第50話 ホームラン

 ガシィィン!!


 と二人が交錯した。

 互いに必殺の威力で交差した、アルクとシュライバーの一撃はその激突の衝撃で闘技場全体の空気を震わせた。

 そして……


「……ふっ、騎士団の未来は明るいな」


 シュライバーの剣が折れる。

 そして、ガクリと膝を突いた。

 アルクは息を荒らげながらも、しっかりと二本の足で闘技場に立っている。

 ペディックが驚きを隠しきれない震えた声で言う。


「しょ、勝者。六等騎士アルク・リグレット……」


 今日一番の歓声がクラスメイトたちから沸き上がる。


 ――マジかよ!?

 ――勝っちまったぞ、一等騎士に!!

 ――どうなってんだ504班は!?


「……」


 アルクは肩で息をしながら素振りでできた豆だらけの自分の手を見つめる。

 本人が一番驚きを隠せないようだった。

 強くなっている自覚はあったものの、王族警備部隊の一等騎士を本当に倒せるとまでは思っていなかったのである。

 アルクはルームメイトたちの方を見る。

 一人ではおそらく、決してここまで強くなれなかっただろう。

 この二か月、彼らと修業をしたことがここまで自分の実力を向上させているとは……


「あっ……」


 そこまで考えたところで体がふらついた。


「おっと、危ない危ない」


 倒れる寸前にリックが駆け寄ってアルクを支えた。


「いい試合だったぞ……さて」


 リックはヘンリーの方を見ると、にやりと笑って言う。


「なあヘンリーくん。アルクくんをおんぶして医務室まで連れていってやってくれ」


「ぼ、ぼぼぼぼ僕ですかぁ!?」


 露骨にあたふたするヘンリー。


「ほら、俺この後試合だし? 頼むよー」


「は、はい。まあ。それなら」


 そう言って、ヘンリーはアルクを背負った。


「すまないな、ヘンリー。君も怪我をしているというのに」


「だだだだだだ、大丈夫ですアルクさん」


「その割には、物凄く体がふら付いてる……というか震えているようだが」


「き、気のせいです!!」


 ヘンリーにおぶさりながら、自陣に戻っていくアルク。


「ん?」


 見ると、ガイルが右手の平をこちらの前に出してニヤニヤしていた。


「……はあ」


 アルクはため息をつくと。

 パン、と。

 軽くその手にハイタッチした。


「ナイスだぜアルク!! さすが俺のライバル!!」


「お前のライバルになった覚えは……ふっ。いや、なんでもない」


 やれやれといった様子で、アルクはそう言った。


   □□□


 一方、王族警備部隊の側には怒り心頭の者が一名。


「けっ、情けない試合しやがっててめえら!!」


 無論、一等騎士のガンスである。

 女二等騎士たちが言う。


「アンタさっきの試合見てなかったの? 強いわよあの子たちは」


「そうそう、特に最後の子なんて悔しいけどまともに戦ったら勝てる気しないわ」


「かあああああああああああああああああ!! 全くどいつもこいつも」


 ガンスは自分の膝をパシンと叩いて立ち上がる。


「テメエらには王族警備部隊の矜持ってもんがねえのかよ!!」


 ズンズンと闘技場の中央まで来る。

 すでに敵である中年の新入団員は開始位置に立っていた。

 王族警備部隊の一等騎士である自分を前にして、平然としている様が心底気に食わない。

 

「おい、新人。この勝負、場外は無しにしようぜ。それから勝敗もどっちかが完全に戦闘不能になるまで無しだ」


 リックはきょとんとして言う。


「ん? 別に構わないが」


 ガンスは審判のペディックに言う。


「だとよ。それで構わねえな?」


「え、いやまあ。闘技場の外で戦われると困るから、闘技場の中全体まで広げても構わないが……その、止めといたほうが……」


「よーし、見とけよ。開始2秒でぶちのめして、そのあと無理やり引きずり起こして痛ぶってやるぜぇ」


 そんなことを言って剣を構えるガンス。

 ペディックは顔を引きつらせることしかできなかった。


「で、では、試合開始!!」


 ガンスが開幕速攻でリックに切りかかる。


「死にさらせええええええええええええええええええええええええええええええ!!」



 ――2秒後。




「ごはあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 ガンスの体は美しい放物線を描き、観客席最上段にスタンドインした。


  □□□


「どうですかね?」


 504班の試合を観客席で見ていた学校長クライン・イグノーブルは、隣に立つ人物に声をかけた。


「ええ……素晴らしい素材だわ」


 ハスキーな声でそう答えたのは、灰色のローブを被った褐色の女であった。フードを深くかぶっており顔は見えないが、グラマラスな体形が目を引く。

 学校長は満足そうに頷いて言う。


「では。前回と同じように。しかし……少々厄介なのがいますね」


  □□□


 ヘンリーはアルクを背負って、医務室に向かう廊下を歩いていた。

 背中から伝わる柔らかくて温かい感触。普段は男装をして男口調のアルクも、ちゃんと女の子なのだと改めて感じた。

 心臓が強く拍動する。バレてないだろうか?


