第49話 アルクVS一等騎士

「それでは、始めっ!!!」


 ペディックの声と共に副将戦が始まった。

 シュライバーは、両手で持った剣を中段に構える。

 そして、敵を観察。

 たしか、名はアルク・リグレット。平民出身で非常に整った綺麗な顔立ちをしており、少年というよりも少女に見える。

 しかし、自分と同じく中段に剣を構えたアルクの様子を見て、シュライバーは持ち前の相手の強さを判断する洞察力ですぐさま、それを感じ取る。


(……警戒が必要だな)


 まずもって、構えが安定している。まるで、地に深く根を張っているかのようである。それは、シュライバーが少し左右に動いたところで変わらない。しっかりと根を張ったまま、こちらの方に向きを合わせてくる。


(加えて、色濃く放たれる魔力の量。一等騎士の中で見ても上位の部類だ)


 シュライバーは集中力を研ぎ澄ませてアルクを見る。自分からは仕掛けない。軽々に仕掛けていい相手ではない。

 一方アルクもそれは同様だった。中段に構えたまま動かない。

 静寂が闘技場を包んだ。


   □□□


 それから数分、両者はにらみ合ったままお互いにすり足で距離を測る。まだ一度も打ち込みは無い。

 その様子を見て、ガイルが言う。


「慎重っすね。アルクのやつも。そういえば、俺はよく知らねぇんですが。アルクのやつは基礎訓練以外でリックの兄貴にどんなアドバイスをもらってたんです?」


「僕はリックさんと模擬戦を何度もしてたのを見ましたけど」


「よく見てんな、ヘンリー」


「え? あ、ああ偶然。偶々見たんだよ」


「ヘンリーの言う通りだ」


 リックは腕を組んで言う。


「アルクは基礎訓練以外、ひたすら俺と模擬戦をしてた」


「そ、そうですか。アルクのやつよく死ななかったな……」


 ガイルが本気で同情を込めてそう言った。

 思えば、最近やたらとボロボロになって部屋に戻ってくることが多かったが、そういうことだったのか。

 リックは話を続ける。


「その中で、俺は確信したよ。アルクは素質が高いうえに、恐ろしいほどに勤勉だ。騎士団学校の教本から学んだ技術を、実戦の中で次々にモノにしていった。凄い勢いで強くなっていったぞ。若い才能にオッサンちょっと嫉妬するくらいにな」


   □□□


 五分近い静寂を破り、先に仕掛けたのはシュライバーの方だった


(こういう時、待ちの根比べを仕掛けるのが本来の俺のスタイルだが、ここは先輩として後手は譲ろう)


 身体強化を全身にかけ、力強い踏みこみからの切り下ろしを繰り出す。

 それに対してアルクも応じる。

 アルクはシュライバーの剣を頭上で受け止め。僅かに剣先の角度を変えて、敵の剣の軌道を逸らす。

 さらに、敵の剣を受け止めた反動を使って力強い突きを打ち込んだ。


「むっ!!」


 シュライバーはとっさに後ろに飛ぶが、それでも訓練用の剣が王族親衛隊の制服を掠める。


「これは、予想以上だな……」


 シュライバーの額に冷や汗が滲む。

 今、アルクが行った一連の動作は王国式剣術「攻防一体の七型」の一つ、『流し突き』である。

 シュライバーの記憶が確かなら、すでに授業で習っているはずの型であり、新入団員が知っていること自体にはなんら疑問は無い。


(問題はその動きの完成度だ……)


 シュライバーの制服の一部が切れている。先ほどアルクの剣が当たった場所である。実戦に耐えうるよう丈夫な素材でできている制服を、刃の研がれていない訓練用剣の一撃で切り裂いたのである。

 思わず称賛を送りたくなるほどの技の切れだった。


(仮にも一等騎士である俺の一撃を、容易く逸らしたのもそうだ。徹底的な反復で型を体に染み込ませている。しかも、それを実戦の中で正確に行う実戦勘。身体強化も十分に実用レベル)


 おまけに魔力量は一等騎士の中で見ても上位に入る部類と来ている。


(驚いたな……本当にこれがまだ入団して数か月の新入団員だというのか。実力だけ見れば完全に一等騎士レベルだ)

 

 シュライバーはこの瞬間、一切の手加減を捨てた。


「強化魔法『瞬脚』!!」


 シュライバーの体が一気に加速した。

 想定以上の速度にアルクの待ちの構えが乱れる。

 一瞬でアルクの懐に飛び込むと、そのままの勢いで真っすぐに剣先をアルクに向かって突き出す。

 王国式剣術基礎三型『直突き』である。

 しかし、アルクの応手も素晴らしいものだった。少し体勢を崩されているはずなのに、正確さを微塵も失わず防御五型、『上手払い』を行う。

 アルクは素早く剣を持つ上の手を放し自分の剣の刀身の腹に添えると、シュライバーの一撃を打ち払った。

 次はアルクの方から仕掛ける。

 基礎三型『切り下ろし』。その動きは教本をそのまま映したかのように正確、かつ鋭い。

 それに対しての、シュライバーの応手は。


「強化魔法『剛拳』!!」


 先ほどガイルも使った、腕の筋肉を魔力により収縮させる強化魔法。それを使って力任せにアルクの切り下ろしをはじき返す。


「くっ!」


 態勢は明らかに有利だったにもっかわらず、『切り下ろし』を防がれたアルクは少しのけぞる。

 シュライバーはすでに、アルクと自分の優劣をしっかりと把握していた。

 剣術の型の精度と『魔力量』ではアルクに分があり。

 『体力』と『魔力操作』、そして使える魔法の種類ではシュライバーに分がある。


(ならば、俺の優勢な分野で敵の得意分野を封じるまで。身体強化と魔法を駆使して常に相手に強く速い攻撃を叩きつけて、体勢を整えさせない。教本通りの型を実戦の中で容易く使う練度は見事だ。しかし、型は始めの構えが乱れた瞬間にその精度を著しく低下させる)


