第29話 『干渉力』

 『東方騎士団学校』常駐医師を務めるジュリア・フェーベルトがこの勤務地を志望したのは、故人である弟の影響だった。


 一日中庭を駆け回り傷だらけになっていた弟。将来はかっこいい騎士になるんだと、毎日剣を振っていた弟。


 弟のように騎士を目指して頑張る子たちのために自分の医術を生かしたい。西方騎士団学校を卒業後に医療班として現場で二年間経験を積み、ようやく希望が通り騎士団学校への赴任が叶ったのである。


 で、だ。


 その赴任先がどうだったかと言えば。


「さて、今年の入隊生についてですが」


 丁寧な口調でそう言うのは騎士団学校校長であり騎士団東方支部の支部長を務める、クライン・イグノーブルである。深く皺の刻まれた穏やかそうな笑みの初老の男だ。


 場所は東方騎士団学校の会議室。


 現在、今期の入隊生A~Mクラスを担任することになった教官たち13名やジュリアたち補助教官たちを初め、ほぼ全ての職員が集まっていた。


 各クラスの担任たちがクライン校長に答える。


「Bクラスは、例年よりも平均して魔力量が多かったですね」


「Gクラスもなかなか上々でした。すでに第3光級の魔力量を見せたものが6名ほど」


 光級とは第5級から第1級まで分かれる魔力量の指標である。水晶石の光の強さによって判断されるためこのような名前がついている。


「Fクラスは魔力量では頭抜けた素質を持つものはいませんでしたが、体の大きい学生が多いですな。体力の面で期待できるかと」


 クライン校長はウンウンと頷いて言う。


「どうやら、今年は有望な生徒が多いようでなによりです」


 校長の言うとおり、実際に身体測定をしたジュリアの目から見ても今年の新入生の平均的な魔力量や身体的な素養は高かった。いわゆる当たり年という奴だろう。


「アナタのところはどうです? Aクラス担任のペディック・ローライト教官?」


 クライン校長から名前を呼ばれたペディックはニヤリとしながら答える。


「一人素晴らしい素材がいますよ。Aクラスの20番の生徒の測定結果を見てください」


 ペディックの言葉に教官たちは手元にある資料をめくる。


 ジュリアも言われた番号の生徒の名前を確認して、やはりあの生徒かと呟く。


 その魔力測定の結果を見て教官たちがざわつく。


「アルク・リグレット……こ、これは。入学時にして最高の第1光級を出したのか」


「すごいな。卒業と同時に中央の実戦部隊に引き抜かれないように注意しないとな」


「今期の首席はこの生徒で決まりか?」


「いや、この生徒は平民出身だ」


「ふむ。そうか、それはなんとも惜しいことだ」


「え、待ってください?」


 ジュリアは声を上げる。どうにも引っかかることがあった。


 Gクラス教官の一人が聞き返してくる。


「なんだね? ジュリア女医」


「今、平民出身だと首席になれないと言うように聞こえたのですが?」


 教官たちは怪訝な目をジュリアに向ける。


 その目が言外に語っていた。何を当たり前のことを、と。


 Dクラスの教官がまるで聞き分けのない子供をあやすような口調で言う。


「いやいや、別になれないとは。ただですね。入学時ならまだしも、伝統ある我らが東方騎士団学校で平民の人間が首席で卒業というのはどうにも……ねえ」


「そ、そんな」


 ――これだから『外様』はモノを知らない。


 誰かのそう呟く声がした。


 それにつられるようにクスクスとジュリアを見下しきった笑いが、教官たちの間から起こる。


 ジュリアはやっぱりか、とため息をついた。


(……腐ってるわね。私の職場は)


 東方騎士団には暗黙の了解として『伝統派』と『外様』と呼ばれる区別がある。


 『伝統派』は東方騎士団学校の高級士官コースを卒業後、すぐに騎士団学校の教官として採用された人間のことを指す。本来は現場に数年務めてから騎士団学校に配属されるのだが、上級貴族の子息に限り現場での勤務を免除できる。自分の子供が現場で何か起きる可能性を良しとしない過保護な貴族が作ったルートだろう。


