第27話 まあまあ、とりあえず落ち着きましょう。
「おうおう、ここが俺様の過ごす部屋か? 狭いがまあ仕方ねえな」
ガラガラと乱暴に開け放たれた扉から入ってきたのは、ごつい体格をした少年だった。
(うわ、デカいな190cmくらいあるぞ)
まあ、何はともあれ挨拶である。
「リック・グラディアートルだ。よろし――」
「俺様はドルムント男爵家の次男、ガイル・ドルムントだ!! よろしくなあ、オッサン!!」
リックの言葉を遮るようにして、ごつい体格をした少年は自らのことを指さしながらそう言った。
いきなりオッサン呼ばわりである……まあ、十代の彼らから見れば十分にオッサンで間違いないのだが。
しかしまあ、ちょっと自己主張の強すぎるところがあるが元気があって何よりだ。こういうサバサバした性格の方が、ヘンリーのように内気すぎるよりは面倒がなくて付き合いやすかったり
「喜べ。同部屋のよしみで今日からお前らを俺様の舎弟にしてやる」
どうやら、めんどくさいタイプのお人のようだった。
なんとなくだが、例のキタノと同じ匂いがする(ウ〇コくさいという意味ではない)。
「ん?」
ふと、リックはあることに気づきヘンリーの方を見る。
ブルブルブルブルブルブル。
まるで、気合いを入れて叩いたトライアングルのように凄まじい勢いでヘンリーが震えていた。
「お、おい。どうしたんだよヘンリー君」
「す、すすすす、すいません。じ、実は僕こう見えて臆病で人見知りでして」
知っている。見たまんまである。
「じょ、女性と、あと身長170cm以上の男を目の前にすると、どどどどどうしても震えてしまって」
「だいぶ致命的だな、おい!」
むしろ騎士団学校でこれからどうやってやっていくつもりなのだろうか。
そんなヘンリーにガイルがズンズンと迫ってきた。
「な、なんでしょうか」
「おう、もやしメガネ。そっちのベッドの方が日当たりが良さそうだな男爵家の俺様に譲れ」
「ど、どうぞー」
そう言って、そそくさと隣のベッドに移動するヘンリー。
リックは小さい声で尋ねる。
(おいおい、ヘンリー君いいのかそれで)
(だって、怖いですし……)
まあ本人がいいというならそれでもいいか。この程度で、無駄な争いが避けられるのならそれはそれで悪くは無いのだろうし……
その時。
ガラガラ。
と、再び部屋の扉が開いた。
ガイルがベッドにドカリと座りなが言う。
「おうおう、最後の部屋員か? どれどれいったいどんな奴なん」
そして、入ってきた4人目の部屋員の姿を見たとき、一瞬全員が自分の目を疑った。
「お、女?」
リックは思わずそう呟いた。
キリッとしたまつげのの長い目、スッ通った顔のライン、サラサラの黒髪、一目では美少女にしか見えない人間だった。ヘンリーに至っては目を丸くして固まってしまっている。先ほど女性も苦手と言っていたが、そのせいだろう。
もちろん4人目の彼が女であるはずはない。リックが入ったのは一般入隊3類という括りで男性団員のみの募集なのである。女性隊員は半年後に一般入隊4類という募集で入ってくることになっている。だから、今ここに入ってくるのは絶対に男なのだ。
「アルク・リグレットだ。慣れ合うつもりはない。アナタたちも無理に私と関わろうとしなくてもいい」
美少女みたいな少年、アルクはそれだけ言うと、さっさと自分の荷物を上段のベッドの上に置いて整理を始めた。
どうにもこの子も一癖ありそうだなあと、ため息をつくリック。
「クククク、ハッハッハッ!!」
突然、ガイルが手を叩いて大笑いした。
「なんだなんだこの部屋は。冴えないオッサンにもやしメガネに女男かよ。俺様以外ロクな奴がいないなあ」
そして、アルクの方を向くと。
「おい、女男。俺様がこの部屋のリーダー、ドルムント男爵家次男ガイル・ドルムントだ。正直弱っちそうで使える気がしないが、お前もちゃんと俺様の舎弟にしてやるから安心しな」
いつの間にかリーダーになっていたらしいガイルがそう言った。
しかし、アルクはガイルの方を一瞥もせず淡々と荷物の整理を続ける。
(あ、やばい。ほっといたら絶対衝突するタイプだわこの二人。仕方ない。時間はかかるかもしれないが、ここは年長者として二人が仲良くなれるように導いていこう)
あまりもめ事を起こす部屋の住人とか思われると教官たちからマークされる可能性も高い。『六宝玉』の捜索のためにもそれだけは勘弁願いたかった。
「……おい、お前人の話聞いてんのか?」
ガイルはそう言ってアルクの肩を叩いた。
アルクは心底迷惑そうに眉をひそめて振り向く。
