第53話 取っておいた最後の手段

 ガイルたちは言葉が出なかった。

 自分たちの目の前にいる相手が王国の決戦兵器と呼ばれる化け物であるという事実を、脳が受け入れることを拒否しているかのようだった。だが、いかに現実逃避をしようとしても、ガイルはおろかシルヴィスターやペディックも一瞬でねじ伏せられてしまった事実は変わらない。


「まあ、大戦もずいぶん昔ですし『秘匿番号』の一人なのでアナタたちが知らなくて当然ではありますが。さて……」


 学校長は気絶しているアルクを担ぎ上げる。


「予定通り、さっさとこれを本部へ持って帰って受け渡しの準備をしますか。では、伝統派の皆さん。さっきのガキを追いかけて始末しておきなさい。そこの残りカスたちも含めてね」


 そう言って学校長はその場から去っていった。

 そして伝統派の教官たちの数人が、ヘンリーが逃げていった方に走っていく。


「ま、待て……っ!!」


 ガイル、ペディック、シルヴィスターの三人はなんとか立ち上がるが、いかんせん学校長に負わされたダメージが大きすぎる。特にペディックとシルヴィスターはダメージが酷く放っておくと命に係わるレベルである。

 そんな三人にその場に残った伝統派の教官たちは容赦なく襲い掛かった。


  □□□


 しばらくの間はなんとか善戦していたガイルたちだったが、まず最初にシルヴィスターが意識を失って倒れた。明らかな出血多量である。

 続いてペディック。学園長の強烈な蹴りを食らっており、骨や内臓が滅茶苦茶な状態だった。むしろ、その状態でしばらく戦えたのが驚異的である。

 残ったガイルも、とうとう膝をついた。


「はあ、はあ、くそっ……騎士団学校来てから思い通りにならねえことばっかだぜ……」


 ドルムント領で裏路地の支配者を気取っていた自分は、中々に見事な井の中の蛙だったものだ。


「ただまあ、偉そうにして鬱陶しかった教官どもにこうやってたてついてやれたのは悪くねえな」


 伝統派の教官の一人が、ガイルに切りかかる。


「クソ、すまねえな。なんとか自力で逃げだしてくれアルク、無事でいやがれよヘンリー……」


 その時。

 ドサア、と何かが上空から降ってきた。

 突然の出来事に、その場の全員が動きを止めて飛来物を見る。

 そして、全員がどういうことだと口を開けてポカンとしてしまう。

 なんと、空から降ってきたのは先ほどヘンリーを追いかけた、伝統派の教官たちであった。


「はあ、なんだったんだろコイツら。さっきスゲー勢いで走ってるヘンリーとすれ違ったと思ったら、いきなり現れて襲い掛かってきて……」


 その男は、頭をポリポリと掻きながら現れた。

 

「ダンジョンの方も何もなかったし……ってあれ? ガイルくん何やってんの?」


 本日の昼からダンジョンに潜っていたはずの、リック・グラディアートルである。


   □□□


「ば……化け物だ!!」


 ダンジョンの入り口を監視していた教官はガタガタと震えていた。

 その手には10個の魔力結晶。そう、あの特別強化対象は一等騎士でさえ三か月はかかると言われているダンジョンをたった半日で攻略してしまったのである。

 恐る恐るダンジョン内をのぞき込んでみる。

 もはやそれはダンジョンでは無くなっていた。モンスターの死骸がそれこそ山のように転がっており、ダンジョンの壁が根こそぎ破壊され、単なる広々とした一つの空間になっていたのである。


