第76話 フライングスタート
フレイアと会ったあと、リックはモーガンと一緒に観客席に上がってレースを観戦していた。
「フレイアが出るのは第二レースか」
リックはパンフレットを見ながらそう呟く。
ちなみに現在は、第一レースに参加するボートがスタートラインに移動している最中である。
「……まずは、レースってのがどんなものか実際に見せてもらうとするか」
「ええ、是非ともお楽しみください」
隣に座るモーガンがそんなことを言ってくる。
『それでは、ルクアイーレ記念杯の予選、第一レースを開始します』
音声共有魔法によるアナウンスが入る。
その間も出走する7機のボート(『マジック・ボート』は元々空を飛ぶ乗り物を作る過程で生まれた歴史があり、『隻』ではなく『機』と数える)はゆっくりとスタート位置に向かってゆっくりと移動を続ける。普通のレース競技との大きな違いはこのスタートである。
『マジック・ボートレース』は加速スタート方式を採用しており、各ボートはスタートの時間丁度にスタートラインを越えていなければ反則にならない。要は、止まった状態からのスタートではなく後ろから加速をつけてのスタートが可能なのである。
もちろん、このアドバンテージは一秒の世界を戦うレーサーたちにとって無視していいものではない。そのため、どのボートもフライングギリギリを狙ってスタートを切ることになる。
『開始まで10秒……9、8,7,6,5』
アナウンスの声に合わせるかのように、ボートが加速する。
『4,3,2,1……スタート!!』
その言葉と同時に、7機のボートが一斉に飛びだした。
内側から3番目の緑色のボートが素晴らしいスタートを切ったため、機体の半分くらい他のボートと差がついている。
緑色のボートは『龍脈加速器』を唸らせながら、他の機を引き離すとそのまま、第一コーナーに差し掛かる。
そして、スピードを落として舵を切りながら、体を曲がる方向に投げ出すように傾けた。地面ではなく摩擦の弱い水面の上を走るボートではこうすることにより、カーブの時に遠心力で外に跳んでいってしまうエネルギーを相殺するのである。
ボートのエッジが水面を切る水しぶきが勢いよく吹き上がる。
後からコーナーに集団が入ってくるが、そのうちの一機が、緑色のボートが曲がったことによる水面の波にさらわれてバランスを崩した。
「うわぁ!!」
レーサーはボートごと勢いよく吹っ飛び、水面に叩きつけられて盛大な水しぶきを上げる。
一方、緑色のボートは第一コーナーを見事に曲がり切ると、そのまま5つあるコーナーを曲がり一周。
それからも安定した走りで五周して、独走したままゴールした。
ガッツポーズを取ると観客たちから歓声が上がる。
『あーと、ベテランのダドリー・ライアット!! スタートで着けたリードを一度も譲らずにゴールだぁ!! この男の走りは相変わらず見ていて安心感があります!!』
そんな、実況の声と観客たちの歓声を聞きつつ、観客席のモーガンはリックに言う。
「どうですか? 『マジック・ボートレース』は?」
「……なるほど。これは中々に面白い、そしてハードな競技ですね」
水面という不安定な足場でのレースというだけで十分に困難である。一つ曲がるにしても、全身を使ってボートを押さえ込まなくてはいけない。一つミスれば、先ほどの選手のように、吹っ飛んで水面に叩きつけられる羽目になる。
それゆえに、駆け引きや操縦者の技術に頼る部分が多く、先頭は独走だったがその後ろでは常に順位が入れ替わり、見ていて飽きないコースの取り合いが繰り広げられていた。先頭集団が拮抗したレースならさらに見ごたえも増すだろう。
だが、それよりもリックが気になったのは……。
(この競技、かなりの魔力量がいるぞ)
あれほどのスピードを魔力を使って出し続けるのである。どうやら『龍脈加速器』というのは、魔力の消費を抑える機能が備わっているようだが、コースも短くはないし周回数もこのレースでは五周もある。しかも、様々な形のコーナーがあるため、加減速も激しい。