「……分からないな」
「あ?」
「自分より遥かに劣った人間の下につく理由が分からないと言ったんだ」
「んだとテメエ。俺様がお前より下だとお?」
ガイルが声を震わせてそう言った。
「客観的事実だ」
アルクは特に怯える様子もなく澄ました顔でそう答えた。
「てめえ、どこの家のモンだ?」
「どこの家か。それはもちろんさっき言った通り、リグレットという家に生まれたが。まあ、階級という意味で言えば平民だな」
「だったら、口の利き方に気をつけろ。俺様はドルムント男爵家の次男ガイル・ドルムント様だぜ?」
「知ったことではない。私が国民学校で学んだ貴族というのはノブレス・オブリージュという精神に基づき、国のため民草のために尽力する人間のことだった。でかい声を出すことが貴族の条件だったとは初耳だ。恐れ入った」
ビキリとガイルの額に青筋が浮かび上がる。
「やんのかてめぇ」
指をボキボキと鳴らすガイル。
「返り討ちに遭いたいというなら、止めはしないが」
アルクは荷物から短剣を取り出すと腰に下げる。
そして、頭一つ分以上体の大きいガイルの正面に堂々と立った。
ヘンリーが顔を青くしながらリックに向かって言う。
「ヤバいですよリックさん。たった数十秒でバッチリ温まっちゃいましたよ、この二人」
「ああ、優秀な暖房器具だな……導く間もなかったよちくしょー」
互いににらみ合うガイルとアルク。
「……」
「……」
ふた呼吸ほどの静寂が過ぎた直後だった。
両者が同時に動いた。
「しゃらあ!!」
ガイルは右の拳を突き出し。
「しっ!!」
アルクは腰に差していた短剣を抜き放つ。
しかし、両者の一撃が互いに届くことはなかった。
「まあまあ、とりあえず落ち着きましょうって」
いつの間にか二人の間に入ってきたリックが、二人の肩を押さえたのである。
ヘンリーは驚いて自分の隣を見る。
(え? ついさっきまでリックさんは僕の隣に居たはずじゃ……)
「ちっ、邪魔すんな。放せよオッサ……!?」
リックの手を振り払おうとしたガイルはあることに気付く。
(う、動かねえ。どうなってんだこの手は!!)
ガイルは見た目の通り自分の『体力』に自信があった。幼い頃から人並み外れた巨体と剛力で周囲の人間を何度も驚かせてきたのである。入学試験の体力テストでも自分のいた会場の中では飛びぬけた成績を収めていた。そんな自分が全身の力を使って本気でどかそうとしているのに、この冴えないオッサンの手はまるで地面深くに埋め込まれた柱に固定されているかのように微動だにしないのである。
ガイルだけではなかった。
アルクも信じられないといった様子で、自分の肩を押さえたリックの手を見る。
(体内で練っていた魔力が、一瞬で打ち消された……?)
アルクは自分よりも遥かに体格のいいガイルと打ち合うにあたり、自らの体に魔力を流し一時的に身体能力を向上させる、いわゆる四大基礎の一つ『身体操作』を使っていた。
しかし、リックの手が触れた瞬間。自分の体を駆け巡っていた魔力がリックの手から流れ込んだ魔力によって一瞬で打ち消されたのである。
リックのやったことの原理は非常に単純である。『魔力相殺』と呼ばれる相手の魔力に対して、反対側の質を持つ魔力をぶつけて打ち消してしまうというもので、魔力を使う仕事についている者なら誰でも知っている常識的な技術だ。
しかしである。それを初対面の相手に対して一瞬でやってのけるのはありえないことだと言わざるを得なかった。一言で反対側の質を持つと言っても、魔力の性質というのは個人差があり使う用途や練り方によっても変わってくる。それを一瞬で見極め、正確に反対側の質を持つ魔力を生成したうえで、相手の体に魔力を流し込むというのだから、完全に神業の領域である。
「……」
「……」
「……」
「ど、どうしたんだ三人とも。人を珍獣か何か見るような目で見て」
同部屋の三人から一斉に「お前は何者なんだと」言わんばかりの目を向けられ焦るリック。
『新入生諸君。これより入学式を行う。10分以内に講堂に集合せよ。繰り返す。これから入学式を行う。新入生諸君は10分以内に講堂に……』
ちょうどその時、各部屋に取り付けられた魔力共振装置からアナウンスが流れた。
部屋の全員がそそくさと準備を始める。
騎士団学校において時間は厳守。破った者には厳しいお説教と罰が待っている。入隊初日のリックたちにもそれくらいのことは分かっていた。
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