第36話 ラッキー

 騎士団学校第一闘技場に移動したリックとワイトは、中央で向かい合っていた。


 ワイトが言う。


「これは、『ランスロット・グラディエート』という東方騎士団学校伝統の決闘方法です」


 闘技場の地面には様々な武器が散らばっていた。ソード、ランス、レイピア、モーニングスター、シールド、アックス、武器の見本市のようである。


「この中からお互い自由に武器を拾い、勝負をするわけです」


「なるほど」


「ちなみに、先ほどと違って刃はしっかり研いでありますよお。ヒーラーを用意はしてありますが、あまりにひどいとそのまま死んでしまいますから気をつけてくださいねえ、フフフフフ」


 ワイトはほくそ笑みながら、闘技場に設置されている観覧席に目をやる。


 それなりの人数がワイトたちの戦いを見に来ていた。Aクラスの人間だけでなく、ちょうど一日の授業を終えた他のクラスの生徒もちらほらと目に付く。


 計画通り。全て計画通り。


 いや、計画以上である。


 当初のように授業の模擬戦で痛めつけるだけではリックの醜態を目にするのはAクラスの生徒だけである。しかし、ここまで多くの人間に見られている中で行えば、リックが受けるダメージも生徒への恐怖の植え付けも効果が倍増する。


 あとは、目の前の身の程しらずをいたぶるばかりである。


「では、始めましょう」


 ワイトは後方に走ると、ランスを手に取る。


 ランスはワイトがもっとも得意とする武器である。しかも、このランスだけは他の金属製の武器と違い、事前に強化ミスリル製の素材に変えてある。


 ワイトは初めから少し動けばこの武器に手が届く位置に陣取っていた。確実に勝つためには手段を選ばないし、それを恥じる気など毛頭ない。


 一方リックは、一番手直にあった剣を地面から引き抜いた。


 闘技場に散らばる武器の中でも一際大きな、人の身の丈ほどもある大剣であった。


   □□□


「いやー、しかし、クソみたいなところだけど、給料だけはなかなかのものですねー」


「ははは、あんまり大きな声で言うものじゃないよ」


 同時刻、警備部隊隊長にして一等騎士のシルヴィスター・エルセルニアは部下であるレオ・グラシアル分隊長と廊下を歩いていた。


 レオ分隊長は手に貨幣の入った袋を持ち、ほくほく顔である。本日は給料日であった。ジャラジャラと袋の中から聞こえてくる音を楽しみながら、何に使おうかと胸を躍らせている様子である。


 レオ分隊長がシルヴィスターに言う。


「隊長も今夜は町に降りてぱーっと行きましょうよ!! この前すっげえかわいい子がいる店見つけたんすよ」


 シルヴィスターはやれやれと肩をすくめる。


「僕は遠慮しとくよ。明日も仕事があるからね。というか君も仕事あるだろう」


「相変わらず堅いなーシルヴィスター隊長は、金はあるうちに使わないとダメっすよー」


「そういうレオ分隊長は散財には注意しないとね。馬が好きといっても、給料のほとんどをつぎ込んで部下から借りる羽目になるのは感心しないなあ」


「ははは、それを言われると返す言葉がありませんねー」


 そんなことを話しながらシルヴィスターたちが歩いていると、廊下の向かい側からはやし立てるような声が聞こえてくる。


「さあさあ、賭けた賭けたあ。今から騎士団学校伝統の決闘方式でワイト教官が生徒と模擬戦をするよー」


 まるで競りをやっている商人のような声でそんなことを言うのは、東方騎士団学校の職員、会計を初めとした事務を任されている人間である。


 騎士団の組織の中で堂々と賭を行うなど本来言語道断なはずだが、娯楽の少ない中で許された数少ない遊びとして、東方騎士団学校では決闘の勝敗をギャンブルにすることを暗黙の了解にしていた。これもまた、伝統というものだろう。


 見習いとはいえ騎士である以上は学生たちにも給料が出る。しかも、学校に寝泊まりしているため使う機会もなかなかない。そうやって娯楽を提供しつつ学生たちの余った金を元締めの職員や教官たちが吸い上げるシステムである。


