第13話 主演男優賞

「あー、どうしよどうしよどうしよ」


 俺は模擬戦の控室から一度出て、廊下をウロチョロとしていた。


「何をそんなに狼狽えているのですか?」


 リーネットが不思議そうにそう聞いてくる。


「何をって、だって模擬戦の相手キタノじゃん。かなり強いAランク魔法使いなんだろー、しかも絶対さっきのこと根に持ってるよー」


「落ち着いてくださいリック様。アナタの実力なら」


「ちくしょー、俺が何をしたってんだー、あれか、子供の頃に教会の壁に立ちションしたのが悪かったのかあ!?」


 リーネットの言葉に耳を傾ける余裕もなかった。


 まず間違いなくキタノは試験で必要以上に本気で攻撃してくるだろう。


 ピンチである。下手をすれば殺されるかもしれない。


「帰りてー、あーでも、帰ったら訓練三倍かぁ」


 どうしよう、どっちにしろ死ぬ未来が見えるんだが。


「ちょっと、ちょっと、そこのお兄さん」


 不意に声がかかった。廊下の端で黒いフード付きのローブで深々と全身を覆った小柄な男だった。男は廊下の端でデスクに座っており机の上には紫色をした水晶が置いてある。いかにも怪しげな路上占い師ですと言わんばかりのいで立ちだ。


「受験生の方でしょう。お悩みがあればボクチンが聞きすよぉ」


「ぬ? 何かのおまじないか? それにボクチンって一人称とその声なんか覚えが」


「あー、いやいや、たぶん気のせいですよぉ。それよりも、あなた、どうにも緊張しているようで、ボクチン特製の魔法陣マッサージはいかかですかぁ?」


 そう言って、黒いローブの男はデスクのすぐ前の床を指さした。


 そこには魔法陣が石灰石を使って白く刻まれている。


「この魔法陣は、全身の『魔力』の流れを正常にして体のコリをほぐし、リラックスを促す効果かありますぅ。今キャンペーン中でしてぇお金は要りません、試験の前にいかがですかぁ?」


「……よ、よし、やっとくか!!」


 どうにも怪しさ満点だったが、俺は今キタノのことで頭がこんがらがっている状態である。藁にもすがる思いだった。


 俺は魔法陣の上に立つ。すると、魔法陣に魔力が循環し青白く光り出す。


「では深呼吸をしてくださーい」


「スー、ハー」


 俺は言われた通りに大きく息を吸い込んで、また吐き出した。ああ、これだけでも少し楽になった気が。


「……リック様」


 俺はリーネットの声に振り向きな聞き返す。


「ん? どうしたリーネット」


 リーネットは俺の足元にある魔法陣を指さしながら言う。


「……私はそこまで魔法陣に詳しくないので断言はできないのですが、その、魔法陣。転送魔法が書き込まれているように見えるのですが」


「え?」


 次の瞬間、俺の目の前の景色が一変した。


   □□□


 突如リックの姿が消失した第一闘技場控室前の廊下にはリーネットと黒いローブの男だけが残った。


「あはははははははは、引っかかった、引っかかったー、ボクチン天才主演男優賞!!」


 男はローブを脱ぎ捨てる。


 現れたのは金髪碧眼の少年であった。そう、ディルムット家次男、神童(自称)のフリード・ディルムットである。


 大喜びで椅子から立ち上がり小躍りするフリード。


「天才なボクチンに歯向かうからこういうことになるんだー、これでヤツの試験も終わ」


 だが、次の瞬間。


 リーネットの右手が目にもとまらぬ速さで振り下ろされた。


 ズバアァ!! と言う切断音と共に、目の前にあった木製のデスクとその上の水晶が斜め一直線に切断される。


「ひょ?」


 それだけではなかった、背後にあった魔力合金で作った鉄芯の入った石作りの壁まで一直線に切り裂かれているのである。そのまま、切り口の傾きに従い廊下を覆っていた天井が崩れ落ち地面に激突してガラガラと砕けていく。


 一瞬、何が起こったか分からず唖然とするフリード。


 その、胸倉をリーネットの左手が掴み上げた。


「ひぃ!?」


「……リック様をどこに転送しましたの?」


 リーネットは相変わらずの無表情であるが、それがなおのこと恐怖を煽る。


「そ、そ、そん、なこと、言うわけ」


 リーネットの右腕が動いた。


 フリードは目の当たりに軽く風が吹いたのを感じた。


 次の瞬間、フリードの両目のまつ毛が綺麗さっぱり切断され、床に落ちた。


「……」


 奇病か何かにかかったのではないかと言うくらい、全身の鳥肌が一斉に起立して皮膚を押し上げる。フリードは今しがたスッキリした目元をこれでもかと大きく見開いて目の前のメイドエルフの顔を見た。


