第37話 備品

 ワイト主任教官はランスを構えながらリックを見て言う。


「ほう、その大剣を使いますか? しかし、アナタに使いこなせますかねぇ。教官として忠告させてもらいますが、武器はデカければいいというものではないですよお?」


 ワイトはそう言うとランスを使った演舞を始める。


 正面の虚空に向けて三回突き、素早く槍を回して薙払いの動作、さらに素早く持ち替え逆手の状態で後方と左右に鋭い突きを放った。


 見物人たちから歓声が上がる。さすがの一等騎士、洗練された槍捌きである。


 ワイトはランスで肩をトントンと叩きながら言う。


「他の武器にした方がいいんじゃないですかあ? まともに振ることもできなそうですし」


 リックが持っているのは身の丈以上もある大剣である。大男でもまともに振り回すことは困難であろう代物だ。


「大きなお世話だな。この程度が振れないほど柔な鍛え方はしてない」


 リックはそう言うと、片手で大剣を軽々と振りかぶる。


「ほう……」


 ワイトは思わず唸った。見物人からも歓声が上がる。


 なかなかの膂力である。


 リックは先ほどのワイトの演舞のお返しとばかりに、そのまま虚空に向けて素振りをする。


「ふっ!」


 スポッ。


 ヒュー。


 リックの大剣が勢いよく空中に向かって飛んでいった。


「……」


「……」


「「……」」


 観客も含めたその場の全員に気まずい沈黙が流れる。


 当のリックは「あー、やっぱり道具使うのだけは絶望的にセンス無いなあ。死んでも妥協しないブロストンさんに、一日で武器使うのを諦めさせたくらいだしなあ……」などと言っている。


 リックはハアとため息をつくいて、両手を前に出して構えをとる。


 それを見たワイトの顔に嘲笑が浮かぶ。


「はははははは、素手でランスを持った私に挑みますかあ? どこまでも教官を舐めてますねえ」


 ワイトは槍を正面に構えてリックに向かって駆け出した。


「その舐めた根性を、しっかりと教育してあげますよお」


   □□□


「ああああああー、あの生徒、素手でやる気っすよ!! 何考えてんだああああああああああああああああああああ!!」


 闘技場が見える廊下ではレオ分隊長が頭を抱えて絶叫していた。


 教官側に賭けようとしていた彼がなぜ、こんなにも慌てているのか?


 理由は簡単で、あの後すぐ自信満々の二人に乗っかる形で、レオ分隊長自身も給料全額をリックに賭けてしまったのである。


「ハハハハハハハハ、もう取り消せませんからねえ!」


 元締めは、もはや腹を抱えて笑い出しそうな様子であった。


 しかし、シルヴィスターとジュリアはのほほんとした様子で話している。


「いやあ、しかし今日は本当についてるなあ」


「そうですねえ」


「こんな日くらいは、明日が仕事でも遊んでいいかもしれないね。ジュリア女医もどうですか? 部下がいい店を知ってるらしいんですよ」


「じゃあ、お言葉に甘えてさせてもらおうかしら」


「ホントなんでそんな暢気に話してられるんですかーーーーーー!!」


   □□□


「さあ、いきますよお!」 


 ワイトはランスを構えて駆けだした。


 身体強化を施したワイトの肉体は、野生動物のように素早く疾駆する。


 あっという間にリックに詰め寄り、槍による三連突き。


 腹部と両足に向けて放たれた素早い突きを、リックは僅かに右に動いて紙一重でかわす。


 突進の勢い余って、つんのめりかけるワイトだったが。


「甘いですねえ。強化魔法『転体』」


 ワイトがそう唱えた瞬間、その体が一瞬にして左に90度向き直る。


 『転体』は体の向きを変える筋肉だけを魔力で強制的に収縮させる強化魔法である。素早く使用することができれば、接近戦において高い効果を発揮する。何せ通常ではあり得ない状態からでも、体の向きを360度どこにでも回転させることができるのである。


 この魔法を使いこなせる者に、回り込まれるという現象は存在しない。


 ワイトは回転した勢いそのままにランスを横に薙ぐ。


 命中。


 ワイトは二ヤリと笑いながら、一度バックステップをして距離をとった。


「ふふふ、ランスの先で上着を切り裂くにとどまりましたか。命拾いしましたねえ。しかし、今のは7割ほどの力とスピードを出しただけ。それでこのザマでは勝負は見えているというものですねえ」