冒険者で言えば恐らくBランクくらいの魔力は必要だろう。まさに、魔力量の多いエルフ族にうってつけの種目であるといえる。
しかし……。
「ああ、そこの売り子さん。ビールを二つ。リックさんもどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
モーガンが近くにいた売り子を呼んだ。
リックはその売り子を見た。右腕に茶色のミサンガを付けた女性のエルフであった。
この国では腕に付いたミサンガで、その人間の魔力等級が分かるようになっている。茶色は下から二番目の第五等級で、この少女はエルフの中ではかなり魔力が低いほうだろう。エルフ族は他の種族と違って、若いうちに魔力を鍛える必要が無く成長と共に自然と魔力量が上がっていき、大半が第三等級程度の魔力は成人するまでに身に付くのである。
ちなみに、リックは当たり前の如く一番下の第六等級である。
そして……控室で見たフレイアのミサンガはリックと同じ黒色だった。
つまり、魔力量は第六等級、最低レベルなのである。
リックの疑問を察したのか、モーガンはビールの入ったコップを渡しながら言う。
「……疑問に感じましたか? 私の娘がこの競技に出ていることを」
「ええまあ。第六等級ではどうやっても最後まで持たない……いや、最高速を落としたり加減速の幅を減らす工夫をすればなんとかなるのかもしれませんが、それではあまりにも不利ですしね」
「無謀だと思いますか?」
「……いえ、気になります」
「気になる?」
「はい、フレイアがどうやって勝つのかが気になります」
「……」
モーガンはしばし、押し黙ってしまう。
リックの言い方は、まるでフレイアが今日このレースで勝つことを確信しているかのようなものだった。
「リックさんは『マジック・ボートレース』は初めて見るんですよね?」
「はい」
「それに、娘とは先ほど少し会って握手をしただけですよね」
「はい、握手までしたのだから十分です。これくらいの規模のレースなら敵はいないくらい強いんですよねあの子は?」
驚いて目を見開くモーガン。
「ははは、これはこれは。一流は一流を知る、といったところなんですかね。驚かせようと思ったのですが」
モーガンは苦笑いしながらそう言った。
「ええ、強いですよ。フレイアは。実はメジャーレースに出るのは今日は初めてなのですが、観客たちは度肝を抜かれるでしょうね。魔力量第六等級のたった一四歳の女の子の走りに」
二人が話している間に、第二レースのボートがピットから出てくる。
リックはフレイアの乗った機体を見て目を見開いた。
「なんだありゃ……」
明らかに他の機体と作りが違う。
背の低い卵型のボートに、底の部分に加速装置を取り付けたシンプルな形が『マジック・ボート』なのだが、フレイアの乗っている機体は、一回り大きいうえに後方に六つも樽のようなものがついている。
なんというか、本来の自然なセオリーを無視して、強引に取り付けてしまった無理やり感みたいなものを感じさせた。
観客からもザワザワと困惑と驚きの声が漏れている。
その時。
「ディア・エーデルワイス……しょうもない欠陥機体や」
リックの背後からそんな声が聞こえた。
「おお、これはどうも。ミゼット様」
「遅刻ですよミゼットさん。しかも、豪快に三時間も」
ミゼットはリックの後ろの席に座ると、さっそく売り子からビールを買ってグビグビと飲み始める。
「くはあああああああ!! 最高やなあああ!!」
「少しは悪びれましょうよ。ミゼットさん……」
「いやいや、そうは言ってもなリック君。朝になっても家主がなかなかワイを離してくれへんかったんよ。ワイは悪くない」
堂々とそんなことを言ってのける相変わらずのダメ人間っぷりである。
やはり、この男に遅刻して迷惑をかけた罪悪感など期待するだけ無駄であった。
『それでは、第二レースを開始します!!』
アナウンスの声と同時に、七機のマジックボートがスタート地点に向けて動き出
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