第74話 マジックボートレース

「手狭で味気の無いところですが、どうぞおくつろぎください」


 宝石商のモーガンに連れられてリックとミゼットがやってきたのは、この辺りの建物の中ではひと際大きな装いの宝石店である。町中にある家々と違い、自然の木を使っているわけではなく、一からしっかりと建築された三階建ての建物だった。

 その店の三階がモーガンの自宅になっているようだ。

 手狭と言ったが十分に広いし、味気ないというよりはモノが少ないという印象だった。


(金持ちの家って言うと、もうちょっと色々装飾品とか調度品とか、高そうなものが置いてあるイメージだけどなあ)


 そんなことを思うリックである。

 勧められて腰かけたソファーも、高級なものではない。

 ただ、座り心地はよかった。地味だがしっかりした作りである。


「よっこらせっと」


 ミゼットはそう言ってリックの隣にストンと勢いよく腰をおろした。

 そして、ぐでーっと姿勢を崩して背もたれに寄り掛かる。驚きのくつろぎっぷりである。くつろいでくださいと言われて、ここまでくつろげる人間はそうそういまい。


「それで用件は? ワイこのあと、女の子のどうしても埋められない空白を、優しくやらしく埋めてあげるっていう大事な用事があるねんけど?」


「この人、マジで何しに来たか分かってるんだろうか……」


 リックは呆れたようにため息をついた。


「リック君は真面目やねえ。あんまり、目的のために急いで生きてると人生損するで?」


「アンタはもう少し真面目になってください。すみませんね、モーガンさん。ウチの先輩が」


「いえいえ、構いません。王子に妙に畏まられても私が困りますよ」


「そういえば、その衝撃の事実がありましたね……」


 リックは隣に座る、ハーフエルフに目をやった。

 この気分屋で不真面目で、とんでも発明をしまくる危険人物のミゼットが王子だったとは……。


「きっと、王城は半壊したのを補修した跡がそこら中にあるんでしょうね」


 『エルフォニア』の王族たちへの同情を籠めて、リックはうんうんと頷いた。


「え? いや、そんな話は聞いたこともないですが……それでは、さっそく商談に入りましょう。王子も構いませんか?」


「その、王子ってのは止めてもらってもええかなあ。もうとっくに国から出た身やで。むず痒くなるわ」


 そんなことを言いながら、ミゼットはボリボリとテーブルの上に置かれたお菓子を食べる。


「分かりました。では、こちらを」


 モーガンはそう言うと、部屋の端に置いてある頑丈で重そうな金庫に懐から取り出した鍵を差し込んだ。そして、分厚い扉を開けた中に入っていたのは……。


「あ!!」


 リックは思わず声を上げた。

 そこにあったのは青く光る球体の宝石。『六宝玉』の一つ、『青皇(せいおう)』である。


「お探しの品はこれでしょう?」


「はい、まさに」


 青い球体から常時、ハッキリと視認できる魔力が漏れ出している。間違えようはずもない。

 あまりにもトントン拍子に見つかってしまい拍子抜けなところはあったが、問題はここからである。


「それで、いくらくらいで買い取らせてもらえるんでしょうか?」


 Sランクパーティとして、常にギルドから最高ランクの依頼を受けているオリハルコン・フィストのメンバーの収入はかなりのものである。しかし、何分隣にいるミゼットはアリスレートに並ぶ凄まじい浪費家であり、何に使ったんだと言いたくなるほどすっからかんになって、他のメンバーに金をせびっている。

 現在頼れるのはリック自身のポケットマネーだけであった。

 一応、リックもギルドの受付で一生過ごして稼げる生涯賃金くらいは持っているのだが……。

 しかし、モーガンはゆっくりと首を横に振った。


「これは、私の父親が私に遺したものです。どのようにして手に入れたかは話してくれませんでしたが、私にとっては思い出の品であり、私をこの宝石商の道に進ませてくれた宝物でもあります。残念ながら、金銭で取引できるものではありません」


「金銭では……ですか?」


 リックは眉をひそめた。

 わざわざリックたちをここまで招待したくらいである、『青皇』を渡すつもりはあるのだろう。金銭と引き換えでないとすれば、何か他の交換条件があるということだ。


「はい……リックさんは、『マジックボートレース』をご存じでしょうか?」


「『マジックボートレース』ですか?」


「マジックボートという、魔法を使って動く船に乗って国中にある湖でタイムを競うレース競技です。この国では最も国民的な娯楽として親しまれています。そして、こちらからの交換条件というのは……」


 モーガンは一度言葉を切って、ミゼットの方に目をやった。


「ミゼット・ハイエルフ様。どうか、私の支援するチーム『シルヴィア・ワークス』に参加して、『エルフォニアグランプリ』の優勝に導いてほしい」


「なんや、はじめっからリック君やなくて、ワイ目当てやったんかい」


 ミゼットはつまらなそうな様子でそう言った。

 リックはミゼットに耳打ちする。


(まさか、ミゼットさん。断らないですよね?)

(『六宝玉』集めるのがワイらの目的なんやから、そらそうやろ。何ゆうとるんやリックくん?)


 リックとしては、是非ともこの国に着いてからの自分の行動を思い出してもらいたいところであった。


「ええやろ。その依頼受けたるわ」


「ありがとうございます。それでは明日、我らが『シルヴィア・ワークス』のスタッフと選手をご紹介させていただきます」


 モーガンは深々と頭を下げてそう言った。


「こっちはあんさんとこのチームが優勝したら、『六宝玉』を譲ってもらう。それでええな?」


「それでは契約書を準備しますね」


 モーガンはそう言ったが、ミゼットはヒラヒラと手を振って言う。


「いらんよ? そんなものは」


 モーガンは目を丸くして言う。


「は、はあ。いいんですか? もちろん、私はそんなことはしないと言わせてもらいますが、もし私が優勝をしたのに対価を払うことを渋ったりしたらどうなさるおつもりですか? 商人として契約書をしっかりと作らないというのはどうにも落ち着きませんね。信用してもらえることはありがたいですが」


「その時は、物理的に取り立てるだけやからな。な、リック君?」


「え? まあ、その時はそうですね」


 ミゼットとリックは平然とそう言った。

 「自分たちから踏み倒すことは物理的に不可能」という確信が見て取れるその様子に、先ほどのリックの怪物ぶりを見ているモーガンの背中から冷たい汗が流れた。

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