第73話 ポチッとな

「あーん? なんだこのチビは?」


 ディーンに雇われた用心棒らしき男、ディアブロは剣を持ったままミゼットの前まで来る。


「あ、あ、あの……」


 大男であるディアブロに睨まれて、ミゼットを抱っこしていたバニーガールの店員は怯えた声を出した。

 一方、ミゼットはいつも通りの調子でヘラヘラしながら、自分の抱っこしているバニーガールの腕から降りる。


「おいおい、空気読んでくれよデカいの。この後しっぽり行く雰囲気やったのに。しゃあないすぐに片付けるわ。リンダちゃん、ちょっと待っててな」


「なんだとチビが。ミンチにされたいみてえだな」


 そう言ってディアブロが手に持った剣を構える。

 小柄なミゼットの身長を軽く超えるほどの大剣である。それを軽々と操っている辺り、この男の実力が窺えるというものである。

 しかし……。

 リックからすると、意気揚々と火の中に突撃していく虫を見ているような、いたたまれない気分である。


「……おいディーンとか言ったな。悪いことは言わないからあの用心棒止めたほうがいいぞ」


「何を意味の分からないことを……下民ごときが僕に指図するんじゃない!!」


「いやいや、ホントやめとけって。悪いことは言わないから……」


 リックは『オリハルコン・フィスト』の先輩たちの危険さを、おそらくこの世界で一番身をもって知っている人間である。 

 その中で誰が一番危険かと言われると、皆それぞれ危険さのベクトルが違うのでなんとも言い難いが、おそらくタチの悪さだけで言ったら分かっていてメチャクチャをするミゼットがトップである。


「腕一本くらいで勘弁してやる。右か左か選べ」


 ドスの利いた声を出しながら大剣を振りかぶるディアブロ。


「おお、めっちゃ気合入ってるやん」


 ミゼットはいつも持っている麻袋から、一本のナイフを取り出した。


「なら、ワイの華麗なナイフさばきを見せたろかな」


 そう言いながらディアブロにナイフの先を向けるミゼット。

 しかし刃渡り10cm程度のナイフである。どうみてもディアブロの武器を相手にするには心もとないサイズだった。


「はっ、なんだ貴様。そんなしょぼい護身用のナイフで何をしようと――」


「ポチっとな」


 ヒューン、グサッ!!


「ほ、ほぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 突如柄から高速で射出されたナイフの刃が太ももに突き刺さり、地面を転げまわるディアブロ。


(だから言ったのに……)


 とリックは頭を抱えた。


「『ヒカリ四号スーパーリミックス』は中にバネが入っとって、ここを押すと刃が飛び出すようにできとる。単純やけどええ発明やね」


「き、貴様あああああああああああああああ!!」


 激情のままに立ち上がって反撃しようとしたディアブロだったが。


「ぐっ……体が……」


「お、毒もちゃんと効いてるみたいやねえ。上出来上出来」


 そう言って満足そうに頷くミゼット。


「て、テメエ、卑怯な真似を……」


「喧嘩に卑怯もクソもあるかいな。そもそも、魔力操作ちゃんとできれば大半の毒は無効化できるんやで? あんさんもうちょっと魔力操作を丹念に練り上げたほうがええわ」


 ミゼットはそう言いながら地面に倒れるディアブロに近づくと、麻袋から先ほどと同じナイフを取り出す。


「さて、あんさんが切り落とされたいのは右腕と左腕どっちや?」


「や、やめろ……」


「せやな。腕を切られたい人間なんておらんわ。正直者のアナタには両方差し上げます」


 そう言って、ディアブロも両腕を重ねるとその上から刀身を射出する。

 先ほどよりも遥かに大きな絶叫が響いた。


「ふむ……両腕でガードされるとさすがに貫けんか。まだ改良の余地ありやなあ」


 楽しそうにそう笑うミゼットの顔は悪魔以外の何物でもなかった。


「さてと」


 ミゼットはそう一言呟くと、ゆっくりとディーンの方に歩み寄る。


「ひっ、ひい!!」


 ディーンは自分よりも遥かに小柄な相手にもかかわらず、恐怖でその場に尻もちをついてしまう。


「き、貴様!! 僕はヘンストリッジ家の当主、ディーン・ヘンストリッジだぞ!! こんなことをして許されると思っているのか!?」


「ん? 思っとるよ。普通にこの場であんさん殺しても平気やと思うで」


 あっさりとそう言ったミゼット。

 何を言ってるのか分からないといった様子で、口をポカンと開けてしまうディーン。


「な、何を言って……」


 ミゼットは顔を近づけてディーンの目を覗き込みながら言う。


「まあだから。ここは穏便にこの辺で手打ちにしようや。下民の王様『ヘンストリッジ』のご当主さん?」


「……なぜその呼び方を、いや」


 ディーンが何かに気づいたようで、一瞬で顔が青ざめた。


「あ、アナタはまさか……」


「もう一度言うで。ここは穏便に済ませようや、な?」


 ディーンは転がりながらなんとか立ち上がると、馬車や用心棒を置き去りにして凄まじい勢いでその場から逃げていった。


「よし。一件落着やな。無駄な被害を出さずに事を収めるとか、ワイ、スマートすぎるやろ?」


 そんな事を言ったミゼットにリックが突っ込む。


「いや、最後に両腕に飛び出すナイフ突き刺したのは、どう見ても人体実け」


「いやー。待たせたなリンダちゃん。ワイの勇姿、見ててくれたか?」


「無視ですか!?」


 華麗にスルーされたリック。

 しかし、バニーガールの元に戻ろうとしたミゼットに、一人の男が立ちふさがった。

 宝石商のモーガンである。

 モーガンはミゼットの顔をジッと見ると、やがてこう言った。


「……やはり、アナタでしたか。エルフィニア第二王子、ミゼット・ハイエルフ様」

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