第11話 夢見るオッサンたち
試験会場に隣接する食堂。
その中央にある5人掛けの席を堂々と一人で占拠し、キタノ……もとい、ラスター・ディルムットは昼食をとっていた。
「全く腹立たしい! あの三流以下め」
ガン、とテーブルを蹴る。
他の客がビクリとするが、そんなことは気にも留めずライ麦パンを頬張りながら、自らの苛立ちをブツブツと呟く。
「世の中には生まれつきの格というものがあるのだ……持って生まれなかった便所バエは大人しく隅で小さくなって生きていればいいものを……くそっ、不味いパンだな! 我が家の庭の砂の方がまだ上等だぞ!! これだから三流以下は!!」
そう言ってライ麦パンを地面に叩きつけるラスター。
「ぶええええええん、おにいじゃーああああん!!」
「お兄様あああああああああああああああ!!」
そこに、11歳ほどの少年と17歳ほどの少女が、涙と鼻水を顔中狭し垂らしながら歩み寄ってきた。
「おお、どうしたのだ。我が弟と妹よ!」
そう、この少年。先ほどリックと一次試験で一緒になった(神童?)フリード・ディルムットとアンジェリカ・ディルムットである。
この三人は実の兄弟であった。どちらも金髪碧眼、着ている服は金色と銀色で違いはあるが模様は同じである。よく見れば顔立ちもどことなく似ている。
「あのねえ、ざっぎい、一次試験うげでぎだんだげどお」
フリードはズルズルと鼻をすすりながら言う。
「ぼぐちんがあ、天才っぷりをみせつけてかっこよく目立とうとしたらあ。卑怯なやつが横から皆の注目を持っていっちゃったんだあ。お姉ちゃんもそいつにやられちゃったしぃ」
「ほうほう。それは許せんな。アンジェリカもそいつに酷いやられ方をしたのか」
「はいですわお兄様。それだけでなく、あの男は……決闘の制約を盾にして、私を……私を……」
「私を?」
「『せ(自主規制)い』にしようと迫ってきたのですわあああああああああああああああああああああ」
「なにい!!! 『せ(コンプライアンス)い』だとお!!」
ガタリと勢いよく椅子から立ち上がるディルムット。アンジェリカの説明は条件を出したのはアンジェリカ自身であることや、『せ(大人のエチケット)い』ではなく召使になるという条件であったこと、などが綺麗さっぱり省かれていたが、そんなことはラスターの知ったことではない。
もちろん詳しく聞き返すこともしない。高貴な自分たち兄弟の言うことは常に正しいのである。
「許せん。高貴なるディルムット家の血を持つ僕の妹と弟を泣かせるとは、その不届きものな匹夫はどんな奴だったのだ?」
ラスターの問いに、フリードが答える。
「えーとぉ。ちょっと白髪交じり始めた、その辺の役場とかで働いてそうなオッサン」
「ほう……」
ラスターの脳裏に一人の男が浮かんだ。先ほどの不愉快極まりないあの男以外にそんな年でEランク試験を受けに来ている者はいまい。
ラスターはしばらく顎に手を当てて考えると、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべて言う。
「なあ、弟よ。その男の受験番号を覚えているか?」
□□□
「それにしても……なんか夢みたいなんだよなあ」
俺はギルドのメンバーたちが待つ観客席へと向かう階段を上りながらそう呟いた。
「何がですか?」
一段先を歩くリーネットが訪ねてくる。
「ここでこうして試験受けに来てるのがさ。ちょっと前まで受付カウンターに座ってたからさ」
俺は自分の手を見る。
この二年間の修行ですっかり傷痕だらけになっていた。受付をやっていた時にする怪我など、せいぜいささくれ立った不良金貨で指を切るくらいのものだったのになあと改めて思う。
リーネットはそんな俺の目を覗き込んできて言う。
「夢じゃありませんよ。むしろアナタは夢を叶えるために冒険者になって、ここまで来たのですから」
「……そうか、そうだよな」
その時、周りの若い冒険者たちがヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
――おい、あそこのハーフエルフの子。すげえ可愛いぞ。
――隣にいるおっさんと釣り合わねーなあ。てか、あのおっさん受験カードもってね?
――うわマジだ! あの年でEランクとか俺だったらとっくに冒険者辞めてるわ。
――未練たらしく冒険者にしがみついてもしょうがねえしな。
「……はあ、言ってる若い冒険者たちにそこまで悪気はないんだろうけどなあ」
――なんか加齢臭しそうだよな。
――生え際もそろそろ後退してくるのかねえ。やだやだ。
訂正するわ。悪意にまみれてやがる。お前らそんなこと言ってられるのもあと10年だからな!! 10年後にあの時の白髪交じりのオッサンに対して申し訳ない気持ちになるんだからな!! 覚えておけよ!!