「すまないな。ヘンリー……」


 頭の後ろからアルクの声が聞こえる。


「いいんですって、その、ルームメイトですからね。それにしても、無茶しますねアルクさん。どんな相手にも立ち向かって。強い人です」


「……私は私の有用性を示さなくちゃいけないからな」


「ははは、そういうところが凄いですよ。僕なんて……」


 そう言って俯くヘンリー。

 先の模擬戦、負けたのは504班でただ一人、ヘンリーだけである。しかも、アルクよりもずっと軽いダメージで膝をついて動けなくなってしまった。

 なんとも無様なかぎりだ。と、ヘンリーは自嘲する。


「私で良かったら、剣の型くらいなら教えられるぞヘンリー」


 ヘンリーは思いがけないことを言われて目をパチパチとさせる。ヘンリーとしては実力向上のためという意味でも、下心的な意味でもありがたい話である。


「え……いいんですか? アルクさんはどうしても首席になりたいから一分一秒も無駄にできないんじゃ……」


 だが、ヘンリーはアルクが皆が休んでるときやクラスメイトたちと話してる時間もずっと訓練と勉強をしているのを普段から見ている。病気の弟のためということも知っているので、その邪魔をするのは流石に気が引けた。


「そうなんだが、なんでだろう……」


 肩に回されたアルクの手に少し力が入る。そして、ヘンリーの背中に頭を預けてきた。

 密着度が増してドキリとヘンリーの心臓が跳ね上がる。


「怒らないで聞いてくれると助かるが。その、たぶん私は……ヘンリーを見てるとどうしても……」


「どうしても?」


 ゴクリ、と唾を飲み込むヘンリー。


「弟を思い出すんだ」


 ガックン。


「どうした?」


「いえ、何でもないですハイ。期待なんかしてませんよハハハ……」


「?」


 アルクは首を傾げた。


  □□□


 その日の夜。例のごとく教官たちは会議室に集まっていた。

 議題は当然、特別強化対象についてである。


「さて、どうしましょうか……」


「ホントですよ……」


 一同が頭を抱える。

 Cクラスの担当教官が言う。


「そ、そもそも、ペディック教官のクラスのことなわけで、我々に直接関係は……」


「ちょ、おい!」


「ペディック教官」


 学校長が一言。ペディックの名を呼んだ。

 それだけで、全員が静かになり学校長の言葉に耳を傾ける。


「今回の特別強化対象はなかなか手ごわいようだ。私の方で預かりましょう。ペディック教官はもう何もしなくて結構ですよ」


「そ、それは……くっ、力及ばず申し訳ありません」


 ガクリと項垂れるペディック。


「いえいえ。さて、私は特別強化対象に『地下での訓練』を行うつもりです。リッキー教官、準備の方はお願いしますね」


「ち、『地下特化訓練』!? ほ、本当ですか?」


 ペディックは冷や汗を流しながらそう尋ねた。

 学校長は答えない。ただ柔和な笑みをペディックに向けるばかりであった。


「では、早速取り掛かかりましょう。ああ、ペディック教官はこの資料を参考に整備部隊長のレートさんに地下の調整をしてもらってきてください」


「りょ、了解しました」


 ペディックが席を立つ。

 それを見て、会議は終了したと他の教官たちも席を立って会議室を出ていった。

 しかし、学校長と伝統派の教官たちが十数名、席を立てずにいた。

 彼らは他の者たちが全員出て行ったのを確認すると、会議室の鍵を閉めた。

 学校長はそれ確認してから話を切り出す。


「さて、では例の件について。実行は明日の夜、手筈は……」


  □□□


 翌日の昼休み。


「ふいー、食った食った」


 腹一杯に飯を詰め込んだガイルが中庭で腹ごなしの散歩をしていると、あるものを発見した。

 アルクとヘンリーが剣の訓練をしていたのである。いや、というよりはアルクがヘンリーに教えているという感じか。


「肩の力を入れ過ぎだヘンリー。それとつま先をもう少し内側に」


 アルクはそう言って、ヘンリーの内ももを触って少し内側に捻る。


「ひゃい!!」


「……なぜ変な声を出すんだ」