「ハハハハ……」


 教官はヘナヘナとその場にへたり込んだ。


   □□□


「……んーと、とりあえず倒しちゃったけど」


 突如現れた中年の男と、伝統派の教官たちの戦いは数秒すらかからずに終わってしまっていた。

 伝統派の教官たちが一斉にリックに切りかかったと思ったら、ガイルが瞬きをして目を開けたときには、全員が砲弾のような速度で四方八方に吹っ飛んでいたのである。

 ガイルは言葉がなかった。何度目の当たりにしても、信じがたい戦闘能力である。


「しかし、こりゃ……何があったんだ?」


 リックはそう言って首を傾げた。


「聞いて……ください、リックの兄貴……アルクのやつが……」


 さすがに限界が来ていたのだろう、ガイルはそこまで言ったところで意識を失った。


  □□□


 リックが追っ手を叩きのめしたおかげで逃げ切ったヘンリー・フォルストフィアは、504号室で頭まで布団を被ってうずくまっていた。


「……逃げた……また僕は……アルクさんを見捨てて……」


 思い出すのは家族のことであった。

 生まれつき体の強くなかった末っ子のヘンリー。

 一方、兄も姉も活動的だった。

 ヘンリーは小さいころ、兄と姉に外に連れ出されて遊んだ。

 しかし、広い敷地を領民の子供たちと所狭しと駆け回る二人に、全くついていくことができない。

 何度も転び、何度もぶつかり、何度も泣いた。

 そして、二人はそんなヘンリーにこう言うのだった。


『無理はしなくていいよ。ヘンリーは体が弱いんだから』


 ああ、全くだ。こんなひ弱な人間なんだ。仕方ない。

 リックには両親に無理やり騎士団を受験させられたなどと言ったが、本当は自分が強く拒否をすれば両親は自分に入隊試験を受けに行かせるようなことはないのを分かっていた。

 フォルストフィアの人々は、どこまでも末っ子に「優しかった」。

 ガラガラと、504号室が開く音がする。

 入ってきたのはリックであった。


「……リックさん」


「ガイルたちはとりあえず医務室に運んで治療してもらってるが、おい、ヘンリーいったい何があったんだ?」


 そう尋ねてきたリックに対して、ヘンリーは今夜のことを話した。

 突如、アルクを襲ってきたクライン学校長と伝統派の教官たちの真の目的。初めからアルクの弟を助ける気など無かったということ。

 リックは黙って話を聞いてきたが、次第に眉間にしわが寄っていった。指導を通してアルクの努力する姿を誰よりも見てきたリックである。その思いを踏みにじったクライン学校長たちに対する、強い怒りが内側に湧き上がっているのが分かった。

 そんなリックにヘンリーは全てを話す。

 自分が真っ先に逃げ出したことも……。

 そして、一通り話し終わった後、ヘンリーは自然とその言葉を口にした。


「仕方ない……僕は悪くない……」


 自己弁護の言葉である。


「あそこに僕がいても何もできるわけがないですから……馬鹿馬鹿しい。何をやってたんだろう今まで……強い皆の熱に乗せられて、僕まで強くなった気になって……意味ないんだよ……そんなことしても……」


 自分で耳を塞ぎたくなるような、本当は言いたくもないはずの言葉が次々に自分の口からあふれ出てくる。


「僕は生まれつき体が弱くて、気が弱くて、意志が弱くて、ずっと本ばっかり読んで、父さんや母さんや兄さんや姉さんやガイルや……リックさんみたいに強くないから。だから、あそこで逃げたとしても僕は悪くない……」


 リックは黙って聞いていたが一度頷いた後、口を開いた。


「そうか。なあ……」


 ああ、いいさ。

 なんとでも言えばいい。弱虫でも意気地なしでも言い訳野郎でも、なんとでも罵ればいい。

 僕は生まれつき体が弱くて、気が弱くて、意志が弱くて……


「悔しかったな、ヘンリー」


「……え?」


「ほんとはアルクを守るために戦いたかったよな。逃げ出したくなんかなかっただろ」


 そう言って、リックはヘンリーのベッドの前にしゃがみ込んだ。


「もし、自分が学校長たちと戦えるくらいくらい強かったら、絶対に助けようとするのにな」


 何を言ってるのだろうか、この人は。こんなに強い人が。


「……リックさんには分からないですよ」


「分かるよ。俺も、自分の力に自信が持てなくて、ずっと踏み出せなかった人間だから。一歩踏み出すのに30年もかかった臆病者だからな。悔しかったよ、俺もずっとずっとな、自分が嫌いだった」


