第28話 魔力測定

 入学式は教官と新入生を集めて、講堂で行われた。


『それでは、皆様ご着席ください』


 声を拡張させる魔法道具から進行をつとめる教官の声が流れる。


 その声と共に、大人数がガタガタと一斉にイスに座る。


「やっぱり、これだけの人数が一斉に動くとすごい音になるなあ」


 リックは小さい声で一人そうつぶやきながら、集まった同期の新入生を眺める。


(新入生はだいたい500人くらいか。だけど、彼らは『六宝玉』とは関係ないだろうな)


 なにせ、ミゼットの魔法がこの学校を示したのは、一週間前のことである。その時に今ここに集まっている新入生たちはいなかったのだ。


『えーでは、これより、新入生の皆さんのそれぞれのクラスを担当する教官たちを紹介します』


 『六宝玉』に関わりがあるとすれば、必然的に一週間以上前からいた者たち。つまり、今から紹介される教官たちということになる。


 ちなみにリックはAクラスであり、最初に紹介されるのが担当教官だった。


(いったいどんな人が担当なんだろ。つーか神様お願いします……穏やかな人でお願いします……そうでなくてもあまり厳しくない人でお願いします……)


 かつて、教会の壁に立ちションをかましたことはすっかり頭の片隅に追いやり、両手をあわせて神に祈りを捧げるリック。スパルタはこの2年間ですでにお腹一杯なのである。


『Aクラス担当、ペディック・ローライト教官』


「いいかあ!! よく聞けえ、ウジ虫ども!! オレが貴様らを腐れたフニャ○ン野郎から、一端の騎士に改造してやる任を預かった、ペディック・ローライト二等騎士だっっっ!!!!!」


(ちくしょー、もう神なんて信じねえぞおおおおおおお!!!!)


 壇上に現れたいかにもなガタイのいい髭面強面の男を見て、リックはガックリと肩を落とした。


 新入生の間からヒソヒソと声が聞こえる。


――あー、まじかよ。

――半年間終わったわ。

――Aクラスの奴らも災難だな。

――ああ、よりによって一番理不尽で厳しいことで有名なペディック教官に当たっちまうなんて。

――聞いた話じゃ、去年クラスの半分がスパルタすぎる訓練についていけずに辞めたらしいぞ。


(なにそれ怖い。はあ。もしかしたら、『六宝玉』を探すどころではなくなるかもなあ)


 全クラスの担当教官の紹介が終わると、続けて司会者が言う。


『えー、続いては本年度の首席合格者に挨拶をしてもらいましょう。新入生代表、アルク・リグレット君』


「はい」


 リックの二つ隣の席で立ち上がるアルク。一見美少女に見えるその容姿に会場が僅かにざわつく。


(へえ。アルク君首席だったのか)


 確かに先ほど『魔力相殺』を行ったときに感じ取った魔力の質はなかなかのものだった。頭も良さそうだし、なるほどおかしな話ではない。


 リックは左隣に座るヘンリーに話しかける。


「同部屋に首席がいるなんて驚いたなヘンリー君」


「……」


「ん? どうした?」


「え? い、いや、なんでもないです」


 ヘンリーはなにやら、壇上に上るアルクの方を見てぼーっとしていたようだが、何か気になることでもあったのだろうか?

 

 その時。


「……っち」


 リックの右隣から大きな舌打ちが聞こえてきた。


 舌打ちの主はガイルである。


 先ほど喧嘩したばかりの相手が、壇上に上がって称賛を受けているのはおもしろくないに違いない。


「できれば同部屋同士仲良くしたいんだけどなあ」


 リックは誰にも聞こえないように小さくそう呟いた。


   □□□


 気に入らねえな。


 ガイル・ドルムントは騎士団学校に着いてからこれまでのことを思いだし、内心毒づいた。


 自分は強い男である。それがガイル自身の自己認識であった。


 その認識はある意味間違っていないといえる。15歳にして190cmを超える恵まれた体躯、そしてそこから生み出される剛力は自らの父親が治めるドルムント領で広く知られるほどのものであった。


 領主の息子であることによる権力と物理的な腕力。まさに敵なしである。小さい頃から暇を見つけては市井に顔を出し、町中の悪ガキたちを自慢の腕っ節で締めて回り、舎弟の数は50人以上にのぼる。