「おーい、アルクにヘン……ん?」


 ガイルは声をかけるのを止め二人の様子をマジマジ見る。


「んー?」


 まずヘンリーだが顔が赤い。そして少しにやついている。

 アルクの方はいつも通りに見えるが、心なしか普段よりは表情が柔らかい気がする。まあ、普段が鋼鉄なら石くらいにはなったというところだが。


「ははー、なるほどお。やるじゃねえかヘンリーのやつ」


   □□□


 ガイルはAクラスの教室に戻ると、さっき見た二人の話をリックにする。


「へえ。あの二人がねえ」


「そうなんですよ。いい雰囲気でしたぜ」


「……俺も負けてらんないなあ」


「何がですか?」


 ちなみにリック。4年前に数年付き合った彼女と別れて以来、完全なる女日照りである。

 その時、教室の扉がガラガラと開いた。


「リック・グラディア―トル六等騎士はいるか!?」


 声の主はペディックではなく、Cクラスの担当教官であった。


「はい?」 


「喜べ。貴様は『特化地下訓練』を受けることが決まった」


   □□□


 『特化地下訓練』。

 七つの地獄で最も過酷なメニューである。

 どれくらい危険かは、なかなか辞めない特別強化対象を追い出す最後の手段として使われると言えば分かるだろうか。しかも、ペディックが教官として着任する2年前にとうとう死者を出している。

 伝統派の貴族たちが圧力をかけ揉み消したらしいが、それ以来、使用は控えられていたのだ。

 しかし、リック・グラディアートルという規格外を前にして、遂にその禁が解かれた。


「ここだ」


 Cクラスの教官につれてこられたのは、森林地帯の一角であった。


「なにもないようですけど」


 リックの言葉通り、木々が生い茂っているだけの何の変哲もない場所である。

 Cクラスの教官は地面に手をついて魔力を込める。

 すると、地面の一部が裂けて地下に続く階段が現れた。


「こんなところに、隠しダンジョンがあったのか……」


 リックはそう呟いた。

 実は、オリハルコン・フィストによる『六宝玉』の捜索は先日の段階で敷地内全域の調査を終えていた。

 しかし、未だ見つからず。『六宝玉』が移動したのだろうと考え、今日再び共鳴を使った探索魔法を使う予定だったのだが。


(この中にある確率は高いな……)


 探査用の水晶石を持ってきて正解だった。


「『地下特化訓練』はこのダンジョン内の10のチェックポイントに置いてある魔力結晶を回収してくることにある。本日から通常授業の代わりに、このダンジョンに潜ってひたすら探索をしてもらう。期限は一か月、それまでに全てのチェックポイントをクリアできなければ大幅減点になるから覚悟しておけ」


「分かりました」


「食料は持ったな? では、訓練開始だ」


「はい」


 リックはそう言って階段を下りていった。


「ふふふ、入ったか」


 Cクラスの教官はほくそ笑む。

 この地下迷宮は複雑な構造をしており、探索するだけでも中々に困難である。そして、迷宮内部にはかなりの数のモンスターが住み着いており、入ったものの気力と体力を削っていくのである。しかも、出入口は最初に入った一か所だけ。

 期限は一か月と言ったが、そもそも一等騎士であっても半年はかかるほどの難易度である、

 おまけに、今回は迷宮内の魔力の密度と質を調整して、モンスターたちが狂暴化するようにしてある。


 ―グルルルルルルルルル

 ―キシャアアアアア!!


 早速、迷宮内のモンスターに遭遇したらしい。

 狂暴化したモンスターたちの呻き声が聞こえてくる。


「生意気な平民出身者め、地獄を見るが」


 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


 という轟音が地下から聞こえてきた。

 同時に地震でも起きたかのように地面が揺れる。


 ―グギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 ーピギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!