 そして、『外様』は一度現場に出て職員として学校に戻ってきた人間のことである。


 現在、東方騎士団学校の実権は完全に『伝統派』に牛耳られており、クラスの担任教官も全員が『伝統派』である。何人かの『外様』の職員は補助的な役職に甘んじていた。


 そして貴族出身で騎士団学校の中でしか働いた経験のない『伝統派』の人間たちは非常に選民意識が強い。彼らが牛耳るここ東方騎士団学校において『外様』であるジュリアの発言権はないに等しかった。


 Dクラスの教官が言う。


「まあ、そんなくだらないことはさておき」


 くだらないのはあんたらの方だろう。と言う言葉をジュリアは何とか飲み込む。


「本題に入ろう。最初の『特別強化対象』を誰にしますかな?」


 その言葉に『伝統派』の人間たちが下卑た笑みを浮かべる。


 『特別強化対象』。周りから能力が劣っているために、重点的に訓練を行う生徒のことを指す。


 というのは表向きの理由である。その実態は度を越えた厳しい訓練と徹底したいびり倒しによって教官たちの嗜虐心を満たし、同時に他の生徒たちに対する見せしめにするという、ふざけた伝統である。


「ふむ、正直、今年度は残しておきたい生徒が多いですからな」


 Gクラスの教官の言葉の通り。選ばれた生徒は耐え切れずに一か月と持たず辞めていくことになる。


「私のクラスにちょうどイイのがいますよ。23番の男です」


 そう言ったのはAクラスの担任ペディックだった。


 今度はジュリアには資料を確認するまでもなく誰のことを言っているのか分かった。


「ふむ、リック・グラディアートル。ん? なんだこの男は。年齢制限ギリギリじゃないか」


「それにこの最低レベルの魔力量。よく騎士になろうと思ったな」


「舐めてるとしか思えませんなあ」


 教官たちは口々にリックを批評する。


 それを確認してペディックは言う。


「決まりでよろしいですかね?」


「ですな」


「使えない奴はガンガン切り落とす。それが騎士団学校の伝統というものだ」


「こらこら、切り落とすのではなく。重点的に鍛えあげる、ですよ。本人がついていけるかどうかは保証しませんが」


「おっと、そうでしたな」


 そういって嗜虐的な笑みを浮かべる『伝統派』の教官たち。何をいまさら取り繕っているのか。


 だか今は、ジュリアにとって大事なことはそこではない。


「ちょっと、待ってください。その生徒は――」


 このリックという生徒は確かに魔力量は低い。だが、測定の時にジュリアが目撃したアレはそれを補って余りある。


「ジュリア女医」


 ジュリアの言葉を抑揚をつけない声が遮る。


 クライン校長である。


「これはクラスの担当教官たちが決めることです。校長である私でも、常駐医師であるアナタでもない。アナタはアナタのやることを十全にこなすことに力を割くべきです。そうでしょう?」


 口調は穏やかであったが、突き放すような冷たさを感じさせる声であった。


 クライン校長は現場でも長く活躍した『外様』の人間である。しかし、この学園を『伝統派』たちの好き勝手にさせている張本人でもあった。


「ははは、ジュリア女医。半端な奴を現場に送り出してもすぐについていけなくなる。諦めさせてやるのが我々の使命というものだ」


 ペディックの言葉に頷く他の教官たち。


 無理やり笑顔を作り、ぴくぴくと眉を動かすジュリア。


 現場に出たこともないアンタらがなぜ現場のことを語るのか、という言葉を飲み込むのに表情筋と忍耐力を総動員せざるを得なかった。


   □□□


「あーもう、腹が立つったらないわ!!」


 会議の後、ジュリアは渡り廊下でゴミ箱を蹴り飛ばした。


「おや、荒れてますねジュリア先生。さっきの集まりで『伝統派』の連中に何かセクハラでもされましたか?」


 そう言って現れたのは、爽やかな容姿をした長身の青年であった。


 シルヴィスター・エルセルニア一等騎士。現在、騎士団学校の警備を務める騎士団第一警備部隊の隊長である。


 伝統派から見ればシルヴィスターも『外様』であり、その冷遇はすでに思い知っている。


 先ほどの入学式に関してもシルヴィスターたちは誰一人として出席させてもらえずに、警備を指示されていた。中央から派遣されてきた警備部隊とはいえ学校の職員である。そのリーダーであるシルヴィスターくらいは出席させるのが常識というものなはずだが、『伝統派』にそれを求めるのは詮無いことである。


