第114話 ミゼット過去編18

 エリザベスはその奇跡に大いに歓喜した。

 どうやら、もう見ることができないと思っていた彼女の走りを、もう一度見ることができるらしい。

 ミゼットと違いなぜ走り出せたのかの原理は分からなかったが、そんなのは些細なことだ。


「楽しみましょう。この戦いを!!」


 前に彼女に言われたようなことを、今度は彼女に言いかえす。

 それに対して。


「……」


 彼女は、イリス・エーデルワイスは生気の失せた血の滴る唇を少し上げて、優しく微笑んだ。

 両機がホームストレートを駆ける。

 直線は……やはり『ディアエーデルワイス』が有利。

 少しずつ『クリアウィング』を引き離していく。


(やはり、魔石式ではなくてもコンセプトとしては直線型ですからね)


 龍脈式加速装置という同じ加速方法を使っても、軽い機体のほうが直線は速い。

 『ディアエーデルワイス』はそもそもの形が、普通なら危険すぎてもう少し曲がりやすく作るだろうというレベルの直線特化だ。

 魔石式を使ったときほどではないが、直線の速さはそれでも今大会で一番だろう。


(だけど、次はターン)


 重く重心の安定したターンタイプの『クリアウィング』が有利である。

 小さく旋回し、直線でつけられたこの差を挽回する。

 しかし。


「……え?」


 エリザベスは思わずそんな声を上げた。

 前方の『ディアエーデルワイス』がいくらターンポイントに近づいても全く減速する気配がないのだ。

 すでにエリザベスすら、曲がり切ることができる限界のタイミングを逃している。

 まさか、ミス?

 イリスは界綴強化魔法によってすでに満身創痍。

 気が遠くなってまともに操縦ができないのか?

 などと思ったが、しかし。


 『ディアエーデルワイス』は、そのまま小さい旋回半径でターンを曲がり切った。


「……!!」


 エリザベスは自らの目の錯覚を疑った。

 なんだ。

 なんだ、今のは。

 おかしなことが今起きた。

 超直線特化型の機体がその速度を維持したまま、ターン型と遜色ない曲がりをやってのけたのだ。

 エリザベスも遅れてターンを曲がる。

 洗練され計算された最高効率の曲がり。

 その膨らみは先程イリスが走った軌跡とほぼ同じだった。


「……」


 ターン型の機体で最高の効率を持ってして「膨らみがほぼ同じ」なのである。

 当然、スピードを落とさずに曲がり切ったイリスとの差は広がる。

 しかも、曲がったあと次のターンまでは直線。

 その差はさらに広がっていく。

 それは、その後何度ターンをしても同じだった。

 それだけではない。

 エリザベスと『クリアウィング』が最も力を発揮するカーブにおいても、『ディアエーデルワイス』は自分よりも速い速度で駆け抜けていく。


「……違う。根本的な技術が」


 コースの半分を行ったところで、エリザベスはすでにはるか前方にいるイリスの背中を見ながらそう呟いた。

 自分とイリスでは、圧倒的に技術力の差がありすぎる。

 姿勢の作り方、重心の移動の仕方、舵を切るタイミング、魔力量を調整しての加減速の使い方。

 ありとあらゆる技術が、エリザベスがコレまで最高の効率だと思っていたものとは根本的に違っていた。

 全く別の競技の動きを見ているようである。

 いや。実際そうなのかもしれない。

 なにせ、あの少女は今まで魔力障害という自分には無い数々の不利を背負って走っていたのだから。


 最高速度が僅かだが遅くなる。

 魔力を大量消費する急激な速度の切り替えができない。

 体を守る防御魔法に割く魔力量を微細に調節し続けなければならない。

 身体強化に回す魔力がほとんど無いため、素の筋力でボートを操らなければならない。

 ……他にも他にも、いくつものハンディキャップ。


 確かにそれはもはや別競技だったに違いない。

 普通にカーブを一つ曲がるだけでも困難だったはずだ。

 考えてみれば自分があの『ディアエーデルワイス』を乗りこなせるかと言われたら、首を横に振るだろう。

 自分のような恵まれた人間では触れることすらできない過酷な世界。

 その中で掴み取ってきた理外の技術たち。

 それが今、皆が持つ『当たり前』の魔力を手に入れた事によって、全てに恵まれたはずの自分を圧倒している。


「……綺麗」


 『完全女王』はただ後ろから、その走りに見惚れることしかできなかった。


   □□□


 体が軽い。

 ボートが軽い。

 自由に動ける。

 自分の意思に手足みたいにボートが反応してくれる。


 イリスはボートの操縦に夢中になっていた。


 ――楽しい。


 カーブを曲がるのが楽しい。ターンをするのが楽しい。直線で風を切る感触が楽しい。

 水面を切って速く速く駆け抜けていくこの瞬間が、楽しい。

 体はボロボロで、今にも意識は途切れそうで、全身の感覚ももうあまりないけど……私はこうして今を駆けている。

 蘇る。

 あの頃の感覚が。

 幼い頃に、無我夢中でボートに乗っていたあの頃。

 そして、大好きだった祖父のあの言葉が蘇る。



『どうだいイリスや。レースは楽しいかい?』



「……うん。大好きだよ。おじいちゃん」


 瞳から流れる温かい涙が、心地よく風に流されていく。


「私は……レースが大好きだよ」


 そして……イリス・エーデルワイスと『ディアエーデルワイス』は、ゴールラインを切った。


 ラップタイム3:58:7。


 後に『伝説のワンラップ』と呼ばれるこのコースレコードは、その後三十年たった今でも、誰一人として破れる兆しすらない伝説となった。



――

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