第14話 Sランク冒険者

 大大大ピンチの俺の前に現れたのは、ぱっと見たら異様な集団と言うほかない。


 筋骨隆々たる2mを遥かに超える巨漢の灰色オーク。


 1000人が見れば1000人が『美少女』と断言するような非常に可愛らしい見た目をした髪の赤い10歳ほどの幼い吸血鬼の少女。


 麻袋のようなものを片手に持ちヘラヘラといかにも不真面目そうなニヤケ顔のダークエルフとドワーフのハーフ。


「せ、先輩方……」


 正直、目の前にいる親衛隊よりもこの人たちの方が遥かに恐ろしい存在である。


 俺は冒険者のランク別の強さを思い出す。


 Fランク

 冒険者になった者に最初に与えられるランク。冒険者としてはあくまで『見習い』であり、一般人に毛が生えた程度の強さのものが大半を占める。


 Eランク

 一人の冒険者として認められてはいるがまだ戦闘にも慣れていない者が多い。上級モンスターを倒せるものはほとんどいない。


 Dランク

 特殊なランクであり、ほとんどの冒険者はこのランクを経ずにCランクに上がる。


 Cランク

 下級モンスターを安定して倒し、上級モンスターに苦戦する。いわゆる『普通の冒険者』。最も人口が多い。


 Bランク

 一般的な冒険者の中でも戦闘やサポートなどで非常に高い能力を持つ。上級モンスターを単独で楽々倒せる。


 Aランク

 軍隊を相手にしても戦えるレベルの戦闘能力が必須条件。Bランク以下が10人集まっても相手にならない。


 ここまではいわゆる「まとも」な冒険者である。Aランクも確かに飛びぬけて強い、だが、少なくとも常識の範囲内の強さである。


 だが、その一つ上。最高位のSランクは。


 Sランク

 冒険者という括りで収まらない、化け物レベルの戦闘能力を持つ怪物。


 つまり、今ここにいる三人はそういう怪物たちなのである。


 灰色オークのブロストンが肩車していたアリスレートを地面におろすと、持ち前の肺にまで響くような低い声で俺に尋ねる。


「ふむ、リックよ。試験前になぜこんなところに?」


「あーいやー、ちょっと息抜きにー」


「それから、周りにいる戦闘態勢の者たちは何なのだ?」


「おう、何だテメエら。こっちは取り込み中なんだよ。死にたくなきゃとっとと失せな」


 親衛隊の一人。大ぶりの剣を持った大男がブロストンに詰め寄る。


 マズイ!!


 俺は大剣の大男に飛びかかるようにして肩を組んだ。


「あー、いやー、この人たちは。お友達と言うかー、試験前にですね。お互いに技の確認をしていたというか。なー、そうだよなー」


「は? 何言ってんだおま……って力つええなコイツ!!」


 よし、これで、どこからどう見ても仲のいいフレンズにしか見えない。


「ほうほう、そうかそうか。しかし、たかがEランク試験。リックに調整がいるとは思えんが」


 頷くブロストン。上手く誤魔化せたか……?


「それならば、どれ。俺もその調整とやら手伝おうではないか」


「あばばばばばば」


 マズイ、マズイ、マズイ。この後の展開が手に取るようにわかる。


 大剣の大男はこめかみに青筋を立て、そんな俺の手を振り払う。


「おい、何だテメエら調子に乗ってんじゃ――」


「おいいいいい、せっかく誤魔化そうとしてるのにヤメロよぉ、お前さぁ、命は惜しいだろー」


「……何言ってんだコイツ?」


「なあ、おい、執事服! お前ディルムット親衛隊とやらのリーダーなんだろ? もう悪いことは言わないから今日のところは引き下がって!! いやホントマジで、君たちのためにも」


 敵とはいえ、このまま見捨てるのはさすがに心苦しい。


 しかし、俺の魂の訴えも届かず。執事服は親衛隊たちに指令を出す。


「誰であろうと構わん。邪魔するようならそいつらも始末しろ!!」


「「「御意!!」」」


(ああ、終わったな……これ)