 リックは破れた自分の服を、見ながら言う。


「別にあたりかけたわけじゃねえよ。あんたの太刀筋を見るために、あえて最小限の動きでかわしただけだ」


「ふん、強がりだけは一丁前のようですねえ」


   □□□


「だめだぁ……もうだめだあ……」


 レオは膝をついて悲観に暮れながら、自らの悪癖を呪った。


 ああ、もう今日限りギャンブルは止めよう。


 思えば貴重な人生の時間と金を無駄に消費してきた。これからは真面目に生きるのだ。


 貯金をしてマイホームを建てて、今つき合っている町の娘にプロポーズして一緒に暮らすのだ。


 そうそう、子供には好きなことをさせてあげられるだけのお金を用意しておこう。あと、老後のために王国が運営している年金にも加入して……


「ジュリア女医はお酒いける口ですか?」


「実は結構飲む方ですよぉ」


「へえ、それは楽しみですねえ」


 そして、相変わらず呑気な上司と女医であった。


 シルヴィスターはやれやれと言った様子で言う。


「それにしても、レオ分隊長は心配性だなあ」


「こんな結果の見えた賭けの大穴に全財産突っ込んで平然としてられるシルヴィスター部隊長がどうかしてるんですよ……」


「結果が見えてる、か。まあ、その通りだね。そうだなあ……じゃあ、レオ分隊長。何か一つおかしいことに気付かないかい?」


「……おかしなこと?」


「うん」


「いや、特には。強いて言うならあの生徒は武器を使うセンスが絶望的に無いとしか」


 そこで、レオ分隊長はあることに気づく。


「ちょっと待てよ、そういえば……さっき上にすっぽ抜けた剣、いつになったら落ちてくるんだ?」


   □□□


 さて、場所は大きく変わり。


 騎士団学校から南西方向に遠く遠く離れたとある異国の村。


 そこは、惨劇の真っ直中にあった。

 

「クリムゾンスネークだあああああああああああああ!!!」


 ついさっきまで、農民たちが勤労に汗を流し、子供たちが笑いながら遊び、動物たちが穏やかな鳴き声を上げていた牧歌的な村は地獄と化していた。


 原因は突如村に現れた上級モンスター、クリムゾンスネークである。


 全長200mを超える巨大な体、獲物を締め上げる力は石造りの建物を粉々に砕くほど強力、そして全身に纏う強靱な鱗は小さな村のもつ戦力では到底打ち破れるモノではなかった。


「ちくしょー、ダメだもう逃げるしかねえ」


「ママー!!」


「くそお、俺の、俺たちの家がぁ!!」


 ただひたすら絶望し、逃げまどう人々。


 クリムゾンスネークは最強種であるドラゴンと同じく、災害認定されているモンスターである。


 いや、ともすればドラゴンよりも遙かに質が悪い。


 最も忌諱すべきはその獰猛性と食欲である。ひとたびクリムゾンスネークの標的になったが最後、村一つを羽虫の一匹に至るまで食い尽くすまでその食事は終わらないのである。


 だから、もはや、この村の運命は決まっていた。


「ああ……神様、なぜ我々に……このような仕打ちを……」


 村の小さな教会に勤めていた修道女は絶望し、逃げる足を止めて胸の前に手を当てて膝をついてしまっていた。クリムゾンスネークは恐ろしくスピードが速く、獲物に対する執着が強い。どのみち誰一人として逃れることはできないだろう。


 いったい、我々が何をしたというのか?


 と、修道女は思う。


 村の人々は善良だった。犯罪も滅多に起こらないし、多少のもめ事があっても修道女が少し仲裁すれば、お互いに妥協点を見つけあって次の日には仲良く酒場で酒を飲み交わしているような人々だった。


 そして、修道女も自分の仕事に手を抜いた覚えはなかった。かかさず祈りを捧げ、神に恥じるような行為は極力謹んで生きてきた。


 敬虔に謙虚に。


 なのになぜ……


 修道女の目の前にクリムゾンスネークの巨体が現れる。その大口が開かれ丸飲みにしようと迫ってくる。


「……いやぁ」


 修道女は一瞬だけ、4歳の頃に聖典の言葉を聞いてから15年、初めて自らの信仰心が揺らぐのを感じた。


 その時だった。


 空に一筋の光が射した気がした。


 次の瞬間。


 ズジャアアァ!!!!!!!!!!!!


 と、クリムゾンスネークの頭部を空から飛来した『何か』かが串刺しにした。


 一瞬うめき声を上げたあと、村を襲った災害は動かなくなる。


 即死である。


 そこにあったのは一振りの剣。


 人の身の丈ほどもある大剣が、突如空から降ってきたのである。


「おお、神よ……」


 修道女は目の前で起きた奇跡に、感涙し深く深く頭を下げた。


 ああ、神は確かにいた。


 私たちのことを見守っていてくださったのだ。


 修道女だけではない、逃げまどっていた村人たちはクリムゾンスネークを貫いたその大剣に向かって次々に平伏し、神に感謝を捧げた。


 大剣はその後、数百年に渡り『聖剣グレイスカリバー』と名付けられ教会の奥に秘蔵されることになる。


 だが、柄の部分に彼らの国とは違う言語で『騎士団学校、備品』と書かれていることを気づく者は残念ながらその場にはいなかった。

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