第115話 ミゼット過去編最終話 「親愛なるエーデルワイス」
爆発するような歓声が上がった。
特に平民の観客たちや魔力の低いものたちからは、涙声すら混じった声援が送られている。
その声援を一身に受けて、たった今生まれた『英雄』はホームストレートを凱旋する。
「……イリス」
ミゼットはその姿を複雑な心境で見ていた。
たった今、イリスはその夢を叶えた。
そのことを素直に祝福したい。
祝福したいのだがしかし、その代償はあまりにも大きい。
そんなことを考えていると。
「……?」
ミゼットは異変に気づいた。
もうすぐホームストレートが終わるというのに『ディアエーデルワイス』が減速していないのだ。
「アカン!?」
ミゼットは思わず声を上げる。
おそらくだが、イリスは魔力自体は込めたまま意識を失っている。
ミゼットは略式詠唱での遠隔防御魔法を発動しようと、魔力を練り上げる。
しかしさすがのミゼットでも間に合わなかった。
会場から悲鳴が上がる。
『ディアエーデルワイス』はコースの壁に正面から激突し大破した。
□□□
ミゼットは病室の前で一人佇んでいた。
現在、治療室では回復魔法と外科手術の両方を総動員しての治療が行われている。
悲しいことに、ミゼットは回復魔法が得意ではない。そしてミゼットの発明も主に得意分野は武器である。
母親の病気が悪化した時に、極めようと思ったのだが本当にコレばっかりは上手くいかなかった。
こんなときばかりは、壊すことしか能のない自らの才能を恨む。
頭の中に渦巻くのは、後悔だった。
自分が『ディアエーデルワイス』など作らなければ……。
そうすれば、イリスはこんなことにはならなかったのではなかろうか?
そんなことを考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
治療室に張った殺菌用の結界が何度も何度も貼り直される。
一分一秒が永遠とも言える時間に感じられた。
……やがて。
治療室の結界が消失しドアが開く。
中から老齢のエルフの医者が出てきた。『エルフォニア』でも腕利きの名医である。ミゼットも王城内で何度か面識があった。
「……お待たせいたしました。ミゼット王子」
「イリスは?」
ミゼットの問に、医者は黙って頷く。
「どうぞ中へ」
ミゼットは飛び込むようにして治療室の中に入る。
「……はは、アンタが慌てるところ、珍しく今日は何度も見るわね」
白いベッドの上にイリスはいた。
その姿は……痛ましいの一言である。
全身に巻かれた包帯……これはまだいい。外傷は回復魔法でなんとかなる。
何より痛ましいのはその生気のなくなった顔色である。
見た目は若いままなのだが、ハッキリとその命がそう長くないことを感じさせる。
ミゼットにはそれが、母親の姿と重なる。
「……イリス」
なんと声をかければいいのだろう?
そんなことを悩んでいると。
「……ミゼット」
イリスは掠れた声で言う。
「勝ったわよ。アタシ……優勝したわ」
「あ、ああ。そうやな!! 凄かったでイリスちゃん」
何を悩んでいたのか。
まずはそう、祝福しなくては。
ミゼットは革袋の中からあるものを取り出す。
「ほら、イリスちゃん。優勝の盾や」
そう言って包帯で塞がっていない左手に豪華な装飾が施された優勝商品の盾を握らせる。
イリスはそれを自分の目の前に持ってきて言う。
「……ふふ、思ったより軽いわね」
そして力なく、だがどこまでも嬉しそうに微笑んだ。
「……うっ、こほっ」
その時、イリスが小さく咳き込んだ。
その拍子に、口からドロリと赤黒い血が滲んで来る。
「イリスさん、落ち着いて……大丈夫ですから」
医者は布を取り出してイリスの口に当てると、そこに血を吐き出させる。
すぐに白い布は真っ赤になった。
「はあ……はあ……」
イリスは息を切らしながらも、少しすると落ち着いた。
医者はそれを見計らって言う。
「……お二人共。詳しいイリスさんの状態のお話はまた後日にしますか?」
ミゼットはイリスの方を見る。
するとイリスは黙って頷いた。
「いや、今お願いするわ。大体のことは想像ついとるから」
