので、悲しいまでの資金力の差が一目で分かる。
さて、ブロストンとゴルドはそのオンボロ一軒家の中に入っていった。
本部の中はオンボロ一軒家の見た目を裏切らず、中央にリングがありその周囲に乱雑にトレーニング器具が散らばっているという、いかにも貧乏闘技団体ですと言った感じの様であった。
「おらあ、もっと気合い入れんかぁ!! 貴様らぁ!!」
入ると同時に野太い声が聞こえてきた。
声の主はタオルを肩にかけ無精髭を生やした五十代のドワーフ族、『ホワイトカプス』会長のアポロンである。角刈りの燃えるような真っ赤な頭髪のごとく、本人の気質も熱い男であった。
「ん? どうしたゴルド。お前は今日休みじゃなかったのか?」
ゴルドに気づいたアポロンが声をかけてきた。
「ああ、そうなんですけど。実は『紹介』してえ人がいまして」
「なにぃ? 『紹介』だと?」
東部拳闘会における『紹介』とは、団体への入団希望者を連れてきたということである。東部拳闘会は西部リーグと違って入団テストが無く、どこかの団体に所属すれば『拳闘士』となれる。
「まったくゴルド。お前はもっと自分のうだつ上げることに集中せんか。人が増えるのはありがたいがな。それで、一体どんなやつなんだ?」
アポロンは来るもの拒まずのスタンスでいるが、できれば有望なやつがいいというのが本音だ。闘技団体は所属選手の強さと人気で収益が決まると言ってもいい。『ホワイト・カプス』のような貧乏団体にとって、素質あるルーキーというものは年中無休で募集中なのだ。
新人を見る上で、まず知っておきたいのは種族だろう。
闘技会には多種多様な種族が参加している。人間族、猫人族、犬人族、魚人族、鳥人族、ドワーフ族、竜人族、エルフ族、小人族、巨人族。他にもいくつもの種族がいるが、その中でも『闘技会』のルールで有利なのは犬人族と言われている。素手での接近戦においてバランスよく優れた種族であるからだ。
実際、長い闘技会の歴史でも現チャンピオンのケルヴィンを始め、ほとんどのチャンピオンは犬人族である。
今回の新人も、身体能力と勝負勘に優れた犬人族だとベストである。
そんなことを考えていたアポロンの視界を巨大な影が覆い尽くした。
「お前がここの会長か」
「……」
まさかのオーク種だった。いや、言葉を喋ってるからオークではないのか?
「オレはブロストン・アッシュオークだ。よろしく頼む」
やっぱりオークだった。
アポロンは握手のためにブロストンが差し出してきた右手をしばらくポカンと口を開けて見つめた後、ゴルドの方を見る。
「おま、こいつモンスターじゃ」
「ええ、まあ。そうなんですが、別にモンスターが『拳闘士』になっちゃあいけないなんて決まりはねえっすよね?」
「いや、そうなんだが。しかしなあ……」
腕を組んでウンウンと唸る会長。
眼の前の巨漢は戦わせてみれば強いのかもしれない。そして、オークが試合に出てはいけないという規定はないし。言葉を話せる以上は試合の進行に問題はない。喜んで契約書を用意したいところなのだが。それにしたって流石にモンスターを『拳闘士』として登録するのは前例がなさすぎる。
そんな事を考えていた時。
入り口のドアが勢いよく開け放たれ三人の男が入ってきた。
「か……会長……」
「グレック!? それにグリフォトとホーキンスも。どうしたんだお前ら!!」
『ホワイトカプス』が誇る上位三人の『拳闘士』である彼らだが、その有様はまさにボロボロと呼ぶのがふさわしい状態だった。
額から血を流しながら、気を失っている他の二人に肩を貸しているグレッグが言う。
「……『ブラックキャット』の連中です。来る途中で大勢で襲い、かかれれて……」
「なんだと!? くそ、あいつらめ!!」
アポロンは怒気も顕に隣りにあったスライムバッグを殴り飛ばした。
現役を退いても、なお鋭い突きが大きくスライムバッグを揺らす。
「……やべえ。どうすんだよ」
ゴルドが一人そう呟く。
「何か問題があるみたいだな」
ブロストンの問いに、ゴルドは今日行われる『ブラックキャット』との興行試合の説明を始めた。
