第51話 襲撃

 学校長は森の方からゆっくりとアルクたちに向かって歩いてくる。その横には新たに9人の黒い鎧の男を引き連れていた。


「よいですね。非常に優秀だ。それでこそ私の見込んだ商品です」


「……商……品?」


 口調こそ普段の学校長と変わらず穏やかである。

 しかし、何かが致命的に違っていた。普段自分とチェスを打ち、チェックメイトをされれば困った顔をする老人とは明らかに何かが違うのだ。

 

「では。当初の予定通りアルク・リグレットを確保してください。下手に傷をつけることは許しませんよ」


 学校長のその言葉に、襲撃者たちが一斉に武器を構える。

 

「おいおいアルク。どうするよ。黒い奴らで動けるのは12人、こっちは3人か……1人で3人は相手にしなくちゃならねえとは、ちときついな」


「4人ですガイルさん」


「あ、あれだ。俺の地元じゃこういう数え方をするんだよ!!」


「それは、なんと言うか文明レベルを疑いますね……」


 ドルムント領に対する熱い風評被害である。

 しかし、本当にどうにもならない状況であった。敵は1人1人が二等騎士レベルに達するだろうかという戦闘能力の持ち主である。ガイルやアルクは一対一なら勝てるだろうが、いかんせん数に差がありすぎる。

 一方アルクは、剣を構えることも忘れてその場に立ち尽くしていた。


「学校長。あなたは……」


「おい、アルク!! しっかりしろ。ボーっとしてたらやられ」


 ガイルがみなまで言い終わる前に、13人の襲撃者たちが一斉に動き出そうとした。

 その時。


「おい、貴様ら!! そこで、何をやっている」


 夜間の見回りに来ていたペディック教官であった。


 ペディック教官はアルクに聞く。


「夜間外出許可を出したとはいえ、あまりにも帰りが遅いから来てみれば。これはいったいどういう状況だ?」


「ああ、ペディック君ですか」


「が、学校長!? 本部に戻られたはずでは!?」


「まあいいでしょう、君にもいずれ教えることでしたがね」


 その時、ヘンリーはあることに気づいた。


「……え?」


 なんだこれは?

 いや、あり得ないだろう。

 そう思いつつもヘンリーは言う。


「あの……そこで倒れてるのDクラスのグランツ教官じゃないですか?」


「……なに?」


 ガイルは先ほど自分が倒した襲撃者を見る。

 地面に倒れ、全身を覆う黒い鎧の頭部だけが取れていた。

 その鎧の下から出てきたのは、確かに集会や廊下等で何度も見たDクラスの担当教官の顔である。

 ガイルは困惑した様子で言う。


「おいおい、何がどうなってんだ?」


 学校長が小さく右手を上げて指示を出すと、黒い鎧の襲撃者たちが兜を取った。

 そして鎧の下から現れたのは教官たち。それも皆、伝統派と呼ばれる学校を牛耳る貴族上がりの教官たちである。

 学校長は言う。


「なに、別に大したことではないですよ。ペディック教官。私とここにいる伝統派の職員たちは協力関係にあってね。普段職員たちの横領や賭博の主催という、ちょっとした悪戯を見逃す代わりに、時々こうして私の副業にも協力してもらっているわけです」


 穏やかな口調は変わらないが、その口元は愉悦に歪んでした。


「今回は10年前の大貴族の跡継ぎの始末以来の、人身売買という大きな仕事でしてね。こうして大がかりな作業になってるわけです」


 十年前と言えば、『地下特化訓練』の最中に死者が出たという年である。つまり、10年前の事故はそういうことだったのだ。


「ペディック教官はまだ若いが立派な伝統派の一員だ。いずれは、声をかけるつもりでしたよ」


「そ、それは……」


 ペディック教官は唖然としたまま、学校長の話を聞く。


「なーに、予算の横流しなど、どこの機関でもやってます。ウチは少々多いですがね。特別手当みたいなものだと思ってくれればいいです。それに、我々の仲間に加われば、いずれは騎士団学校の上級士官コースの教官職をお約束できますよ」


「それは……」


 学校長が人間と死後の魂を貰う契約を交わす悪魔のように、ニヤリと笑った。


 が、しかし。


「それはダメでしょうがあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「なに……?」


 眉を顰める学校長。

 ペディックはまさに伝統派とも言うべき人間である。世間を知らず、現場を知らず、虚栄心と嗜虐心に満ち、倫理と良心に欠け、強欲でプライドが高い。甘い汁をちらつかせれば、容易くしっぽを振るだろう。

 学校長はそう考えていた。

 だが、根本的なところでペディック二等騎士のことを見誤っていたのである。

 簡単に言うとペディックは超の付く馬鹿で世間知らずだった。

 生徒にキツイ訓練を課して楽しむ嗜虐心はもちろんあったとはいえ、自分のやっていることは厳しい教育であり正しい行いだと思い込んでいた。なぜなら自分が新入団員だった頃の教官たちは皆そうだったから、そういうものなのだろうと思っている。特別強化対象についても、学校の威信や適性の無い生徒を諦めさせるため。という皆が会議で口にする建前を本気で信じていたのである。

 ペディックにとっては、教官とはそういうものであり。教育とはそういうものなのだ。

 だが、目の前の行為は単なる誘拐と奴隷売買である。

 誘拐と奴隷売買は教育だろうか?

 否。

 無い。それはさすがにあり得ない。いくら馬鹿でもそれくらいは分かる。

 学園長の提示した甘い汁など、ペディックは聞いてすらいない。無駄に建前を信じ込む馬鹿正直さが自分は教育者であるという矜持を生み、学校長の誘いを拒絶したのだ。


「だあああああああああああああ!!」


 ペディックは背中に担いでいた斧を引き抜き、黒い鎧の騎士たちに突進する。

 大きく振りかぶり横に一閃。


ドゴオオオオ!!


と轟音が鳴り響き、黒い鎧の騎士を三人まとめて吹き飛ばした。


「つ、強い……メチャクチャ強いじゃないですかペディック教官」


 唖然とするヘンリー。


「むしろなんでまだ、二等騎士なんだ……」


 ガイルも開いた口が塞がらないようである。


「それは、あれだ。昇級試験の日はいつも調子が悪くてな」


 ペディックは言葉に詰まりながらもそう言った。

 実は筆記が壊滅的だからとは生徒には言えない。教官とはそういうものだ。

 ちなみに、余談ではあるが学生の深夜外出は原則教官の許可と戻ってきた確認がいるため、教官の誰かが起きて待機していなければならない。504班の連日の夜間自主訓練で毎回その役割を担ってくれたのはペディックである。

 ペディックはどこまでも馬鹿正直に教官なのである。


「くっ、全員で囲め」


 他の伝統派の教官たちは後輩であるペディックを学生時代から見ていたので覚えている。

 筆記の悪さで同期のシュライバーに首席は譲ったが、この男は入学から卒業まで模擬戦を全て一撃で勝利するという記録を作っているのだ。

 そして、ここでさらに頼もしい味方が登場する。


「おいおい、ずいぶんと物騒なことになってるね君たち」


 朝方王都での任務から戻り、夜の巡回をしていた警備部隊長、シルヴィスター・エルセルニアである。

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