第31話 ランニング
さて。
訓練が始まり、ペディック教官の合図とともに次々にリックたちの前の班がスタートしていく。
「さてと」
前の班がスタートしいよいよ自分たちの番である。リックも軽くストレッチをしながらスタート位置に立つ。
と、そこでペディック教官がリックたち504班を呼び止めた。
「待て、504班。貴様等には特別なルートを走ってもらう」
「特別なルートですか?」
リックの疑問にペディック教官は口元を緩めながら答える。
「ああ、山の麓の分かれ道を本来なら右側に進むがお前たちは左の道に進め。ふふふ、まあなに。お前らの班には周りよりも体力のなさそうな奴がいるから、同じコースを走らせるのもな。と思っただけさ」
なるほど。とリックは納得する。
そうか、ヘンリー君見るからに体力なさそうだもんな。たぶん他のところより少し楽なコースを走らせてくれるのだろう。
もちろん俺はオリハルコン・フィストで鍛えているので普通のコースでも問題ないと思うが。
「分かっていると思うが、騎士団の基本原則は連帯責任。時間内に戻ってこられなかった奴が一人でも出た班は減点と追加訓練を受けてもらうからな」
ペディック教官の言葉にヘンリーが、勘弁してくれと言うような表情になる。
「はははは、だってよ!! 足引っ張るんじゃねえぜオッサンよお。まあ、誰かぶっ倒れたときは俺様が背負ってやるよガハハハハハハハ」
ガイルはそう言って笑いながらバンバンとリックの背中を叩く。
まあ、これだけ元気があれば大丈夫だろう。見るからに体力もありそうである。
そのガイルの隣で黙々とストレッチをしているアルクも、問題はないだろう。
ペディック教官がリックの方を見て言う。
「まあ、せいぜい頑張れよ(ニヤリ)」
□□□
『永遠ランニング地獄』開始から約一時間。
おかしい。
ガイル・ドルムントは山道を走りながら心の中でそう呟いた。
二つおかしいことがあった。
一つはこのルート。
不自然に傾斜や障害物が多いのである。すでに岩山を二回よじ登り、川を三回渡っている。傾斜に関しては斜度20度級の傾斜にもう何度も出くわしているのだ。さらに道自体が全く踏みならされておらず走りにくい。
いくら体力に自信のあるガイルでも、たった数km走った時点で呼吸があがり、足の感覚が無くなってきている。
自分があまり鋭い方でないことは自覚しているが、それでも分かる。このコースは他の班の奴らが走っているコースとは比べものにならないほどキツい、まさに地獄のコースであると。
なぜ、自分たちだけいきなりこんなにキツいコースを走らなければならないのだろうか。首席のアルクがいるからか?
いや、それとも。もしかして、すでに教官から嫌われている人間がこの班の中に?
「はあ、はあ、クソッ!!」
そして、もう一つのおかしなことが。
「ふん、ふふん、ふんふふんー♪」
この地獄コースを鼻歌歌いながら余裕そうに走っているオッサンである。
スタート以降ずっと自分の前を走るこの男。パッと見では軽いジョギングでもしているのかと錯覚しそうになるが、そのペースは化け物じみて早い。
体力に絶対の自信のあるガイルの全力とほぼ同じ、アルクも普段の澄ました表情を崩しながらなんとかついていけるレベルである。ヘンリーに関しては既に後方で死にそうなほどフラフラになっている。
「ふふふ、ふふふーん、そのかおーをあーげてー♪」
くっそ!! とうとう鼻歌じゃなくて歌詞まで入れてきやがった。
メラメラとガイルの中に対抗心が湧き上がる。
俺の前を走るんじゃねえ。俺は体力では絶対に一番にならなくてはならねえんだ。
「ぐおおおおおおお!!」
本日何度目かも分からない上り坂にさしかかったとき、ガイルはリックを抜き去りトップに出るために仕掛けた。
ペース配分を無視した全力ダッシュである。
ガイルの長身が大きなストライドを生み出し、坂道に逆らってその巨体をグイグイと加速していく。
そして、後続を引き離しトップに躍り出――
「おー、ガイル君はやっぱり元気だなあ」
「何いいいいい!?」
涼しい顔をしてついてきやがった!!