界綴強化魔法の代償くらいミゼットとて分かっていた。
しかし……。
「私の見立てですが、イリスさんの余命はあと一年弱と言ったところです」
その事実を聞いた時、ミゼットに頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲いかかってきた。
視界がグニャリと歪むのを感じる。
なぜだろう、分かっていたはずなのにこんなにショックを受けるなんて。
「本来はイリスさんのような経絡の未発達な方がこうなった場合、よくて二ヶ月というところなのですが、塞がっていた部分の魔力経絡がまだ機能しているのでいくらか生命力は残っています。これは……不幸中の幸いと言ってもいいのかもしれません」
医者の言葉が上手く耳に入ってこない。
湧き上がってきたのは怒りだった。
こうなる原因を最終的に作った、どこかの貴族たちに対する怒り。
レース中のイリスへの妨害を仕組んだどこかの誰か。
『ディアエーデルワイス』の規制を画策した連中。
イリスを追放したホワイトハイド家。
いや、そもそも、全ての原因である『魔力血統主義』に腐りきった、この国に怒りが湧いた。
それを守るために国に貢献し続けた母親に義理立てていたが、今度ばかりは我慢の限界だった。
潰してやる。
どいつもこいつも。
その時だった。
ふと、ミゼットの右手に温かい感触があった。
イリスが左手でミゼットの右手を握っていた。
「……ねえ。ミゼット、いいからね」
イリスは優しい声でそう言った。
「アタシのために、復讐なんてしなくてもいいからね」
「……イリス」
「もういいの……」
ミゼットは思う。
なんでだよイリス。
なんでそんな穏やかに笑えるんだよ、と。
「確かにコレまで苦しかったし、そういう理不尽に怒ったりしてきた。でもきっと、それがあったから、あの最後の一周が走れたと思う。だから、今はそういう理不尽にも感謝してるわ」
遠くを見つめるその目、コレまでの苦しい過去を見つめるその目は愛しさに満ち溢れていた。
「シルヴィアとの友情も感じられて、アナタとも出会えて、最高のレースができて……だから私を苦しめてきた運命たちに『ありがとう』って言いたい。あなた達のおかげで、私は夢を叶えられたと思うから」
そして、力の入らない左手にできる限りの力を入れて、ミゼットの手を強く握る。
「だから……大丈夫よ。ミゼット」
思い出すのは母親の言葉だった。
『できれば、あの人を恨まんといてあげてな』
なんで……なんで母親といいイリスといい、そんなに優しくてお人好しなんだ。
「……ぐっ、イリス、ワイは」
そんな優しい目をされたら、復讐する理由がなくなってしまう。
ミゼットは必死で奥歯を噛みしめることしかできなかった。
□□□
翌日の夜。
ミゼットはイリスの病室を離れ、一人国王領へ歩いていた。
貴族街は今夜も皆が昨日生まれた伝説について熱く語っている。
貴族たちの中には、イリスと『ディアエーデルワイス』を認めないという者も少なからずいるようだった。
しかし、実際に伝説的な勝負を演じたことに対しては称賛の声を上げる者が多いようだった。
是非ともまた、あの機体を扱うレーサーが出て欲しいものだ。
そういう声が聞こえてきた。
冗談じゃない。
あの機体は欠陥品だ。
危険な夢を後押しし、結局愛する少女を死に至らしめた殺人機体だ。
……ああ、そうだとも。
ミゼットは、ことここに至り自らの感情に素直になる。
やっぱり自分は、たとえエゴと言われようと、夢など叶わなくてもいいからイリスに生きていてほしかった。自分の側で不平を言いながらも、一緒に過ごしてほしかった。
だから、ミゼットは始めて自分の作った物を憎んだ。
イリスを殺した原因は間違いなく自分にもあるのだから。
「……だからってゆうても。この国をただ笑って許せるほどワイは性格良くないねんな」
ミゼットは広大な国王領の北端にある広場にたどり着いた。
その中央にそびえ立つのは、初代国王ディオニシウスの像。
『魔力血統至上主義』の象徴たるそれに向かってミゼットは歩いていく。
「……む? これはミゼット王子。どうかいたしましたか?」
国王の像を警備する憲兵がミゼットを見て声をかける。