「次は眼球ですわ」


 目がマジであった。


 フリードは震える声で答える。


「て、て、転送魔法は最高難度の魔術だからねぇ。いくら天才のボクチンでもせいぜい100メートルが限界さあ、だから、そんな遠くには送ってないよぉ」


 そして、フリードはニヤリと笑って言う。


「そんなに、遠くには……ねぇ」


   □□□


「ここは?」


 顔を上に向けると空が見える、控室の廊下にいたはずの俺はいつの間にか屋外にいた。


「さっきの占い師いったい何だったんだ? って、ヤバい、あと40分以内に戻らないと試験放棄になっちまう」


 俺は自分の場所を把握するために周囲を見回す。


「って、あれ?」


 すぐ目の前に試験会場になっている第一闘技場が見えた。つまりアレである。俺は試験会場前の広場に転移させられたということだろう。


「余裕で間に合うじゃん、ホントなんだったんだあの占い師」


 そう言って、闘技場の方に歩いていこうとしたその時。


「はん、これがラスター様の言っていた男かぁ。アンジェリカ様に勝ったと聞いていたがずいぶん冴えねえオッサンじゃねえか」


 野太い男の声が聞こえて俺は振り返った。


 そこには鉄の鎧を着こみ、大ぶりの剣を持った2mの大男がいた。うわ、いかにも強そう。関わらんとこ。


 だが、それだけではなかった。


 物陰から次々と武具や杖を持った人間が現れる。


 なんだなんだ? なんかの宗教の集会か? ってか完全に俺を包囲しにきてね?


「えーと、私はお邪魔みたいなのでこれで」


「焼き払え『ファイアーボール』!!」


「ぬお!!」


 そそくさと逃げようとした俺の足元に執事服を着た男が放った魔法が飛んできた。


「我らはディルムット家親衛隊。悪いがお前にはここでしばらく眠っていてもらおうか」


「ディルムットって……あいつらか……」


 全て合点がいった。あの占い師、たぶんあの神童(仮仮)くんだ。あのねちっこい話し方と一人称で気づくべきだった。大方俺が試験に間に合わないように嫌がらせをしに来たのだろう。


 勘弁してくれよあの兄弟、俺は普通に試験を受けたいだけなんだからさあ。


「クソッ、何とかして時間内に包囲を突破しないと」


 執事服が馬鹿にしたようにクスクスと笑う。


「フフフ、時間内にねえ。アンジェリカ様に勝ったからにはBランク以上の実力はあるんだろうが」


 なんか勘違いしてる。あれは向こうが体調のよくない日だったから棄権してくれたのである。実力では圧倒されていたはずだ。


「悪いが我々はプロの戦闘集団。ここにいる者たちの戦闘能力は最低でもBランクレベル、そして」


 執事服は服の下から二本の青龍刀を取り出す。


「中にはAランクに匹敵する力を持つものいる。この私を含めて、ね?」


 執事服の武器はそれ自身が魔力を放っていた。強化儀礼が施された武器の証拠である。扱いが難しい代わりに使いこなせれば圧倒的な性能を誇る上級武器である。見れば俺を取り囲んだ20人の中には、同じように魔力を放つ武器を持っている人間が何人かいた。


 俺は小さく笑って言う。


「ふっ、なるほどね。Aランク相当と言う話は嘘ではないようだ……」


 俺は右手を後ろに引いて半身の姿勢で構えた。その様子を見て親衛隊員たちも構える。


 さて。


 どうしよ?


 どうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよどうしよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!


 無理、絶対無理じゃん!!


 俺さっきBランク相当の二等騎士一人に苦戦したばっかなんすけど?


 うわー、この人ら目が本気だ―、本気で殺れちゃう人たちだー。


 神様すいません、ホントすいません、あの時はどうしてもおしっこがしたかったんです。なんでわざわざ教会の壁にしたのかと言われると何も言えないですけど悪気はなかったんです、すいません。


 執事服の男が一歩踏み出す。


「では、参る……!!」


 参らんといてくれると非常に助かる。


 その時。


「あれー? リッくんだー、おーい!!」

「リックよ。お前そこで何をしているのだ?」

「なんや、リーネットのやつは一緒におらんのか?」


「むっ?」


 親衛隊たちが突然聞こえてきた声に振り向く。


「あ、ああ、ああ、ああ」


 俺は現れた三人を見て意識を失いかけた。


 あかん、一番こういう場に来てはアカン人たちがいらっしゃってしまった。


「せ、先輩方……」


 筋骨隆々たる2mを遥かに超える巨漢の灰色オーク。名はブロストン・アッシュオーク。言葉を持たないタイプのモンスターのはずなのに、なぜか普通に人の言葉をしゃべっている。


 そのオークに肩車されるのは1000人が見れば1000人が『美少女』と断言するような非常に華奢で可愛らしい見た目をした髪の赤い10歳ほどの幼い少女。名はアリスレート・ドラクル。チラリと覗く人間よりも鋭い犬歯は吸血鬼の証である。


 その隣にいる浅黒い肌をした銀髪の優男はダークエルフである。しかし同時に単なるダークエルフにしては異様に背丈が低い。小人であるドワーフ族の血が混じっている証である。名はミゼット・エルドワーフ。小さな麻袋のようなものを片手に持ち、整った顔立ちをヘラヘラといかにも不真面目そうなニヤケ顔で台無しにしていた。


 俺の所属する大陸最強のパーティ。メンバーが俺以外全員Sランクの超規格外集団『オリハルコン・フィスト』の先輩たちがそこにいた。

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