第137話 第204回『エルフォニア・グランプリ』、優勝は
読切の新作を投稿したので、今月は10日に投稿します。
告知の方は最後にさせていただきます。
では本編をお楽しみください。
ーー
(……追い抜かれた、私が?)
エリザベスは少しの間、呆然としていた。
二人目だ。
エリザベス・ハイエルフにとって本気で走って追い抜かれたのは生涯で二人目だった。
「ブイ!!」
フレイアはエリザベスの方を振り返ると、満面の笑みでピースサインをしてくる。
彼女はレースを心の底から楽しんでいた。
そして……その姿が重なった。
エリザベスの一番輝いている記憶。
三十年前最後の一周であの少女が自分に見せた笑顔と重なったのだ。
「ああ……帰ってきたのね……イリス」
そう。
この表情だ。
この走りだ。
常識なんて吹き飛ばして自由に楽しそうにレースを走るその姿こそ、三十年前に決して忘れられぬ一瞬をエリザベスに刻み込んだものだった。
「待っていたわ。ずっと待っていた」
あのレース以来、誰と走ってもどこを走っても退屈だった。
ならばイリスの走りを再現して、伝説のワンラップのタイムに挑戦しようと思ったがそれも困難だった。
まあ当然だろう。
エリザベスは天才であり王道の能力を持っている。だからこそ、記憶にあるイリスの走りをなぞってみても、圧倒的な不利を背負って戦ってきた中で組み上げられた彼女の技術のほとんどが自分に合わなかった。
そもそも、そんなことはしないで効率的に走るのがエリザベスにとっては一番速いのだから。
もしまだ、イリスが生きていたならばもっと得られるものもあったかもしれないが、それは叶わぬ話だ。
だから、エリザベスは二十年前にボートを降りた。
きっとこの先も「あの時には及ばないな」と思いながら走り続けることになるのだから。心を熱くさせる宿敵を失った女王は、もうレースを続ける理由を失っていた。
……だが。
兄からの頼みと最強の機体に乗れるということで気まぐれに参加した今回の大会で、再びあのライバルに会うことができたのだ。
ならば、こちらも死力を尽くすのみ!!
「……はあ!!」
エリザベスは気合いの一声と共に最高速でカーブに突入する。
そして、本当に最高速を維持したままカーブを曲がり切ってしまった。
驚きに目を見開くフレイア。
元々カーブに強いエリザベスだが、これまではさすがに多少は減速しながら曲がっていたのだ。
「……ふう」
珍しくターンの後に安堵の息を吐くエリザベス。
「アナタを見習って無茶をしてみました。この速度では無理だと思ってたけど、やってみるものですね」
「……すごい」
フレイアは素直にそう思った。
最高効率の走りのその先。
エリザベスはフレイアという強敵を参考にすることで、自らが編み出した理論値を突破して見せたのである。
「さあ……走りましょう!! 今度は負けないわ!!」
エリザベスは普段の無表情を崩し、子供のような満面の笑みでそう言った。
それを見たフレイアは、なお嬉しそうに笑って言う。
「うん!! 一緒に楽しもうよ!!」
ちょうどその時、レースは十三週目の中間地点に突入した。
泣いても笑ってもあと二週。
フレイア・ライザーベルトとエリザベス・ハイエルフは共に歓喜の表情を浮かべたまま加速姿勢を取って、直線に突入するのだった。
□□□
その競り合いはまさに、一進一退という言葉がふさわしいものだった。
フレイアが小柄な体と『ディアエーデルワイス』の加速力を生かし、凄まじい速度で直線を駆ける。
しかし、究極の機体である『グレートブラット』はしっかりとその加速についていく。
そしてカーブに入ればトップスピードのコーナリングでフレイアを抜き去る。
もちろん、そのまま黙って前を譲るフレイアではない。
ターンに入れば壁蹴りターンや波をあえて発生させての妨害、かと思えば普通に効率的な最小のターンを見せたりと自由自在、変幻自在の動きでエリザベスを翻弄し逆に抜き返す。
「あはははははははは!!」
「ふふふふふふふふふ!!」
二人の楽し気な笑い声がレース場に響く。
まるで幼子が追いかけっこでもしているかのように。
コンマ一秒を争う極限の戦いをしているにもかかわらず、どこまでも楽しそうに二人は最高の舞台の最先端を駆けている。
十四週目が終了。
ゴールラインを超えたのは全くの同時だった。
そして、ラップタイムは3:58:9。
観客たちから本日最大のどよめきが沸き起こる。
――ついに、入った。俺絶対無理だと思ってたのに。
――ああ、イリス・エーデルワイスしか至れなかった58秒の領域だ!!
競い合い、共に高め合う二人はレースの中で進化していた。
ここまでくればラストの一周に皆期待してしまう。
『伝説のワンラップ』、破ることは不可能と言われていた3:58:7の更新を。
そんな観客の期待とは裏腹に。
「はあああああああああああああああああああああああああああ!!」
「やあああああああああああああああああああああああああああ!!」
二人のレーサーは無我夢中でコースを駆ける。
フレイアが抜く、エリザベスが抜き返す、それをまたフレイアが抜き返す。
もっと速く、もっと速く。
最後の勝負、二機がカーブを抜けて最後のホームストレートに入ってくる。
状況はややエリザベスの先行。
しかしラストは直線。
少しずつフレイアが追い上げてくる。
間に合うか?
観客たちが固唾を飲む。
そんな中。
(……ああ、楽しい)
フレイアは心の底からそんなことを思っていた。
少しでも早くゴールにたどり着きたいという思いと、ずっとこのまま走っていたいという矛盾した思いが、心の中を爽やかに吹き抜けていく。
「……諦めないでよかった」
フレイアの口からそんな言葉が漏れた。
まだ勝負はついていないが、それでもこんないい気分を味わえるのだから。
恵まれなくても、苦しくても、周りから何といわれても、続けてきてよかったと。
そう、心から思うのだ。
二機が同時にゴールラインを切った。
……いや、ほぼ同時にゴールラインを切った。
僅かだが、しかし確実に。
赤い機体が先にゴールラインを超えたのだ。
「――ッッ!!」
フレイアが拳を天に突き上げる。
爆発するような歓声が巻き起こった。
第204回『エルフォニア・グランプリ』、優勝はフレイア・ライザーベルト!!
ーー
岸馬きらくの新作投稿しました!!
熱い物語です。読切の作品になりますので、是非とも気軽に読んでみてください。
タイトルは「影山ラノベ作家目指すってよ」
キャッチコピーは「夢を追いかける全ての人へ『勇気』と『情熱』を」です!!
メンタル最強の陰キャ「影山」の魂の言葉を、是非お楽しみください。
↓
https://kakuyomu.jp/works/16817330655034833868
あらすじ
誰も話したことがないようなクラスの隠キャ「影山」が突如クラス全員の前で「僕はライトノベル作家になる」と言い出す。
その日から、誰になんと言われようとどれだけ自分の作品がつまらないとバカにされようとひたすらにライトノベルを書き続ける「影山」の姿に誰もが影響されていくのだった。
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