しかも、リックは呼吸一つ乱していない。
なんだ、なんなんだ、このオッサンは……
そのリックがガイルに話しかけてくる。
「なあ、ガイル君。やっぱりこのコースって……」
どうやら、リックもこのコースの異常な過酷さに疑問を持ったらしい。
ガイルは乱れた呼吸の中で何とか答える。
「お、おっさんも気づいたか。こ、このコース、間違いなく他の班が走ってるところより厳し――」
「すっごく楽なコースだな」
「あえ?」
「ん?」
どうにも認識したくない見解の相違があった気がする。
「ん? もしかしてガイル君。結構このペースキツい?」
「そ、そんなわけねえ。ああ、そうだな。楽勝だぜこんな程度のコース。当然じゃねえか!!」
クソ、クソ!! どうなってやがる。
その時。
バタリと後方で音がした。
振り返るとヘンリーが倒れているではないか。
まあ、時間の問題だなとは思っていたが。
「大丈夫か?」
リックが真っ先に走ってヘンリーを起こす。
「だ……ダイジョブ……おえっ」
「うん。全然大丈夫じゃないね」
ガイルはそんな様子を見て考える。
さて、どうする?
このまま放っておけばヘンリーは間違いなく時間内にゴールできない。罰則は正直勘弁願いたいところである。
「……」
アルクは無言でヘンリーの様子を一瞥すると、そのまま先を走ろうとする。
「おい、ちょっと待てよ男女」
「何か用か?」
「何かじゃねえ。ヘンリーが倒れてんだろうが」
「だから?」
「んだとぉ?」
「では聞くが、どうするつもりなんだ? どうにかできるつもりなのか? それで自分の成績を落とすことに何の意味がある? 私は時間内ゴールする。罰則もきっちりとこなせばいいだけの話だ」
「そ、それは」
スタート時点では誰か倒れたら背負ってやるなどと豪語したが、さすがにこのコースでそれはキツい。間違いなく共倒れである。
「クソッ」
せめて、普通の山道だったら。
「よっこいしょ」
そう言って軽々とヘンリーを背負うリック。
「……」
「さあ。行こう……ん? どうした。ああこれくらいの道なら俺でも大丈夫さ」
ガイルは唖然としてその場に立ち尽くしてしまった。
隣を見るとアルクも目を見開いている。似たような感想を持ったのだろう。
ぐぬぬ。
ガイルはリックの方を指さして言う。
「ま、負けねえからなあ!」
「お、おう?」
リックは不思議そうな顔でそう返事をした。
□□□
「我ながら完璧な作戦だ……」
ペディックはゴール地点でそう呟いた。
今頃リックたち504班は死ぬ思いをしているはずだ。リックたちが走ってるのは、卒業前の最後の訓練で使う超ハードコースである。半年間みっちりと訓練で鍛え上げた学生たちですら、何とか完走できるくらいの獣道なのだ。間違いなく時間超過の罰を受けることになるだろう。今後もこういった特別扱いを繰り返していくつもりだ。
こういう蓄積が効くのである。周囲はいずれ理解する。
教官から目を付けられているリックがいるから自分たちはこんなにつらい目に遭うのだと。気がつけば部屋でも孤立し、学園を去っていくことになるわけだ。
「フフフ」
「リック・グラディアートルとヘンリー・フォルストフィア到着です」
「ああ、おつかれ。君たちが一番乗り……ってえええええええええ!?」
超難関コースに送りだしたはずの男がそこにいた。
こっそり他の班と同じコースに行ったのか? いや、ペディックは504班が分かれ道を左に入っていったところを確かに見ている。
「あ、どうもペディック教官。おかげさまで時間内にゴールできましたよ」
「……」
しかも、どうやら途中で倒れたらしいメガネの生徒を背負っている。まさか背負って走ってきたとでもいうのだろうか。あの山道を。
「距離も驚くくらい短かったし。見かけによらず優しい教官なのかなあ」などと呟くリックの声も聞こえずに口をあんぐりとするペディック。
「へ、へへへ、なんとかついていってやったぜクソやろう……」
それから少し遅れてゴールした大柄の学生はそう言うと、バタリとその場に倒れる。
さらに、その数分後にゴールした今年の首席合格生は、ゴールしてすぐに壁にもたれ掛かりしばらく肩で息をしていた。
この二人の満身創痍な様子を見る限り、やはり難関コースに行ったのは間違いないはずなのだが……
「何がどうなっているんだ……」
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