第52話 勝てると思っていたのか?

 シルヴィスターは剣を抜くと、流れるような動きでペディックを取り囲んでいた伝統派の教官の一人に切りかかる。

 素早く、そして無駄がない。

 実戦により磨かれた剣である。


「があ!!」


「おのれえ!!」


 数人で襲い掛かる伝統派の教官たち。


「強化魔法『瞬脚』」


 シルヴィスターは『瞬脚』を用いて大きく後退して、相手との距離を取った。

 そして、右手を相手に向ける。


「煉獄の炎、その熱を以って、森羅万象灰燼に帰せよ。第三界綴魔法『フレイム・イリミネート』!!」


 シルヴィスターの右手から炎の玉が放たれた。

 炎は地面に着弾すると大爆発を起こし、近くにいた伝統派の教官たちを吹き飛ばす。


「す、すごい威力の界綴魔法だ。騎士なのに魔導士にも引けを取らないぞ……」


 ヘンリーは戦慄しながらそう言った。ワイト主任教官もアルクを倒すのに界綴魔法を使ったが、明らかに威力のレベルが違う。


「市街戦の多い騎士は強化魔法を重視する。まあ、常識だし基本だと思うけど、実戦はそれだけでなんとかなるほど単純じゃないよ。周りに何もないところで戦う時もあるし、多少の被害には目をつぶっても遠距離から広範囲攻撃をしたほうがいいこともある。一流の騎士は一部の超特化型を除いて界綴魔法もそれなりに使えるさ。模擬戦のプロフェッショナルである伝統派の教官どのたちは、強化魔法以外ロクに使えない人が多いみたいだけどね」


 シルヴィスターはウィンクをしながらそう言った。


「さて、ペディック教官。正直いけ好かなかった伝統派の教官たちが、そろいも揃ってテロリストみたいな恰好をしてるわけだけど」


 シルヴィスターはペディックの横に並び立つ。


「違うな。奴らはもう教官ではない。ただの誘拐犯だ」


「ほうほう、それはそれは警備部隊長として是非とも事情聴取せねばいけないね」


「部署は違うが協力しよう。感謝状はいらんぞ。訓練ではあえて危険にも晒すが、生徒を守るのは教官の義務だ」


 ペディックとシルヴィスターの二人は圧倒的であった。

 当然と言えば当然だろう。片や数こそ多いが模擬戦ばかりで実戦経験に乏しい二等騎士の伝統派の教官たち。片やその模擬戦で学生時代から無敗の男と、騎士団の中でもガチガチの武闘派が集う警備部隊の部隊長である。

 もはや、アルクたちの出る幕などなかった。縦横無尽に動き回り伝統派の教官たちをねじ伏せていく。

 大勢は決したように見えた、その時だった。  

 

「はあ……」


 溜息と共に、学校長が一歩前に出る。


「なんとも情けない。君たち下がっていなさい」


 その言葉を聞いて、伝統派の教官たちは一斉に後退した。

 次の瞬間。


「がはっ!!」


 アルクの体がくの字に折れ曲がり、意識を失ってその場に崩れ落ちた。


「「「「なっ!?」」」」


 驚愕する一同。

 ヘンリーやガイルだけではない、シルヴィスターやペディックの目ですら学校長の動きを捉えることはできなかったのである。


「さて商品は一先ず動けなくしましたし。後は……商品にたかる小うるさいハエを始末しますか」


 学校長が4人の方を見る。

 老人の全身から強烈な殺気が放たれた。


「あ、ああ……」


 誰よりも弱いゆえに、誰よりもそういったものに敏感なヘンリーは、一瞬にして全てを悟った。

 あれは……とてつもなく恐ろしいものだ!!


「み……皆さん!! ダメです!! 逃げないと!!!」


「何言ってんだヘンリー!? 確かにヤバそうだけどよ。アルクを置いて逃げるなんてできねえだろ」


 ガイルがそう言った。

 ペディックとシルヴィスターも逃げようとしない。


「そ、そうだけど。確かにガイルの言う通りだけど……」


 でも、そうは言っても、アレは……

 そんなヘンリーに学園長が言う。


「どうしました? 私が怖いですか?」


 学校長の双眸から今度は直接ヘンリーに殺気が向けられる。

 つま先から脳髄まで、ヘンリーの全身を恐怖が支配する。

 そして。


「……っ、うああああああああああああああ!!」


 ヘンリーは背を向けて逃げ出した。


「ふん、くだらない。まあ、賢明な少年と言ってもいいかもしれませんが」


「おい! ヘンリー!!」


 シルヴィスターはガイルの肩を叩いて言う。


「責めてやるなよ。それよりも、目の前の敵だ」


「お、おう!」


 まず、最初に仕掛けたのはペディックだった。


「はあああああああああ!」 


 斧を振りかぶっての一閃。

 二等騎士をまとめて吹っ飛ばす剛力である。

 しかし。

 学園長は難なく素手で受け止めてしまった。


「なっ!!」


 そして、学校長が小さく呟く。


「固有スキル……」


 その瞬間。


「!?」


 ペディックがなんの脈絡もなくいきなり体勢を崩して転倒した。

 学校長は地面に倒れこんだペディックを、無造作に蹴り飛ばす。


「がはぁ!!」


 一蹴りでペディックの大柄な体が20メートル近く吹っ飛ぶ。


「くっ、何かは分からないがどうやら接近戦はマズいみたいだ。強化魔法『瞬脚』」


 シルヴィスターが後ろに跳んで距離を取ろうとする。

 しかし。


「遅いですねえ」


 学校長は一瞬でシルヴィスターとの距離を詰めた。

 あまりにも加速力の桁が違う。

 シルヴィスターは剣で迎撃しようと試みるが、学校長の振った剣がシルヴィスターに到達する方が早かった。

 袈裟に斬りつけられて大量の血が噴き出す。幸い腰から上が斬り飛ばされることにはならなかったが、シルヴィスターはその場に倒れた。


「くそおおおおおおおおおお!!」


 近くにいたガイルは、シルヴィスターに攻撃した隙を狙って切りかかる。

 しかし、その瞬間。ガイルは不思議な感覚を覚えた。

 まるで氷の上でも走ったかのように、靴底がなんの抵抗も無く地面の上を滑ったのだ。


「なっ!!」


 そのガイルに向かって学園長が横薙ぎに剣を繰り出す。

 咄嗟に自分の持つ剣で受け止めようとするガイル。

 が、再び奇妙なことが起こった。訓練用とはいえ一応は質のいい鉄でできているはずのガイルの剣が、なんの抵抗も無く学園長の剣に切り裂かれたのだ。


「がはっ!!」


 肩から縦一直線に斬り裂かれたガイルはその場に膝をつく。シルヴィスターと同じく、体が生き別れることはなかったが、それでも傷は浅くない。


「く、クソ……学園長の野郎、どうなってんだこの強さは……」


 ガイルは息も絶え絶えになりながらそう言った。

 打ち合ってみて感じたのは、圧倒的すぎるほどの力の開きである。そう、それこそリックと対峙したときに感じるような……

 学園長は地に伏したガイルたちを見下ろしながら言う。


「ふふ、特等騎士の私に勝てると思ったのですか?」


 その言葉に、ガイルたちは驚愕し目を見開いた。


「なん……だと!?」


「王騎十三円卓第五席、クライン・ガレス・イグノーブルです。これでも先の帝国との大戦では一騎当千と言われてもいい活躍したのですよ?」

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