第30話 訓練開始!!
騎士団学校の起床時間は朝6時と早い。
ただ、リックは『オリハルコンフィスト』での訓練で、朝早く起きて体を動かす習慣がついていたため、それよりもやや早く目が覚めてしまった。
「……ふあっ」
のそのそとベッドから起きあがり(下の段でガイルがデカいイビキを立てていた)洗面台の前に立ち朝の支度をする。
「あ、おはようございます。リックさん」
「おう、ヘンリーくん。おはよう」
リックが洗面所で歯を磨いていると、長い前髪が寝癖で景気よく跳ね上がったヘンリーが現れた。
「いよいよ今日からですね……訓練」
ヘンリーはリックの隣の洗面台の上に立ってそう言った。
「あー、そうだなあ……」
リックはため息混じりでそう返す。『世界一厳しい学校』と言われる東方騎士団学校の訓練が今日から始まるのである。
「あれ? そういえばヘンリー君は随分と余裕ありそうだな。もっとこの世の終わりみたいな憂鬱な表情するかと思ってたけど」
「ふふふ、リックさん。僕には秘策があるんですよ」
「ん?」
「この騎士団学校。基本的に娯楽は一切持ち込み禁止ですが、本だけは自由に持ち込んでいいことになっています」
「ふむふむ」
「そこで、これです!!」
ヘンリーが取りだした本の表紙にはデカデカと『これでアナタも週休五日。超仮病大全集!!』と書かれていた。
「……」
沈黙するリックを余所に、ヘンリーはページをパラパラとめくりながら言う。
「とりあえず今日は軽く腹痛あたりからいってみますかね、大事なのは「昨日の○○があたったかもしれません」みたいに腹痛の理由を自分で特定しないことみたいですね。原因不明の方がリアルなんだそうです」
「……お、おう。頑張れよ」
そういえば俺も仮病の研究したなあ。とリックは懐かしむ。
もちろん、究極のヒーリング使いであるブロストンにそんな小細工は通じなかったが。
「ん? おお、アルク君。おはよう」
リックとヘンリーが話していると、アルクが洗面所に現れた。
しかし改めて見ると本当に凄い美形である。女でもここまできれいな顔立ちをしているのは、リックが知っているなかではリーネットくらいだろうか。アリスレートは綺麗というより「可愛らしい」と言った感じである。見た目だけは。
女性が苦手なヘンリーなど、昨日はアルクを前にするともの凄く緊張していたのが記憶に新しい。さすがに一晩寝てちょっとくらいは慣れ
「あ、アルクさん、お、おおおおお、おはははははははは」
キョドりすぎである。
リックは心底ヘンリーの将来が心配になってきた。
アルクはこちらを一瞥もせず、黙って歯磨きや洗顔を始める。
「……」
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れた。
「あー、あの、アルク君さ。あまり人と関わりたくないとは思うけど、挨拶くらいは返そうぜ」
アルクは顔をタオルで拭きながら言う。
「余裕だな」
「え?」
「余裕があるなと言ったんだ。私はこの学校を首席で卒業するつもりだ。そのためには徹底して己を高めなくてはならない。一分一秒とて無駄にすることはできないんだ。こういうことを話すのも無駄な時間だ。今後はどうしても必要な用事以外で私に話しかけるな。私からも話をすることはない」
アルクはさっさと用を済ませると、部屋に戻っていった。
私には……おまえたちと違って余裕なんかない……去り際にそう呟いた背中を見送り、リックは呟く。
「気合い入ってるなあ」
アルクが去って落ち着いたらしいヘンリーが言う。
「凄い意識の高さですよね。見習いたいですよ(ペラペラ)」
「なら、まずはその本をめくる手を止めるといいと思うぞ」
それにしても、と前置きしてヘンリーは言う。
「二十四時間一秒も無駄にせずに自分を高めるためだけに使うとか僕にはできる気しないですよ」
「そうだよなあ、人間だもの。そんなことできるわけ……」
その瞬間。リックの脳内をこの2年間の思い出が駆けめぐった。
あ、はい。できますね。逃げようとしても無理やり地獄に放り込まれれば。
(そうか訓練か……またあんな日々が始まるのか……)
「あれ? リックさん? 急に崩れ落ちてどうしたんです?」
その時、朝から元気一杯な野太い声が聞こえた。
「おう!! おはよう舎弟ども。今日から始まる訓練、俺様の足を引っ張るんじゃ――」
「……フヘヘヘヘ、ブロストンさーん、人間は20時間ダッシュできませーん……アリスレートさーん、アナタの軽く撃ってるつもりのそれはこの前山を吹き飛ばしたやつなんで僕に向けないでくださーい……ミゼットさーん、この強制ギプス的な何か縮む力が強すぎて俺の骨がミシミシ鳴ってるんですけど……」
