第12話 ディルムット親衛隊

「ふんふん、ふーん」


 二次試験の模擬試験が行われる第一闘技場の控え室でリックは鼻歌を歌っていた。


 控え室には同じ場所で試験を受ける俺と受験番号の近い受験生たちが集まっていた。現在試験の真っ最中であり、俺の7個前の番号の受験生が試験を受けている。


 現在、試験を担当しているのはなんと、あのキタノである。後で掲示板をもう一回確認したところ、キタノが模擬戦を担当するグループは俺の一つ前のグループだったのである、試験会場も同じだった。もう少し受験番号が前にズレていたらと思うとこの4242番という狙っているかのように不吉極まりない受験番号に初めて感謝の念が芽生えるところであった。 


「リック様、ずいぶんと機嫌がいいですね?」


 例にもよって俺の隣に連れ添っているメイド服姿のハーフエルフ、リーネットがそう言ってきた。


「まあな。さっき話したローロットさん。冒険者になって初めて同志に会った気がしてな」


 俺がそう言うとリーネットが少しムッとしたような表情になった。


(あ、珍しいな。リーネットがこんな風に分かりやすく表情作るなんて)


「初めて、ですか……私たちでは不足でしたか?」


「えっ? あーいや、なんていうか同じ中年になってから冒険者始めたってのを共有できる相手だったんだよ。もちろん『オリハルコン・フィスト』の皆は俺にとって一番大切な人たちだよ」


 俺がそう言うとリーネットはまた無表情に戻って言う。


「そうですか……一番大事な人ですか。あ、リック様試験前にお飲み物はいかかでしょうか」


 そう言って水袋を渡してくるリーネット。今度は少しだけ目尻が下がっていた。これは気分上がっているときの合図である。


 はっ!! このタイミングで喜ぶということは、さっきの俺の言葉に喜んだということ、これはワンチャン……ないか。こんなオッサンに。パーティの皆に対しての言葉に喜んだのだろう。


 俺はため息をついた後、水袋の水をごくごくと飲む。


『受験番号4200~4300番の受験生の皆様にご連絡いたします』


 ちょうどその時、受験カードを通して聴覚共有魔術を使ったアナウンスが流れた。先ほど受付をしていたアンネの声が聞こえてくる。


 あれ、俺の番号も入ってるな。なんだろ?


『試験官のリンクス・ローロットが急遽体調を崩したため試験を担当することができなくなりました』


 まじか、さっきまで元気そうだったのに。ローロットさん大丈夫か


『そのため前のグループに引き続き、ラスター・ディルムットが試験官を担当することになります』


「ブボオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 俺は水流系魔法もかくやという勢いで口から水を噴きだした。


 それと同時に受験生の間からザワザワとした声が聞こえてくる。


 ――おい、今の聞いたか


 ――ラスターってあのラスターよね?


 ――うわ、最悪だ……今年は無理かもしれねえ


 ――なんかつけてる香水がウ〇コ臭いらしいわよ。


 おいおい、なんだよキタノのやつ随分悪い噂立ってるじゃないか。一部違う意味で悪い噂もあったけど。


「あの、キタ……じゃなくてラスターって試験官。有名なんですか?」


 俺は近くにいた女冒険者にラスターについて聞いてみた。17歳くらいだろうか? 快活な感じの可愛らしい娘である。


「え、おじさん知らないの? ラスター・ディルムットと言えば名門ディルムット家長男で眉目秀麗、17歳でAランクになった天才冒険者で『千の魔法を持つ男』と言われているAランク最強の魔法使い型よ。でもFランク冒険者の間で有名なのは別の理由なのよ」


「別の理由?」


「私もパーティの先輩に教えてもらっただけなんだけど、別名『Fランク潰しのラスター』。毎年Fランク試験の模擬戦にだけ試験官として参加しては、目をつけた受験生をいたぶって楽しんでいるらしいわ。Fランク冒険者の中では恐怖の対象よ。あと香水がウン〇臭いらしいわ」