東部拳闘会屈指の貧乏団体である『ホワイトカプス』と、東部拳闘会屈指の潤沢な資金を持つ『ブラックキャット』。この両者は元々仲が悪く、長年いがみ合っていた。
そこにあるスポンサーが目をつけた。
どうせならその因縁、戦って決着をつけようではありませんか。
そうして決まったのが、本日昼から行われる『ホワイトカプス』と『ブラックキャット』の代表者三名による勝ち抜きマッチである。一番の金持ち団体vs一番の貧乏団体という看板がウケたのかチケットは即完売した。
だがここからが問題である。勝ち抜きマッチの金に関する取り決めは、決着時にどれだけ相手の選手を倒していたかで団体に支払われる金額が決まるというものだった。相手の三人目を倒したときに、こちらは二人までやられていれば取り分は多いが負けた方の団体にもそれなりの額が入る。そして、その勝ち抜きマッチに参加する予定だった三人とは、今こうして目の前でボロボロの姿をさらしているグレックたちなのだ。
「……すいません、会長……」
そこまで言ったところで、グレックはバタリと倒れ込んだ。
「ぐ、グレックさん。大丈夫っすか!? おい、皆。医務室運ぶの手伝ってくれ!!」
先輩剣闘士であるグレックに、ゴルドが駆け寄る。
「……なんてこった」
『ホワイトカプス』はこの勝ち抜きマッチに資金のほぼ全額を投じていた。もちろん、考え無しの博打というわけではない。今回の興行の配当は貧乏団体にとっては一勝でもすれば十分に元の取れる額であった。そして、グレックたち三人がいれば、一勝を勝ち取ることは難しいことではない。
が、勝ち抜きマッチに出場する三人の剣闘士が、こうして戦闘不能にされてしまった。残りのメンバーで資金力にモノを言わせたスター選手を多く有する『ブラックキャット』から、最低でも一勝上げられるかと言われると非常に厳しいと言わざるを得ない。
仮に全敗となれば得られるファイトマネーはゼロ。『ホワイトカプス』運営を続けることは難しい。『ブラックキャット』の連中はそれを見越してこうして試合前に奇襲を仕掛けてきたのだろう。
呆然とするアポロン。
「困っているようだな会長よ」
そんな彼に対してブロストンは言う。
「オレでよければ力になれるぞ。本来は彼らを回復させてやるのが一番なのだろうが、やられてからだいぶ時間が経ってしまっている。今日中に全快は難しいだろう。出場選手を変えることは可能か?」
「なにぃ?」
アポロンは少し八つ当たり気味に、苛立った声で言う。
「確かにかなかなのガタイをしてるようだがなあ。新人が闘技会を甘く見るな。お前に頼らなくても、俺が手塩にかけて育てた選手たちがなんとかして」
「現実的にどうなのだ? 今ボロボロになって帰ってきたのは、その手塩にかけて育ててきた選手たちの中でも特に強く育ってくれた三人なのだろう。オレにはここにいる他の拳闘士たちよりも一回りも二回りも強いように見えたが?」
「うっ……」
図星を真正面から突き刺すようなブロストンの言葉に、押し黙ってうめき声をあげるアポロン。
「だが、安心しろ。選手として登録してくれれば、オレがなんとかしてみせよう」
そう言ってブロストンは先ほどアポロンが怒りに任せて殴ったスライムバッグの前に立つと、スッっと右手を上げた。
そして、右手の中指でスライムバッグを弾く。
次の瞬間。
ドシャアアアア、と。
スライムバッグがまるで砲弾でも命中したかのようにどデカい風穴を開けて中身の液体をぶちまけた。
「……」
あんぐりと口を開けて唖然とするアポロン。
「何より、その『ブラックキャット』とやらのやり方は個人的に好かんのでな……どうする?」
「会長。グレックさんたち、大事にはなってなかったっすけど、やっぱり試合には出られる状態じゃ……って、あれ? どうしたんですか? 魚類みたいに目を丸くして」
グレックたちを医務室に運び終えたゴルドが会長を見て首を傾げた。
「……契約書だ」
「はい?」
「紙ナプキンでもなんでもいい、一刻も早くウチの選手として登録するんだ!!」
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