珍しかったのだろう。この像は特に貴族たちが願をかけに来ることも多いのだが、ミゼットは一度も嫌々参加した式典以外で来たことがなかった。
「……」
「……ミゼット王子?」
ミゼットは無言で革袋に手を入れると、ソレを取り出した。
ガシャン。
鉄製の四角い筒に四つの穴が空いており、そこに弾頭を入れて発射する武器である。
それを初代国王像に向けて構える。
「お、王子。な何をなさる気ですか!?」
「粉末や気体の燃料をばら撒いて一気に燃焼させる弾頭や、直撃せんでも酸素が一瞬で無くなるから人体にええことはないぞ。死にたくなかったらさっさとどけ」
「さんそ? し、しかし、そういうわけには」
だかミゼットの表情はいつものニヤつきなど一切無い、本気も本気だった。
憲兵たちは慌てて職務放棄してその場から離れる。
ミゼットは躊躇なく引き金を引いた。
「……ぶざけやがって、このクソ野郎があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
怒髪天をつく咆哮と共に、放たれた四発の燃料気化弾頭。
たった二発で『エルフォニア』王国が誇る万能結界魔法を破壊し、残る二発で初代国王の形をしただけの石の塊を木っ端微塵に粉砕した。
□□□
「今夜はなんか、騒がしいわね」
イリス・エーデルワイスは一人そんなことを呟いた。
何か事件でもあったのだろうか?
一日中寝ていたのですっかり目が覚めてしまっていた。
体中に倦怠感はあるが、これは根本的な生命力が枯渇したから起きているものだというのは自分の感覚で分かっていた。
怪我自体は医者と回復魔術師が優秀だったため治っている。だが、いくら休んだところで命が尽きるまではこの体の重さは消えることはないだろう。
「……アイツには、ホントに悪いことしたわね」
イリスは『エルフォニアグランプリ』優勝記念の盾を手にとって眺めながら、そんなとこを言う。
自分は明確にあの時ミゼットの手を振り払ったのだ。自らの夢のために。
でも……結果的には良かったのかもしれない。
アイツは何でもできて、本人は嫌っているが色々な立場や富を持っているヤツだ。
仮にこんな状態にならなかったとしたら、自分のように自分勝手な人間に構い続けたかもしれない。
それは、あまりいい時間の使い方ではないだろうと、イリスは思うのだ。
そんなことを思っていると。
パキン。
と、窓ガラスが割れる音がした。
「こんばんは。イリスちゃん」
そのニヤけ面の男は窓から身軽な動きで入ってきた。
「……当たり前のように器物破損するわね」
「イリスちゃん。一緒にこの国を出でるで」
「はい?」
急にメチャクチャなことを言い出すミゼット。
しかし。
「前に旅行した『王国』の田舎町で、武器屋でもやってのんびり過ごすんや。療養にもええはずやで」
その表情はいつもどおりニヤついていたが、目だけは真剣だった。
「アタシは……」
イリスは言う。
「すぐ、死んじゃうわよ?」
「知っとる」
「レースばかりだったから、なにかアンタの役にたてるわけじゃないわよ?」
「知っとる」
「アナタを一度、拒絶したわ……」
「んなこたどうでもええわ。一緒に来い、イリス。お前の最後の時間をワイにくれ」
そう言って、ミゼットはイリスに右手を差し出した。
やはり、その顔はいつもどおり軽薄そうにニヤニヤしていて、しかし、その目だけはどこまでも真剣だった。
「……ホントに」
イリスはじわりと瞳から滲んできた涙を拭って言う。
「アンタって、わけがわからないわ」
そう言ってイリスは包帯の巻かれた左手で、ミゼットの手をとった。
その夜。
『エルフォニア』王国第二王子ミゼット・ハイエルフは、国のシンボルたる初代国王像を破壊し国から姿を消した。
同時に、史上初の『エルフォニアグランプリ』を制覇した魔力障害レーサー、イリス・エーデルワイスも病院から姿を消しており、二人共貴族の間では反感を持つものも多かったため、しばらくの間、市中では様々な憶測が飛び交うこととなった。
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