「……魔物たちの呻き声が断末魔に変わった気がするのだが、気のせいだよな?」 


   □□□


 その日の深夜、少し校舎からは離れた位置にある第4運動場ではアルク・リグレットが一人、剣の素振りをしていた。

 指導をしてくれるリックが何やら特別な訓練を受けるためと言われて教官たちに連れていかれたうえに、昨日の模擬戦での疲れもあるため自然と本日の訓練は休みとなったのだが、アルクは静かに自分の寝床を抜け出し自主訓練を行っている。

 やや、昨日受けた腹部の傷が痛むものの、体は普段よりも軽く感じていた。

 もしかしたら、今日発表された中間成績を見たからかもしれない。とアルクは自己分析をする。

 結果はアルクが総合一位。

 二位であるリックは特に実技や訓練において凄まじい成績を残しているが、いかんせん武器を使っての項目が致命的だった。大砲の実射訓練で砲弾が真後ろに飛んでいったときは、むしろ才能なのではないかと戦慄したAクラス一同とペディック教官である。


(……だめだな。一先ずの結果が出たとはいえ、気を緩めては)


 心の中で兜の尾を締め直し、再び訓練に集中しようとするアルク。

 だが、その時。

 アルクは異変に気付いた。


(視線……? 誰かがこっちを見ている?)

 

 次の瞬間。


 第四運動場を囲むように生い茂る森の中から、5つの影がアルクに跳びかかってきた。


「……っ!?」


 アルクはとっさに全身に魔力を循環。身体強化を施し、素早く後ろに跳び去る。

 ギリギリの所で不意打ちを回避したアルクは、襲撃者の姿を観察する。

 つま先から顔まで全身を黒い鎧で覆った者たちである。


(こいつら、何者だ……?)


 そんなことを考えている間に、5人の内の一人がアルクに向かって突進してきた。


「速い!!」


 先日戦った王族警備部隊の『瞬脚』には遠く及ばないが、十分に素人の域を超えている。

 おそらくは、二等騎士のレベルに達している動きである。


「だが……」


 アルクは訓練用の刃の研がれていない剣を構え迎え撃つ。


「相手が悪かったな!!」


 アルクは先日、奇跡的とはいえ一等騎士を破った人間である。実力では確実にアルクが上だ。

 敵の攻撃を懐に潜り込んでかいくぐると、基礎三型の一つ『薙ぎ払い』を叩きこむ。

 洗練された動きと、強化されたアルクの身体能力によって放たれた一撃は、黒い鎧の上からでも、襲撃者の体に凄まじい衝撃を与えた。


「ごっは……」


 悶絶しその場に倒れる襲撃者。

 アルクは倒れ伏した敵の剣を拾い上げる。


(……なんだ? 何か違和感が)


 アルクがそんなことを考えた隙に、今度は残った4人の黒い鎧の男たちが一斉に襲い掛かってきた。

 次々に繰り出される攻撃を何とかかわすアルク。

 この4人もやはり、二等騎士レベルの実力を持っていた。

 本来、一等騎士レベルなら二等騎士4人を倒すのは可能だが、アルクは多対一の経験が全くなかった。加えて、敵が闇に紛れやすい黒い鎧を身に着けているとあっては圧倒的に不利である。

 アルクがそんなことを考えたその時。


「おりゃああああああああああああああああ!」


 突如、アルクの背後から大きな影が襲撃者たちの方に跳びかかった。

 ガイルである。

 訓練用の剣で相手の一人を受け止めた剣ごと弾き飛ばす。

 勢いよく地面を転がった襲撃者は、そのまま気を失ったのか動かなくなった。

 相も変わらず、驚くべき剛腕である。


「へっ、俺たちに隠れて一人で修業たあやってくれるなアルク」


「アルクさん、ただ事じゃないみたいですね。この人たち何者なんですか?」


 ヘンリーがそう言ってアルクの横に並び立つ。

 

「さあ、何者なんだろうな」


 仮にもここは騎士団の直接管轄地。お上のお膝元である。

 余程の馬鹿でもなければ、悪ふざけで忍び込むようなことはあるまい。


「テロリストの類……いや、学園を占拠するにしてはあまりにも軽装過ぎる気がしますし」


「はっ、そんなこたあ、ぶっ飛ばしてから考えりゃいいだろ」


 ガイルがそう言って、剣を構える。

 アルクは頷いた。


「それもそうだな、私とガイルが一人ずつ倒したからすでに敵も3人、こちらと同じ人数だ」


「ぼ、僕が一人分に入ってもいいのか分かりませんけどね」


 ヘンリーも若干腰が引けつつも剣を構えた。

 だが。思わぬ人物が現れることになる。


「いやいや、まさかここまで手間取るとは」


 いつものように穏やかそうな笑みをした70歳近い老人。東方騎士団学校の学校長、クライン・イグノーブルである。

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