「リック様の実力は彼らよりも遥かに上ですわ。お気になさることもないでしょう」
「そうなんかなあ。まあ、仮にそうだとしてもさ、やっぱり気にはしちゃうよ。周りからの声ってさ、どんなに強い気持ち持ってるつもりでも揺らいじゃうじゃん」
俺とリーネットがそんなことを話しながら歩いていると。
「あ、もしかして、リック・グラディアートルさんですよね?」
不意に後ろから声をかけられて振り返った。
そこにいたのは40代くらい男の冒険者であった。
「えーっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「あ、いやー、これは失礼。私が一方的に知っているだけでして……初めまして、ローロットと申します」
ローロットは人の良さそうな細目をこちらの方に向けてニコニコと微笑みながら歩いてきた。
「ん? その名前どこかで……」
俺は先ほど休憩所に張り出されていた張り紙を思い出した。
『受験番号4200~4500番
第三闘技場 担当試験官リンクス・ローロット』
「ああ、模擬戦の担当試験官!!」
「はい、そうですそうです。いやー、担当受験生の名簿が送られてきたときにプロフィールを見て目を疑ってしまいましてねえ。ギルドの受付から30歳で冒険者に転職とは、いやはやなんとも……」
そう言って一度言葉を切るローロット。
やっぱり呆れられたり馬鹿にされたり説教臭いこと言われるのかなあ。などと考えていると。
「素晴らしい決心だと思います!!」
「え?」
一瞬、冗談や嫌味で言っているのではないかと疑ったが、ローロットの目は真剣そのものであった。
「アナタのような人の存在には同じ中年の私は勇気づけられますよ。ああ、すみません。一人で興奮してしまって。改めて自己紹介をさせてもらいます。二次試験で貴方の模擬戦を担当するBランク冒険者のリンクス・ローロットと申します」
俺は口を開けてポカンとしてしまった。ここに来てからの皆の反応とはまさに180度違う。
「実は私も24歳になってから冒険者を始めた口で、遅めの部類に入ると思っていたのですが……それよりも、6年も遅くこの世界に飛び込んでくるなんて余程の強い思いがあったのだと思います。そう、どうしても叶えたい夢のようなものが」
「え? どうしてわかるんですか?」
ローロットの言う通りだった。俺には冒険者になって叶えたい夢がある。
だが、今会ったばかりの相手がなぜそれを知っているのだろうか。
「ははは、分かりますよ。ええ、分かりますとも。こんな年だけど私にも夢がありましてねえ。私の故郷のようにギルドの手が回らない僻地に冒険者になりたい子たちのための学校を建てたいんですよ。でも、Aランク冒険者にならないと冒険者の学校を作る資格が得られない。だから、こうして中央まで出てきて精進してるわけです。まあ20年かかってようやくBランクなんですけどねえ。それでもあきらめるつもりはありませんよ……あなたも、そうなのでしょう?」
「……」
俺はローロットさんの目を改めて見る。
年相応に皴が寄ってはいるが、その瞳の奥は少年のようにギラギラと輝いていた。
(ああ、この人もそうなのか。俺と同じなのか)
年甲斐もなく何か熱いものを持って、持ってしまってこの場にいる人間なのだろう。
「はい、俺もローロットさんと同じです!」
俺はローロットさんに向かって右手を出す。
ガッチリと握手を交わした。
「模擬戦、よろしくお願いしますね」
「はい、ただ贔屓はしませんよ。全力で貴方の実力を見させてもらいます。無事試験を終えたら……どうです? 一杯?」
ローロットさんは杯を傾ける動作をしながらにこりと笑う。
「ははは、いいですねえ。是非お願いしますよ」
俺も杯を傾ける動作をしながら笑ってそう言った。
□□□
リックと別れた後、ローロット・リンクスは握手を交わした右手を眺めていた。
「ははは、それにしても凄い手だったなあ」
まるで百戦錬磨の武芸者のようなゴツゴツとした手だった。冒険者を始めて2年ほどしかたっていないはずだが、いったいどんな修行を積めばああなるのだろうか見当もつかない。
「私も、もっと頑張らないとな!」
そうやって右手を握りしめる。
その時、ローロットの嗅覚を自己主張の強い香水の匂いが刺激した。
「やあやあ、そこの三流くん。この、北の地の高潔なる民を束ねるディルムット爵貴家長男ラスター・ディルムットが、君に話があるんだけどいいかい?」
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