「腐ってるなあ」


 シルヴィスターは心の底からそう呟く。


 そんなシルヴィスターの心中は気にせず、元締めの職員は声をかけてくる。


「お、そこの警備部隊の皆さん。どうですか? 一口銅貨一枚から」


「へえ、面白そうっすね。隊長どっちに賭けます?」


 レオ分隊長の言葉にシルヴィスターは苦笑いする。この男の浪費癖はもっと痛い目を見ない限り直るまいと首を横に振った。


 その時、シルヴィスターの隣から女性の声が聞こえてくる。


「教官と生徒ではまともな賭けにはならないでしょう。しかも、教官側は一等騎士のワイト主任教官だそうじゃないですか」


 そこにいたのは騎士団学校の常駐医師であるジュリアだった。


「おや、ジュリア女医も賭事に興味がありますか?」


 ジュリアも本日が給料日だったらしく手に貨幣の入った袋を持っている。


「いえ、私は別に。急に試合後の治療のために呼び出されたところなんですよ。これから闘技場に向かいます」


「そうですか。あ、ほんとだオッズひどいな」


 ワイト教官1.01倍、生徒100倍という凄まじい比率になっていた。


 まあ、さすがに一等騎士の教官と入学したばかりの生徒では結果は見えているというものである。大穴ねらいの大好きなレオ分隊長も「ちっ、面白くねえなあ」とワイト教官に賭けようとしている。


 ジュリアが呟くように言う。


「でもヘンですね。授業で模擬戦が始まる時期はまだ先のはずですが」


 答えたのは元締めの職員だった。


「ああ、それなんですが。どうも生徒の一人が教官に喧嘩を売ったらしくてですね。ワイト教官からしたら見せしめってことなんでしょうなあ」


 ほう、と感心するシルヴィスター。


「なかなか、気合いの入った生徒もいるもんだね。僕なんて見習い時代は教官が怖くて隅っこでずっと隠れてたよ」


「ははは、その年で一等騎士の天才様が何を言うんですか。気になるなら、ほら、すぐそこでやってますよ」


 シルヴィスターが元締めの職員が指さした方を見ると、本当にすぐ近くに第一闘技場があった。第一闘技場は屋根も壁も無いので、ここからでも中央に立っている二人が見える。


 一人はワイト主任教官。今日も今日とてあの爬虫類じみた嫌らしい笑みを浮かべて、手にはランスを持っている。


 そして、その対戦相手である生徒は……


「ん?」


 シルヴィスターはその姿を二度見する。


 パッと見は普通の冴えないオッサンである。だが、シルヴィスターにとってはなんと言うか、もの凄く印象に残っている顔であった。


 あの男は確か、少し前に行われた「とあるEランク冒険者昇級試験」の会場で……

 

「…………」


 シルヴィスターはスタスタと元締めの職員の前に歩いていく。


「僕も賭けさせてもらっていいかな?」


「ええ、もちろんいいですとも。やはりワイト教官に賭けますか?」


「いや、生徒の方に賭けさせてもらうよ」


「お? 隊長、どうしたんすか急に乗り気になって? しかも大穴ねらいなんてらしくな」


「ではよろしく」


 ジャラリ。


 とシルヴィスターは今月分の給料が入った皮袋を、そのまま台の上に置いた。


「ちょ、なにやってんすか!!!?」


 レオ分隊長の叫び声が廊下に木霊する。


 元締めの職員も目をパチパチとさせて固まってしまった。


 そして、女医のジュリアも闘技場に立っているワイトの対戦相手を確認する。


 あの生徒であった。魔力測定でとんでないことをやらかしたあの最年長生徒である。


 ジュリアは無言のままカツカツと元締めの職員の目の前まで歩いてきて。


「私も生徒の方にお願いね」


 やはり、給料袋をそっくりそのまま台の上に置いた。


 元締めはしばらく唖然としていたが、なんとか声を絞り出して言う。


「……い、いんですかいお二人とも」


「いいよ」


「もちろんです」


「ちょ、ちょっと待ちましょうよ二人とも!!」


 慌てて止めに入ったのはレオ分隊長である。


「急にどうしちゃったんですか二人とも、ワイト教官は伝統派で確かに現場経験は無いですけど、それでも一等騎士ですよ!? 普通の隊員が4人がかりでも歯が立ちませんて」


 しかし、シルヴィスターはレオ分隊長の言葉など耳に入っていないかのように言う。


「そうだ、今手持ちはこれしかないんだが、この剣を担保に貯金してある全財産金貨3000枚分を追加で賭けるよ」


 そう言って、シルヴィスターは腰に下げている自らの剣を台の上に置いた。


「いやいやいやいや、それ王家から賜った特一級強化儀礼宝剣じゃないですか!! 早まらないでくださいよ!!」


 悲鳴のような声を出しながら、シルヴィスターを何とか思いとどまらせようとするレオ分隊長。


 元締めの職員は笑いが止まらんとばかりにニヤニヤしながら言う。


「へっへっへっ。もう取り消せませんからね」


 ジュリアが言う。


「あー、私も担保にできる物があればよかったんですけど。惜しいです」


「手元にあってラッキーだったよ」


「あんたらホント何考えてんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 暢気にそんなことを話す二人を見てレオ分隊長が絶叫した。

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