「なんでこのオッサン朝から白目剥いてんだ?」
一番遅れて起床してきたガイルは、リックの姿を見て不思議そうな顔をした。
□□□
さて訓練の時間である。
訓練用の服に身を包み、第一グラウンドに集合したリックたち。
彼らに向けてAクラスの担当教官ペディック二等騎士がその厳つい顔面に設置されたたらこ唇から大声を出して言う。
「いいかぁ!! ひよっこども!!! 今日この日から貴様らを現場に通用する騎士にするために、この俺がみっちりと訓練をしてやる!! 分かっていると思うが、一切の甘えを許す気はない。熱が出ようが腹が痛かろうがキッチリと訓練をこなしてもらう!!」
「はあ……」
再びため息をつくリック。
分かっていたことだが、やっぱり相当厳しい担当教官のようである。
隣を見るとヘンリーががっくりと肩を落としていた。
仮病通じそうにないもんな……
もちろんヘンリーだけでなく他の新入生たちも、手に木剣を持ち大きな声を出すペディック教官に萎縮していた。
「さて、ではまず……おい、27番のガイル・ドルムント!!」
「おう……じゃなくて、はい!!」
「戦いにおける四大基礎を言ってみろ」
「え、えーと『体力』と……『体力』と……」」
どうやら一つしか出てこないようで目を泳がせるガイル。
ペディックがそんなガイルをギロリとにらむ。
おい、マズイぞガイル。
「『体力』と、後は何だ?」
「『体力』と……『友情』と『努力』と『勝利』だ!! べふっ!!」
木剣でしばかれたガイルが倒れる。
「全然違うわこの大バカものが! では次の28番、アルク・リグレット。代わりに答えろ」
「はい!」
直立不動でペディック教官に返事をするアルク。
「『体力』『身体操作』『魔力操作』『魔力量』です」
「その通りだ。さすが首席合格者だな。騎士にとってこの中でも特に大事なのは、『体力』と『身体操作』だ。なぜか分かるか? 29番、ヘンリー・フォルストフィア」
「え、あ、あ、あっと、開けた場所でモンスターとの戦闘をこなすことの多い魔導士や冒険者に比べて、騎士は国内の警察警備という仕事の性質上、主に市街地での対人戦をすることが多いため『体力』と『強化魔法』の有用性が高いからです」
ビクビクとそう答えたヘンリー。声のボリュームは低いがすらすらと知識が出てくるあたりは、やはり勉強家である。
「その通りだ。広範囲高威力の『界綴魔法』を市街でぶっぱなすわけにはいかんからな。我々は武器を持ち接近戦で『強化魔法』を使って戦うのが主流だ。そのための全ての基礎になるのは当然元々の体の強靱さ。つまり『体力』ということになる。もちろん、必要分の『魔力量』を持っていることが大前提だがな」
リックはペディックの言葉にウンウンと頷く。
ブロストンも訓練初日に同じことをリックに教えてくれたし、冒険者になった今でもやはり、全ての基礎になるのは徹底的に鍛えられた『体力』だという実感がある。まあ、リックの場合は魔力量が必要分も無いのだが。
「というわけで、騎士団学校に置いては『体力』を重点的に鍛えていくわけだ、分かったかこの能なしども……返事ぃ!!」
は、はい!! とクラス一同が慌てて声を出した。
(それにしても)
また『体力』を鍛える訓練か、とリックは頭を抱える。
いや、大事なのは分かるのだが。何というかこの二年間体を虐めっぱなしである。相当気合の入ったドMでもここまで自分の体を虐め抜くことはあるまい。
もう少しこう、苦しまなくてすむ人生にならないのだろうか。
(ああ、のんびり事務員やってた頃が懐かしいなあ)
あれはあれで、得難い時間だったと今になって思うのである。戻る気は全くないが。
「さて、我ら東方騎士団学校には体力強化のための伝統的な訓練、『七つの地獄』というものがある。本日はその一つ、『永遠ランニング地獄』をやってもらう!!」
なにそれ怖い。とリックは身震いした。
□□□
ペディックにつれられて第一校舎の前に来たリックたちAクラス一同。
おそらくここがスタート位置なのだろう。
リックは一人呟く。
「『永遠ランニング地獄』……ランニングかあ……」
リックの脳裏にある修行がフラッシュバックする。
■■■
それはいつもと変わらぬ朝だった。
「おはようリックよ」
朝5時半にベッドにしがみつくように寝ていたリックを、ベッドごとひっくり返してブロストンがモーニングコールをする。
「さあ、今日も楽しく朝のジョギングに行くぞ」
ダッ!!!
