第75話 フレイア・ライザーベルト

 ゴオオオオオオオオオオオオ!!


 という水を切る音が周囲に響き渡っていた。

 モーガンに紹介された宿で一晩寝たリックは、マジックボートレース用の湖にやってきていた。

 ちなみに、ミゼットは遅刻である。なぜか紹介された宿に泊まらず昨日知り合った飲み屋の店員の家で一晩過ごすなどと言っていたが……。


「すみませんね。ウチの先輩がアホで。今度は引っ張って連れてきます」


「いえいえ、今日はホントにただの顔見せだったわけですし。では、ウチの選手を紹介します。リックさんこちらへ」


 モーガンに案内されて、人混みの中を会場の方に降りていく。

 今日が休日とあって多くの客が集っており、湖の周りに設置された客席はほとんど埋まっていた。


(客はエルフ族が多いな。地元民に相当愛されてるらしい)


 などと、リックが思ったのを察したのか、モーガンが言う。


「『エルフォニア』の国民は、移動手段として龍脈の流れを利用したボートを使うことが多いですからね。自然とボート競技にも関心がいくというわけです。『ヘラクトピア』の『闘技会』のように他国のファンが多いわけではありませんが、国内の人気では負けませんよ」


「なるほど」


 そう言いつつ、リックは湖の方に目をやる。


「しかし、ホント凄いスピードで走るな」


 リックは、知識として魔力を使って高速で水上を移動するマジックボートの存在を知っていたが、実物を見るのは初めてである。現在はレースが始まるまでの余興として、スポンサーの広告を載せたボートが速度を落として走っているが、それでも手で漕いでいたのでは絶対に出せない速度である。何より曲がる時の安定性が非常に高かった。

 そんな様子を見つつ、リックたちがやってきたのは参加するチームがボートの最終調整をしている待機所だった。


「ウチの選手を紹介します。フレイア、ちょっといいですか?」


 モーガンがそう言うと、一人の女性がリックたちの方に駆け寄ってきた。

 いや、女性というよりは少女と呼ぶべきだろう。小柄で線が細い。

 エルフ族の見た目を年齢で判断するのはナンセンスだが、この少女に関してはそれでも問題ない理由がある。髪が黒いのだ。

 エルフ族は生来魔力量が多い種族であるが、中にはそれが少ない者もいる。そんな彼らの特徴として、髪の毛が黒いことが挙げられる。そして、エルフ族の長寿というのは生来の魔力の高さによって起こるものであり、髪が黒いエルフに関しては人間と同じ寿命なのである。そのため見た目の年齢でそのまま実の年齢が分かるのだ。

 その点で見ると、この少女は見た目通り十二、三歳くらいだろう。


「あれー、おとーさんどうしたのー? 控室見に来るなんてめずらしいじゃん♪」


 非常にノリが軽い。髪型はパーマのかかったフワフワとしたツーサイドアップである。キラリと耳に光るピアスが子供ながらにいわゆる『オシャレ』さを演出している。少し挑発するかのような生意気そうなツリ目もあいまって、自由気ままな猫のような印象だった。

 一秒の世界を突き詰めて日夜戦うレーサーのイメージと、随分かけ離れた感じだなとリックは思った。


「彼女が『シルヴィア・ワークス』のレーサー、フレイア・ライザーベルト。私の娘でもあります」


「よろしくねオジサン!!」


 フレイアは「人見知り? なにそれ食べれるの?」と言わんばかりの笑顔を向けながら、手を振ってウィンクしてくる。その手には宝石商の娘らしくキラキラと光る宝石が付けられていた。

 フレイアは、リックの方にテクテクと歩いてくる。


「おじさん、お名前は?」


「お、おじさんかあ……リック・グラディアートルだ。よろしくね」


 なんというか、リックのような三十を過ぎた人間からすると、フレイアのような娘は若々しすぎて若干気が引けてしまう。


「じゃあ、『リッくん』だね」


「その呼び方は、トラウマを刺激されるからできればやめてほしいんだが……」


 リックの脳内で、ヴァンパイア幼女の殺戮魔法が自分に向けて雨あられと襲いかかってきた記憶が再生される。

 あ、山が吹っ飛んだ。ヤメテクダサイ、シンデシマイマス。


「よろしくね、リッくん♪」


 そう言って握手のための手を差し出してきた。


「なるほど、聞いちゃいねえ」


「ははは、申し訳ない。こら、フレイア。初対面の人に失礼だぞ」


「ああ、いや、別に平気ですよ。こちらこそよろしくねフレイアちゃん」


 そう言って握手をするリック。

 その時。


「……」


 リックは少女の手から、あることを感じ取り押し黙った。


「ん? どうかしましたか。リックさん」


 モーガンが不思議そうにそう尋ねてくる。

 リックは少女の顔をマジマジと見ながら言う。


「……凄いな。フレイアちゃんは」


 その言葉に、フレイアもニッコリとして答える。


「……うん。リッくんも凄いんだね!!」


「二人とも、どうしたんですか?」


 モーガンは二人のやり取りの意味が分からないといった様子である。

 ちょうどその時、ボートの整備が終わったらしくフレイアはテクテクと、チームの方へ帰っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、リックは隣にいるモーガンに尋ねる。


「モーガンさん。この後、レースを見ることってできますかね?」


「はい? それはもちろん、どうぞこちらを」


 そう言ってモーガンは懐から今日のレースのチケットを渡してきた。


「ありがとうございます」


「しかし、急に積極的になりましたね? 失礼ながら、あまりレース自体には興味がないようにお見受けしたんですが」


「ええまあ、ですが、ああいう『本気の』選手もいると分かると俄然興味がわきますね」


「どういうことです?」


 モーガンは訳が分からず、首を傾げた。

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