 自分は一番上に立つ人間だ。そう思うのは無理もないことである。


 そして、ガイルは騎士団学校でも同じように振る舞うつもりだった。さすがに教官たちには従わざるを得ないが、同期の連中は残らず自分の下につけて、一番上から愉快に学校生活を過ごしてやると。


 だが。


 手始めに舎弟にしてやろうと思った同部屋の連中がどうにも、自分の思うとおりにはいかない連中だったのである。


「えー、では、皆さん一列に並んでくださーい」


 白衣を着た若い女がガイルの所属するAクラスの生徒に指示を出す。彼女は学校に常駐して生徒たちの健康を管理する校内医師である。


 入学式を終えたガイルたちは、健康診断を受けることになった。今から行うのはその一環で、魔力測定と呼ばれるものである。


 やり方は簡単で、テーブルの上に置かれた特殊な水晶に手をかざして魔力を込めるというものだ。


 魔力の量が多ければ多いほど水晶は強く輝く。


「では次、ガイル・ドルムント君」


 ガイルは水晶に手をかざすと魔力を送り込む。


「ふん」


 水晶の光は小さいロウソク程度だった。これは別にガイルの魔力的な資質が低いというわけではない。ガイルの前に測定をした他のAクラスの連中も似たようなものだった。なぜなら、まだガイルたちは正式に魔力量を上げる訓練を積んだわけではないからである。


 まあ、気にするほどのことはない。二十代前半までなら訓練しだいで魔力量はいくらでも伸ばせる。何より自分には人並みはずれた体力があるのだ。


「はい、結構です。次、アルク・リグレット君」


「はい。よろしくお願いいたします」


 律儀に一礼をしてから、水晶の前に歩いていくアルク。


「……っち」


 現在、ガイルの気に入らないやつナンバーワンの女男である。


 部屋でのやりとりと、その時に自分に向けられたアルクの目を思い出す。


 あれは完全に自分を見下している目だった。ふざけやがって、しかもそんな奴が首席合格ときている。全く以って気にくわない。


 アルクが水晶に手をかざす。


 次の瞬間。


 水晶が強く発光した。


 その、光の強さはガイルたちが小さなロウソクの火だとするなら、大規模な祭りで使う祭壇の火。乾いた木を幾重にも積み上げて作ったところに油を染み込ませ、神々まで届けと勢いよく燃え上がらせる巨大な火柱である。


 もし今が日の落ちた時間なら、辺り一帯を真昼のごとく照らしていたことだろう。


「こ、これは素晴らしい魔力量ですね……入学時にここまでの光を出した人は初めてですよ」


 感嘆の声を上げる女医に一礼して、水晶の前を空けるアルク。

 

 一つ一つの動作がキビキビとしており、如何にも優等生といった感じである。


 周りの同期生からも「さすがは首席合格生、ものが違うなあ」などという声が聞こえてくる。


 ちっ、気に入らねえ。


 ガイルは再び小さくそう呟いた。


「次、ヘンリー・フォルストフィア君」


「あっ、は、はははははい」


 そう言ってオドオドと水晶の前に歩いていく、気弱そうな少年。


 ルームメイトの中で、ヘンリーはガイルにとって一番御しやすい性格をしていた。


 この手のヘタレは軽く脅せば、簡単に従わせることができる。


 しかし、である。


 問題は彼の名前にあった。


(最初は気づかなかったけどヘンリー・フォルストフィアって、あのフォルストフィア候爵家以外ありねえじゃねえか!!)


 そう、この気弱そうな少年。男爵家の次男であるガイルよりも遙かに位が上の家の子息であった。というか、フォルストフィア家の元当主といえば、貴族の間では王の懐刀としてそこそこに名の知られたブラッド・フォルストフィアである。正直。本来、騎士団学校の一般入隊で入ってくるような身分ではない。ヘンリーくらいの家柄の子息が騎士団に入るとすれば、一ヶ月後に入ってくる士官候補生として入学してくるのが普通である。


 つまり何が言いたいかと言えば、ガイルにとって非常にやりにくいということだった。下手に突っついて父親にでも出張られた日には大変まずいことになる。ドルムント領の傍若無人な番長ガイルも、それくらいの危機管理意識は持っているのである。