ガシッ!!
「なぜ逃げるのだ?」
「逃げるわ!!」
ブロストンに襟首を掴まれたリックは、足を宙にばたばたさせながらそう言った。
「いいか、リックよ。啼鳥に耳を傾け心行くまで春眠を楽しみたいという気持ちはオレとて分かる。だが、朝早起きして『適度な運動』を楽しむことは人生を充実させるのだ。人間の頭と体というのは寝起きの後、放っておけば完全に動ける状態になるまで六時間はかかる。しかし、朝に運動をして各種内臓と筋肉に活を入れることで、素早く頭と体を動ける状態にできる。言うなれば人生において万全に動ける状態でいられる時間が何時間も増えることになるのだ。これがいかに有益なことかお前になら分かるだろう?」
「嘘つけ!! 何が適度な運動だ!! 200㎏の重り引きずって20kmダッシュする適度な運動なんてあってたまるか!!」
「ハハハ、ちゃんと『「敵」を何「度」でも倒せるようになる運動』だろう?」
どうやら、リックとブロストンでは使っている言語が違うようである。
「なーに、安心しろ今日は重りは無しだ」
「え!? そうなんですか?」
「ああ、その代わり距離をちょっと延ばす……」
なんだ、それなら大したことは
「2000kmほどにな」
ありました。
というか、その距離今日中に終わらないだろ!!
「やっぱり、離せーーー!! 死にたくないーーー」
「大丈夫だ、死んでもすぐなら復活させてやる。存分に死ぬほど走るがいい」
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
■■■
「オロロロロロロロロロロ!!!」
「うお!! オッサン何急に吐き出してんだよ!!」
急に顔を真っ青にして朝食を軽くリバースしだしたリックに驚くガイル。
「なんだオッサン体調悪かったのか?」
「今悪くなった」
「いや、意味わかんねえよ。へ、まあせいぜい途中でリタイアして教官にぶっ飛ばされないこったな。きっとオッサンの体にはこたえるぜ」
リックを見下したように笑いながら、そう言うガイル。
だがリックはガイルの言葉と態度に籠められた見下しを、気にする余裕はなかった。
(あー、やばいよー、これ絶対キツイ感じの訓練だよー。なにせ『永遠ランニング地獄』なんて名前の付く訓練だもんなあ)
ペディックが訓練の内容を説明し始める。
「いいか、お前らにはあちらに見える騎士団学校が管理する山の頂上まで登り、降りてきてもらう」
ペディックが指さしたのは騎士団学校のすぐ近くにある山だった。問題はその大きさである。ちょっと、登って降りてくるという次元のサイズではない。
「まあ、大体距離にして往復で17kmと言ったところか」
一同がざわつく。ヘンリーなどは顔を青くしていた。
その様子を見てサディスティックな笑みを浮かべるペディック。
一方、リックは首を傾げていた。
(あれ? 単位を2つくらい聞き間違えたかな?)
さすがに地獄というには距離が短い気がする。うん、そうだな。たぶん1700kmとかの間違いだろう。
さすがは『世界一厳しい学校』である。『オリハル・コンフィスト』ほどではないとはいえ、かなりの長距離走だ。
「部屋ごとの班になって走ってもらう。まずは、500号室の6人スタート位置につけ!!」
さあ、いよいよ訓練の開始である。
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