 シュライバーの猛攻は始まった。

 身体強化や強化魔法によって繰り出される、速く重い連撃。

 一撃一撃が、アルクの型を僅かに乱す。そして、その乱れはやがて大きなうねりとなり、崩壊を引き起こす。


「はあ!!」


 シュライバーの渾身の一撃で、アルクの姿勢が大きく崩れる。


「しまっ!」


 その隙を逃すシュライバーではない。


「強化魔法『瞬脚・厘』!!」


 今までよりも遥かに素早い動きとともに、姿勢の崩れたアルクの懐に滑り込み一撃。

 速度を乗せた胴打ちを叩きこんだ。


「がっ……!!」


 完璧に決まった。

 シュライバーの剣を持つ手に確かな手ごたえ。

 アルクの体がくの字に折れ曲がり、弾き飛ばされる。

 地面を5メートルほど転がったが、幸いにも場外にはならなかったようである。


「ぐっ……あ、ぐ……」


 立ち上がろうとするアルク。

 しかし。一等騎士の強化魔法を上乗せした一撃をモロに食らったのだ。衝撃で脳は揺さぶられ意識は朦朧とし、強く打たれた肺は呼吸すらままならない。

 その様子を見て、シュライバーは構えを解く。


「ふむ。いい試合だった。末恐ろしい少年だな」


 そう言って去ろうとしたその時。


「む!?」


 背後から感じ取った殺気に反応し、シュライバーはその場を飛び去った。

 次の瞬間、さっきまでシュライバーの立っていた位置に、剣が振り下ろされる。

 冷や汗を流しつつ、シュライバーは振り返る。


「これは驚いた、大した精神力だな……」

 

 アルクは立ち上がってこちらを睨みつけていた。

 しかし、かなりのダメージのはずである。少なくとも先ほどヘンリーが受けた一撃よりも、深刻なダメージを受けている。

 その証拠に呼吸も短く不安定、焦点も上手く定まっていないし、膝も笑っている。

 シュライバーは、今にも倒れそうな目の前の少年に向けて言う。


「無理はするな。腹部へもろに金属の棒がぶち当たったのだ。腹部の強打というのは、抱き着こうとしてきた子供の頭が当たっただけでも常人ならば悶絶し、のたうち回るほどに痛く苦しいものだ」


 見れば、アルクの口元から血が滲み出してきていた。吐血しているのである。内臓の一部が損傷しているのかもしれない。後で回復魔法をかければ治るだろうが、それでも、本来模擬戦を続けられるレベルではない。

 だが、アルクは言う。


「……意味があるのか、それは」


「む?」


「痛いとか、苦しいとか、そういうことをいちいち気にしたり言葉に出して言うことに何か意味があるのか?」


 アルクは口元の血を袖で拭き、剣を構える。


「今は戦いの最中。やるべきことは敵を倒すために全力を尽くす。それだけだと思っている」


 シュライバーはその様子を見て小さく笑う。


「ふっ、卒業後の志願部署が決まっていないなら王族警備部隊に来い。お前なら文句なく即戦力だ」


 そう言って、シュライバーも構え直す。

 そして。


「強化魔法『瞬脚』『剛拳』『鉄鋼体』!!」


 ここに至り、一切手加減無し。

 強化魔法の三重がけを持って、全力の打ち込みを敢行する。「今は戦いの最中。やるべきことは敵を倒すために全力を尽くす。それだけだ」という、アルクの言葉をシュライバーが実行する。

 速度、腕力、身体強度の向上。この三つをもってして、弾丸の如くアルクに突進する。

 一方。

 それに対してアルクは。


「はああああああああああああ!!」


 アルクの体から魔力が一斉にあふれ出す。

 残存魔力の一斉投入である。膨大な魔力をコントロールしきれない分ロスも大きいが、量で押し通す。

 アルクの身体能力が跳ね上がった。同時に腹部から激痛が湧き上がるが無視する。痛みなんてものは今必要ない。

 襲い掛かる、シュライバーの剣。型は王国式剣術の基礎中の基礎である『切り下ろし』

 一方、迎え撃つアルクの剣は。攻撃五型の一つ『捻じり袈裟』。

 真っすぐに敵に剣を振り下ろす基礎技『切り下ろし』に、体の横回転の力も乗せる応用技である。


(面白い!! この状況で、それを選ぶか!!)


 『捻じり袈裟』は応用技だけあって、威力は高いが難易度も高い。シュライバーが『切り下ろし』を選択したのも、強化魔法によって体の力のバランスが普段と変わっているため、シンプルな型以外だと失敗する可能性が非常に高いからである。しかも、アルクに至っては初めて行う全開での魔力放出による身体強化の最中である。

 まず失敗する。

 しかし、アルクにはそんなことは関係がなかった。

 少しでも可能性があるなら、黙って実行するのみである。

 その気概に答えるかのようにアルクの体は自然と動いた。

 淡々と、いつものように。何度も繰り返してきたように。身体強化によるバランスの崩れにも自然に対応しながら。


 ガシィィン!!


 と両者の渾身の一撃が交錯した。

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