 ヘンリーの目頭が熱くなった。


「ぐっ……」


 手を爪が食い込んで血を流すほどに強く握りしめて言う。


「悔しい……弱くて臆病で根性の無い自分が、情けなくて……動き出せないことが……悔しい……」


「うん。そうだな……男の子だもんな悔しいさ」


 リックはヘンリーの頭を一度撫でると、立ち上がった。


「さて、行くか」


「……どこへ?」


「決まってるだろ。アルクを助けに行く」


 相手はクライン学校長。東方騎士団の本部長でもある男だ。

 つまり、東方騎士団のトップでもあり、それを相手にするということは東方騎士団そのものを相手にすると同義である。

 だが、リックは当然のようにそう言ってのけた。

 ヘンリーはやっぱりすごいなこの人はと驚愕する。そうして同時にこうも思う。

 そうだ僕は弱いから。リックさんみたいに強い人に任せておけばそれでいい。

 それしか……。

 そんなヘンリーの胸中を察してか、リックは言う。


「大丈夫だよ。ヘンリーはいつか立ち向かえる」


 その無責任な言葉に、再びヘンリーの内から黒い熱が湧き上がった。


「……何を……そんなこと……何を根拠に!!」


「だって、泣いてるだろ?」


「え?」


「悔しくて泣いてるだろ」


 リックはヘンリーの方に振り向く。

 視線が合う。


「その気持ちを忘れなければ、きっといつか踏み出せるさ」


 リックの目には一切の淀みは無かった。薄っぺらな慰めでもない。ただ、自分の信じるものを真っすぐに伝える人間の目だった。


   □□□


 『オリハルコン・フィスト』のメンバーたちが、旧校舎の空き教室に集まっていた。

 メイド服のリーネット、特別士官コースの制服を着たブロストン、整備部隊の制服を着たミゼット、そして、なぜか予定からずいぶん遅れて本日到着したアリスレートである。

 

「……アリスレートよ。お前今までいったい何をやっておったのだ?」


「せやで、ちょうど今日来るなんて。三か月前には着いとるはずやったろ」


 ブロストンとミゼットの質問にアリスレートは食堂から拝借してきたローストハムを頬張りながら答える。


「えーとねー。馬車のおじさんと色々なところに行ってた。なんか、途中で何度も山賊さんたちに襲われてねー。何回目かで荷物とられちゃったから山賊さんたちの家にお邪魔して返してもらってきたりして、うん、色々寄り道もしたし楽しかったよ!!」


「そ、それは何よりやな……」


 ミゼットはその馬車のおじさんと山賊さんたちに合掌した。

 まあ、それはさておき。と、ミゼットは前置きして言う。


「結局、東方騎士団学校全域を捜索しても『六宝玉』は見つからなかった。となると何者かによって外部に持ち出された可能性が高いっちゅうことやな」


 リーネットは言う。


「はい。とはいえ、常に可視化するほどの高純度の魔力を放つ代物。そうそうあちこちに持ち出せるようなものではないはずです。ミーア・アリシエイト・レストロア侯爵に騎士団学校への人や物の流れは、目を光らせてもらっていますから、なんらかの方法でその目をかいくぐったことになりますね」


「うむ。だがまあ、まずは今一度活動期に入った『紅華』の共鳴を使った探査で、『六宝玉』の位置を再度探索しないとな。ミゼット、頼んだぞ」


「はいな」


 ミゼットは魔力複写紙の上に乗せた『紅華』に魔力を注ぎ込む。


「十六方位の風、天地人の水、未来と現在と過去の光、放浪する我らの行く末に先達の一筆を賜らん」


 100日間に一度の活性化状態にある『六宝玉』は、性質の近い他の『六宝玉』の場所を示す。

 

「第六界綴魔法『アース・マッピング』」


 複写紙の上に地図が描き出されていく。それは前回探索したここ、東方騎士団学校とは違っていた。


「ふむ。これは……」


 それを見てブロストンが唸る。

 その時。

 ガラガラと教室のドアが開いた。

 リック・グラディアートルである。


「リック様ですか。ちょうどいいところに……」


 リーネットは言いかけて、リックの表情を見て言葉を止めた。


「リック様。何かありました?」


 察しのいいリーネットにリックは頷く。

 ブロストンはふむ、と一度頷いて言う。


「まあ、全員一先ずこれを見てくれ」


 5人は魔力複写紙を覗き込む。 

 それを見て、リックは目を丸くした。


「……東方騎士団『本部』ですか」


「うむ、王国東部の警察警備軍事の総本山といったところだな」


「へえ、こりゃまたえらいところに移動したもんやなあ」


「周りをグルーっと、囲んでるのはおっきな壁かなー」


 それぞれ反応を示す『オリハルコン・フィスト』のメンバーたち。

 そんな彼らに対して、リックは言う。


「……皆さん。前に『アース・マッピング』使ったときのこと覚えてますか?」


「ん? なんや急にリック君。そりゃあ確か、アリスレートが魔力を込めようとしてワイが止めて。その後、東方騎士団学校にあるってことが分かって……」


 リックはニヤリと笑って言う。


「先輩方。取っておいた最後の手段殴り込み、使いましょう」


 リックのその言葉を聞いて、リーネットを除く3人も心底楽しそうにニヤリと笑った。

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