 マジかー。


「アナタも目をつけられないように気をつけることね」


 そう言って女冒険者は俺に手を振って控室を去っていった。


 はい、手遅れです。もう目をつけられてます。そりゃもうバッチリ。


「ハイハイ、道を空けてー」


 その時、頭を抱える俺の横を医療班たちが横切っていった。


 二本の木の棒に布を巻き付けた傷病者を運ぶための道具の上に横たわるのは、ついさっきまで試験を受けていた屈強そうな青年の受験生だった。見事なまでに全身傷だらけである。


「いてえ、いてえよお」


「しっかりしてください、すぐに医務室に着きますからね」


 屈強そうな青年は傷口を押さえながら苦しそうに掠れた声で言う。


「……ちくしょう、アイツ……俺の出身地が元属国だからってだけで滅茶苦茶しやがって……Fランク試験で第六界綴魔法なんか使うのは反則だろうが……あと、香水が〇ンコ臭かった……」


 ガクリ、と意識を失う。


「……」


 リーネットが淡々とした口調で言う。


「あの男ですか。なかなかどうして第一印象通りの男ですわね」


「……」


「リック様?」


「……うおおおおおおーーー、どうすんだよー!!」


 俺はそう叫んで頭を抱えた。


   □□□


「凍てつけ、深緑の大地、第四界綴魔法『ブリザード・ロックショット』!!」


 ラスターは会場である第一闘技場での模擬戦の真っ最中だった。


「ぐあああああああああああああ!!」


 ラスターの放った氷塊と風圧に、あっけなく吹き飛ばされる受験生。


「ああ、ダメだ。全然だめだな三流以下!!!」


 そう言って地面に唾を吐く。もともと、気分が悪いときは試験官の役割を逸脱して受験生をいたぶる男だが、今日のそれは一際荒々しく理不尽極まりなかった。そもそもAランクの第四界綴魔法を防ぐには最低でもBランクレベルの対魔法防御が必要である。どこぞのアラサーならまだしも、普通のFランク受験生には無理と言うものだ。


「ふふふ、待っていろよ4242番。貴様には地獄すら生温い恐怖を味わわせて、格の違いというものを身に沁み込ませてやる」


「お待ちください、ラスター様」


 不意に、フリードの背後に複数の人影が現れた。


「親衛隊か……何の用だい?」 


 彼らは名門ディルムット家に仕える戦闘のプロフェッショナルたちである。20人全員がBランク冒険者以上の実力に匹敵する猛者であり、中にはラスターにはさすがに劣るとはいえAランク相当の戦闘能力を持つものもいた。


 リーダーらしき執事服を着た男がフリードに答える。


「その4242番という不届きものの始末、我々に任せてはもらえないでしょうか?」


「なにを言っているんだい。あの三流以下は僕がこの手で制裁して――」


 しかし待てよ? と、ラスターは顎に手を当てた。


 考えてみればここで自分があの男を痛めつけても、そこまで強い屈辱を与えられるだろうか? 自分はAランク冒険者の中でも最上位に入る強さを持ち、そこそこに名前の知られた人間だ。負けたとしてもしょうがないと思うだろう。


「何より試験の合否は一次試験と二次試験の合計点で決まるからね。仮に二次試験の点数を0点と付けたとしても、一次試験の成績が抜群によければ合格してしまう可能性もある。それならば……だ」


 フリードはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


「例えば、時間通りに模擬戦の会場に来なかった……試験を放棄したと見なされるような行為があれば、仮に合計の点数が足りていようともギルドはそんな人間をEランクに昇格させることはできないよねぇ」


 親衛隊の面々も同じように笑う。


「ふふふ、それもそうですな」


「血の気の多い奴らめ。楽しそうに笑うじゃないか。いいよ、君たちに任せよう」


「御意に」


 その言葉を残して、親衛隊員たちは模擬戦の会場から去っていった。

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