 ジュリアはシルヴィスターに先ほどの会議でのやり取りを話す。


「……というわけでして」


「なるほど。話には聞いてたけど、本当にひどいものだな東方騎士団学校は。西も北も南も中央も実力主義に変化しつつあるこのご時世に」


「ええ、現場を知らない人間が教官をやっているので実力主義の大事さというのもよく分からないのでしょう。彼らは実力がなくても怪我をしませんし」


 吐き捨てるようにそう言ったジュリアを見て、苦笑するシルヴィスター。


「んー、ただちょっと気になったのは」


 シルヴィスターは顎に手を当てて言う。


「その『特別強化対象』に選ばれた生徒を守ろうとしたのはなぜだい? 僕も32歳で魔力量が最低レベルの第5光級というのはちょっと騎士としてやっていけるようには思えないかな。『伝統派』の奴らの考え方に乗るようで癪だけど、諦めさせてあげるのも悪いことばかりとは言えないよ」


「いえ、それなんですが。彼の魔力測定でとんでもないことが起きまして」


「とんでもないこと?」


「ええ。彼が魔力を込めた後」


 ジュリアは一度そこで言葉を区切って言う。


「真っ二つに割れてたんです……水晶石が」


「なん……だって!?」


 驚きのあまり、美形が台無しになるレベルで思いっきり目を見開らくシルヴィスター。


「魔力測定に使う水晶石が流れ込んだ魔力に耐え切れずに割れるってのは無い話じゃない。かくいう僕も小さなヒビくらいなら入れられるからね……でも、普通は第1光級レベルの膨大な魔力量が一気に流れ込んだ時に起きる現象だ。真っ二つというのは聞いたこともないけどね」


「ええ、ですがその生徒は最低レベルの第5光級。それでも水晶石を割る方法はあります。できるかどうかは別として」


「魔力の質だね。魔力は単純な量だけじゃなく『干渉力』という要素がある」


 『干渉力』とは簡単に言えば同じ魔力量辺りどれくらいの現象を引き起こせるか、という要素である。


 例えば同じ10の魔力を使って火を起こしても『干渉力』が低い魔力では小さな火しか出せないが、『干渉力』が高い魔力では巨大な火柱を発生させられたりするのである。術者が魔力を練り上げる時の精度が高ければ高いほど『干渉力』は上がっていく。


 とは言っても、常識的な範囲ではそこまで『干渉力』に大きな差など出ないものである。シルヴィスターは騎士団における上から二つ目の階級、一等騎士であり部隊内では随一の『魔力操作』の技術を持っているが、それでも生成する魔力の『干渉力』は普通の隊員の5倍ほどである。魔力量の指標である『光級』で言えば一つ上の光級の魔力量と同じことができる。というくらいだろうか。


 間違っても最低レベルの第5光級で、第1光級でも滅多に破損しない水晶石を真っ二つにするなどということはできるものではない。


「見間違いじゃないんだよね?」


「ええ、それはもう。彼の前がかなり魔力量の多い子が数人いて、その時に割れていないかは確認してます」


 シルヴィスターは冷や汗を流しながら言う。


 ちなみに、本当に第5光級の魔力量で水晶石を真っ二つにするとしたら、必要な『干渉力』はどう低く見積もっても一般的な騎士団員の1000倍以上である。


「……人間技じゃないな。どうやったらそんなものが身につくっていうんだ」


「……分かりません。いや、それくらいの『干渉力』が必要な状況。例えば膨大な魔力量の攻撃を打ち消す必要のある戦闘を日常的に続けていればあるいは」 


「それ、途中で絶対死んでるでしょ」


「ですよね」


「はあ。この前Fランク試験で見たあの男といい、最近の30代は凄いなあ」


 シルヴィスターは遠い目をしてしみじみとそう呟いた。

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