第136話 天衣無縫
エリザベスは背後から聞こえた楽し気な笑い声に振り返った。
フレイアが笑いながらついてきていた。
(……打開策が見つからなさ過ぎて、とうとうおかしくなったのでしょうか?)
そんなことを思いつつ、ターンに差し掛かったのでエリザベスは減速をしてハンドルを切る。
後方のフレイアも同じように曲がるだろう。
このレース中に、技術を吸収したことは称賛に値するが、自分と同じことをしていては根本的な才で上回る自分に勝つのは無理だ。
よって勝負は見えている。
そんなことを思っていたのだが。
「あははははははははははははははははははははははははははははは!!」
後方にいたフレイアは、なんと思いっきり加速したままコーナーに突っ込んだ。
それは当然、エリザベスを参考に作り上げた超効率的な最小ターンとは別物で。
(超ワイドターンに戻したのしょうか……いや、しかし)
エリザベスには分かる。
あの超ワイドターンは失敗だ。
あの少女の優れた水面を捉える感覚をもってしても、ギリギリ遠心力を殺しきれずにコースの壁に激突する。
今までの走りに戻して無茶をしようとした結果だろう。
どうにも興覚めの幕引きだ。
などと思っていたら。
フレイアは遠心力で横滑りするボートが、コースの壁に激突する瞬間。
「よっこい」
なんと手だけはボートに掴まったまま、ボートの外に飛び出し。
「しょー!!」
両足でコースの壁を思いっきり蹴り飛ばした。
「!?」
それによりギリギリコースの壁に激突しそうだったボートは、慣性を殺しきってコースに戻ってくる。
そしてフレイアも壁を蹴った反動でボートの上に戻ってきた。
「うん!! 曲がれた!!」
楽し気にそんなことを言うフレイア。
――な、なんだ今の曲がり方は!?
観客からそんな声が上がる。
「……無茶苦茶な」
「リッ君に地面を真っすぐ踏む感覚があるって教わったから、できると思ったんだよね!!」
そのリッ君とやらが誰かは分からないが、その男もメチャクチャなやつであることは間違いないだろう。
それにしても何という発想だ。
確かに馬に乗っているときなどにバランスが崩れかけた時、近くの壁などを手で押してバランスを立て直す技術はある。
しかし、時速100kmで水面を走るボートで同じことをできるかと言われれば話は別だろう。着いた瞬間速さで手や足が後方に持っていかれてしまう。
よほど完璧なタイミングで上手く壁を蹴らなければ不可能、さらに言うならボートの動きをギリギリで蹴って殺せるくらいの膨らみに調整しなければならない。
エリザベスなら絶対にやらないし、やろうとも思わないことだった。
だが、これでフレイアはこれまでで一番速い速度を維持してターンをしてしまったのは事実。
さらに、ターンの後の直線を走っていて、フレイアの壁蹴りターンのもう一つの利点に気付く。
「加速力が上がってる……」
そう、壁を蹴った反発を利用して通常の超ワイドターンよりも直線で加速しているのだ。
それらの利点を考慮した上での壁蹴りターンの効率は、なんと僅かではあるがエリザベスのターンを上回っていた。
(……だけど、前提としての弱点があります)
それは丁度いい位置に壁が存在することが前提であるということ。
『ゴールデンロード』に二つある連続ターンポイントの内、今エリザベスたちが走っているところは、左側に観客席が無いため壁が設置されていないのである。
よって壁蹴りは不可能。
そして普通のターンであればエリザベスのほうが速い。
「よいしょお!!」
しかし、何を考えているのかフレイアは今度はターンポイントのかなり手前でボートを豪快に傾け始めた。
確かにそのほうがターンは容易なのだろうが、あまり手前でターン姿勢を取るのは必要以上の水の抵抗を受けてしまう。
要はものすごくスピードのロスが大きいのだ。
一方エリザベスは、今回も最短コースを最高効率で曲がり……。
切ろうと思ったその時。
「!?」
ちょうど先程フレイアがボートを傾けて水を切り始めたことで発生した小さな波が、エリザベスのボートに当たったのである。
リックの『セキトバ・マッハ』という例外を除き、極限まで軽量化し高速で走るマジックボートは水面のゆらぎに凄まじく弱い。ちょっとした波の上に乗り上げても機体が浮いてしまったりするものだ。
それが、繊細なコントロールを必要とするターンの瞬間に襲いかかってくれば『完全女王』といえど対応は難しい。
「……くっ」
暴れる『グレートブラッド』をなんとか押さえつける。
当然ターンは大きく膨らみ、最短コースとは程遠いものになってしまった。
エリザベスの今大会初めてのミス。
(……いや違う。いくらなんでもタイミングが完璧すぎる)
今の波はまるでエリザベスが通るルートとタイミングを予測して、ちょうど一番体勢を崩せる位置に置かれているかのようだった。
「まさか……」
「ふふふ、完璧に同じように走るから予測しやすいよ」
フレイアはいたずらが成功した子供のような笑顔でそう言った。
そう、フレイアはかなり手前でボートを傾けることで、意図的にエリザベスのターン軌道に波を送り込んだのである。
これも、エリザベスは思いつきもしなかった発想だった。
そして、フレイアは。
「ようやく……捕まえた!!」
並んだ。
先刻のエリザベスに待ってもらったのではなく、自分の力で絶対王者と肩を並べたのだった。
いや、そこにとどまらなかった。
なぜなら、今度は壁のあるターンポイント。
つまり、フレイアのほうが速い区間だ。
「えいや!!」
フレイアは大きく横滑りしながらも、壁を蹴って逆に勢いをつけて直線に入り込んでくる。
完全にあのデタラメなターンをものにしていた。
そして。
爆発するような歓声が観客席から上がった。
――抜いた!! 女王を抜いたぞ!!
フレイアはついにエリザベスを追い抜いたのだ。
□□□
「……そうだ。それでいい」
リックは笑いながらコースを縦横無尽に駆けるフレイアの背中を見ながらそう呟いた。
今日の……いや、元を辿れば『エルフォニアグランプリ』が始まってからのフレイアは、どこか勝つことに囚われ過ぎていたように感じていた。
確かに勝利を渇望し徹底的に突き詰めることは強さになるだろう。
だが。
「フレイアちゃんはそういうタイプじゃないだろうからな」
元々、あの小柄な体格で『ディアエーデルワイス』を操るという、常識外れをやってのける少女だ。
どこまでも楽し気に、そして型破りに、縦横無尽にコースを駆ける天衣無縫の走りこそ、この国に来て最初に見た時に衝撃を受けたフレイアの本来の走りである。
「いけるよ、フレイアちゃん。楽しんで走って、俺より一足先に夢を掴んできな」
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