 そのヘンリーはおそるおそるといった様子で水晶に手をかざす。


「あ、これは」


 女医は感心したような声を上げる。


「ヘンリー君もなかなかの魔力量ですね。Aクラスは有望な子が多いわね」


 女医の言うとおり、水晶はそこそこ強い光を放っていた。さすがにアルクほどではないが、暖炉の火くらいだろうか。何にせよガイルよりも魔力量が多いのは明らかだった。


「ど、どどどどどどうも」


 それでも、ヘンリーは誇らしげにすることもなく、ひたすらビクビクしながらそそくさと水晶の前から離れ、部屋の端で前髪で顔を隠して座り込む。そして「よ、よし、女性と二言話せた、今日は調子がいいぞ」なとと呟いている。


 ち、気に入らねえな。と、本日何度目かという呟きをするガイル。


「えーと、じゃあ次にリック・グラディアートル君」


「どーも、よろしくお願いします」


 そう言ってヘコヘコと頭を下げて、水晶の前に立つのはガイルの同部屋の最後の一人である。


 正直、ガイルにとってはこの男が一番不気味だった。


 女医は診断書にあらかじめ記載されているリックのプロフィールを読んで驚く。


「あら、私より年上の方ですか。年齢制限は確かにギリギリ入ってますけど、実際に32歳で入ってくる人は初めて見ましたよ」


 女医の反応もごもっともである。ガイルを含めてAクラスの人間は30名。その中でも20歳を超える人間はリックだけである。入学生が若い理由はいくつかあるが、やはり魔力を鍛えるのが若いうちにしかできないからというのが一番大きな理由だろう。


「あー、まあ、いろいろあって。この歳から転職しまして」


「そうですか。まあ、人生ホントにいろいろありますからね。あ、測定どうぞ。Aクラスはリックさんで最後です」


 リックがゆっくりと水晶に手を近づける。


 ガイルはゴクリと唾を飲んだ。


 一見単なる冴えないオッサンのリックだが、先ほど部屋で自分とアルクを止めた時の動きはただならぬものを感じたのである。


 おそらくは、前職は冒険者や魔導士といった戦いを生業とする仕事だったのではないだろうか? となればガイルたちと違い、すでに魔力量を上げる訓練は修めていることになる。そんな人間が放つ水晶の光はいったいどれほどになるのだろうか。


 リックが水晶に手をかざす。


 そして。


「……なん……だと?」


 ガイルは自分の目を疑った。


「しょぼすぎるだろ……俺たちと大差ねえぞ……」


 リックが手をかざしている水晶の光はガイルたち一般的な新入生と同じロウソクの火程度であった。というか若干平均よりも小さい気がする。


 これが、魔力量強化の訓練を終えた人間の魔力か?


「あ、ありがとうございましたー」


 再びぺこぺこしながら水晶の前から引き上げるリック。


「おい、オッサン」


 ガイルはリックをつかまえて質問をする。


「何だ今のは? 手を抜いたのか?」


「え? いや、別にそんなことないけど」


「嘘つくんじゃねえ。今まで冒険者なり魔導士なりだったなら、あんなに魔力が少ないわけないだろ」


「あー、それなあ」


 リックは恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。


「俺、30歳までギルドの受付だったからなあ。魔力量はどうしても少なくってね。これから伸びるガイル君たちが羨ましいわ」


「……」


 唖然とするガイル。


 バカバカしい。そう思った。


 いったい何をビビっていたのか。目の前の男は魔力も鍛えていない本当にただの冴えないオッサンだったのだ。きっと部屋での動きも何かの見間違いだろう。


 こいつは下に置いておける奴だ。そう判断した。


「ふふふふふ」


 ガイルは笑いながらリックの背中をドンと叩く。


「いでっ」


「はっはっはっ、まあ、無理だと思うが同部屋の人間として足は引っ張るなよオッサン。訓練中に本当にやばそうだったら俺様が手を貸してやるさ。なに、これも舎弟を持ったものの務めって奴だ」


「おお、そうか。ガイル君は体力もありそうだし。それは心強いな……って、まてまて舎弟になった覚えはないぞ」


「はっはっはっ、見てろよ。多少今の魔力では遅れちゃあいるが、訓練さえ始まれば体力のある俺様のモンだ。男女も、もやしメガネも誰が一番上か分からしてやるぜ!!」


 リックの肩をバンバンと叩きながら豪快に笑い飛ばすガイル。


 しかし、その時のガイルは気づかなかった。


「……」


 女医がついさっきリックが魔力を測った水晶を見て、絶句していることに。

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