「死ねやああああああああああああああああ!!」


 俺や先輩たちに一番接近していた大剣の大男がまずブロストンに切りかかった。


 背丈ほどもある大剣を振りかぶった相手を前にして、ブロストンは一切恐れる様子も見せずに言う。


「ふむ、『強化魔法』を中心とした剣士職型か。腕力強化で大剣を振り回し遠心力の力で敵を圧倒するオーソドックスなタイプだな。腕力強化はそこそこに練り上げられている」


 振り下ろされる巨大な質量と遠心力を持った刃。しかし、ブロストンはまるで躱そうとする様子もない。それどころかガードを上げる様子もない。


「だが」


 バキン、という音がした。


 ズバァ、ではない。バキンだ。


 要するに切断音ではなく、破砕音である。


 ブロストンの前腕部に当たった大剣の刀身が砕け散った。


「武器の強度強化を怠るのは感心しないな。それでは俺のように多少頑丈な相手に出くわした時、武器が破損して不利になるぞ」


 『多少』って言葉を明日辞書で引きなおしてみよう、もしかしたら俺の知ってる意味とは違ってるのかもしれない。


「なん……だと?」


 大剣をへし折られた大男はまるで信じられないと言った様子で柄から先の砕け散った自分の武器を見る。

 ブロストンは何もしていない。本当にただ棒立ちで剣を受けただけである。


(いや、正確には剣を受ける瞬間筋肉を硬直させたんだ。ブロストンさんの巨岩のような重厚な筋肉はそれだけで、あの分厚い大剣を木っ端みじんにしたんだろう)


 相変わらずのとち狂った耐久力だ……


「て、てめえ!!」


 大男は柄だけになった大剣を投げ捨てると、ブロストンに掴みかかった。


 ブロストンもその手に悠然と組みかかり、両者両手で組み合った手四つの状態になる。


 真っ向からの力比べだ。


「うおおあああああああああああああ!!」


 大男が自分の腕に『魔力』を流し込みながら、ブロストンを押し込みにかかる。


 が。


「う、動かねえ」


 まさにビクともしなかった。


「ふむ、やはり腕への身体能力強化の精度自体は悪くない……が、いかんせんバランスが悪いな……ぬん!!」


 ブロストンがその大きな手に力を入れる。


 ボキボキボキボキボキボキィィ!!


 っという生生しすぎる音が俺の耳に聞こえてきた。


「ごぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 膝をついて絶叫する大男。


 うわぁ。手がえらいことになってるよ……


「ご、ががが」


 苦痛に呻く大男に対してブロストンが言う。


「どれ、見せてみろ。ふむ、安心しろ。これくらいなら大丈夫だ。主の祝福よこの手に『ヒールライト』」


 ブロストンの武骨な手から優し気な光が放たれ、大男の両手がたちまち回復した。


「えっ?」


 大男は突然敵からかけられた回復魔法に驚いたように顔を上げる。当然である。骨まで完全に砕け散っているレベルの怪我を一瞬で治してしまったのだ。


 ブロストンはそんな大男の肩を叩くと優し気な声で言う。


「腕力があるのも結構だが力と言うのは一か所だけで発生させるものではない。体は常に一つの塊として動いていることをもっと意識して精進するんだな。そうすればお前は今より遥かに強くなれる」


「……」


 大男は茫然としてブロストンを見ていた。


 まあ、アレだよな。その人見たら驚くよな最初は。


 ブロストン・アッシュオーク先輩はモンスターでありながら冒険者としての資格を持つ非常に珍しい男である。その高い知性と幅広い教養、そして見かけによらす回復魔法始めとした補助系魔法を最も得意とする司祭職型であることから『賢鬼(けんき)』などと呼ばれている。


「さて……」


 ブロストンは大男の背中をつまみ上げて立ち上がらせながら言う。


「では、今言ったことを踏まえてもう一度だ」


「え?」


「なにを不思議がっている? 自らの至らぬ点を指摘されたらすぐに改善に取り掛かるのは常識だろう。さあ、手を出せ、もう一度組み合うぞ」


 そう言って、ブロストンの巨大な手が大男の前に迫ってくる。


「ひ、ひっ、ひやああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 大男は悲鳴を上げると、猛ダッシュでこの場から逃げ去っていった。


 あー、うん。骨折は治ったけど。折れたな、心が。


 残念ながらこの世に心を修復する回復魔法は無いのである。


「ふむ。なるほど走り込みか。下半身強化の重要性を認識したようで何よりだ」


 たぶん違います先輩。


「さて、次は誰だ? 遠慮はするな。うちの後輩の友人ならば今日は貴様ら全員に何かしら有益なアドバイスをしてやるつもりだ」


 そう言って一歩踏み出すブロストン。


 親衛隊員たちが一斉に後ずさった。

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