第78話 サポートレーサー
『独走でゴ―――――――――――ル!! ルクアイーレ記念杯、優勝は新星フレイア・ライザーベルト選手だああああああああああああああああ!!』
アナウンスの大きな声が、会場中に響き渡った。
予選を一位で通過したフレイアは、結局本戦でも他を圧倒的に引き離して初のメジャーレース優勝を成し遂げたのである。
「やっぱりな……」
リックは、新たなスターの誕生に大いに盛り上がる観客たちに生意気で人懐っこそうな笑顔を振りまくフレイアを見て、そう呟いた。
(あの手は『死線を潜ってきたヤツの手』だった)
ある程度の戦いの勘みたいなものが身に付けば、握手をしただけで相手から読み取れる情報が増えてくるものである。ブロストンなどは、初対面のリックと握手した時にほぼ完ぺきに当時のリックの基礎的な能力値を読み取ってしまった程である。
さすがにリックはそこまでとはいかないが、尖った情報くらいは読み取れるようになっていた。
そんなリックがフレイアという少女と握手して読み取ったのは、見た目からは想像もつかないほどの『重み』であった。
物理的に重いのではなく、その人間の生きざまの濃密さが握った手からズッシリと伝わってきたのである。
実際、レースが始まってみれば常識外れにギリギリの走りをしているのが伝わってきた。
「……それでも、本人は楽しそうに走ってる辺りが大したもんだ」
リックは同じ死線を潜り抜けてきた人間として(リックの場合はホントに死んできたが)、その様を素直に称賛した。
「ははは、娘をお褒めいただきありがとうございます」
モーガンは普段のまま穏やかな態度だったが、その目は優し気にボートの上のフレイアに注がれていた。
娘の優勝と怪我無くレースを終えられたことを喜ぶ、父親らしい眼差しである。
『えーそれでは、優勝したフレイア選手にインタビューをします!!』
コースのほうでは、ボートから降りたフレイアが表彰台の一番高いところに乗って、インタビューを受けていた。
『メジャーレース初優勝ですが、今どんなお気持ちですか?』
「楽しかったよー。会場の皆も応援ありがとうね!!」
そう言って可愛らしい声で言うフレイアに、観客席から歓声が上がる。
フレイア・ライザーベルトは一日にして、スター選手に昇り詰めたのだった。
□□□
表彰式を見終えると、リックたちはモーガンに連れられて再び『シルビアワークス』の待機所のほうに戻ってきた。
(あれ、フレイアはどこに行ったんだ?)
目立つ見た目なのでその辺りにいればすぐに目につくはずなのだが。
そう思って周囲を見回すと、ボートの後ろからひょっこりとパーマのかかったフワフワとしたツインテールが見えた。
先ほどまで表彰台に上がっていたフレイアが、他の整備員と一緒に機体の整備をしていたのである。
レーサーには自分の乗るボートの整備は専門家に任せて自分では触らないタイプと、できうる範囲で自分で整備するタイプがいるとモーガンから聞いたが、どうやらフレイアは後者のようだった。
綺麗な肌や髪に油汚れをつけながらも、楽しそうに加速装置を弄っていた。フレイアの競技者としての心意気のようなものが感じられて、イマイチアイドル的なノリについていきづらいリックにも好感が持てた。
「では、ミゼットさん。今からチームの皆に新しいメカニックとして紹介しますね」
モーガンがそう言って、皆を集めようとしたその時。
「あー……悪いけど、それお断りさせてもらうわ」
「ちょ、ミゼットさん!?」
ミゼットの言葉にモーガンは「ふむ」と少し困ったような顔をして言う。
「昨日までは乗り気だったように思っていたのですが……私どもが何かそそうをして不愉快な思いをさせてしまっていたのなら申していただければ対応しますが」
「いや、単純に。ワイがあの欠陥機体が嫌いやねん」
そう言って整備中の『ディアエーデルワイス』を指さすミゼット。
「いやいや、ミゼットさんそんな理由で……」
確かに『ディアエーデルワイス』は他のボートのような万人が速く走るために洗練された機能美を感じさせるフォルムと違い、なんとも強引な印象のある形をしており、ミゼットのような職人としては好き嫌いは分かれるのかもしれないが……。
「モーガンさん、ちょっと……」
その時、スタッフの一人がモーガンに駆け寄ってきた。
「どうしました」
「それが、クックのやつですが……」
「……そうですか」
モーガンは困ったように眉間に皺を寄せた。
どうやら、チームのもう一人のレーサーの話らしい。
そのレーサーというのが、第一レースの時にコーナーを曲がり切れずに派手に転覆していたあの選手である。本人は魔力を使った防御魔法によって大怪我を免れたが、ボートのほうが後方から突っ込んできたボートとの接触により大破してしまったとのことである。
「『エルフォニア・グランプリ』も近い状況でこれは厳しいですね……まあ、フレイアの場合、サポートレーサー無しでもそれほど大きな影響がないタイプのレーサーですが」
(……ミゼットさん。サポートレーサーってなんですか?)
(『エルフォニア・グランプリ』では、同じチームに所属する選手が二人まで出てええねん。で、その時に片方が優勝しやすいように序盤のコース取り手伝ったり、他の機体に波ぶつけてコントロールを乱したりする役割のボートやね。露骨にコース塞いだりしたら即失格やけどな)
なるほど。
確かに、あれだけコーナーで豪快に大回りするフレイアなら、あまり関係のない話かもしれない。そういうサポーターが最大限力を発揮するのは普通のコース取りの範囲での話だ。
まあ、もちろんそれでもいたほうがいいに決まってはいるのだが。
(まあ。でも、ちょうどええわ)
ミゼットはモーガンに言う。
「なあ、モーガン。サポートレーサー無理そうなんやろ?」
「ええ。……新しく機体を調達する時間も、レーサーに合わせる時間も足りませんし。何より予算のほうが……」
「なら、ワイが機体用意してメカニックとして参加したるわ。ワイはそこの欠陥機体を死んでも弄りたくないだけやしな。それで、フレイアちゃんの優勝に貢献したら約束のモノはもらえるんやろ?」
「本当ですか!! それはもちろん。しかし、機体の用意があるんですか?」
「おう、任せときや。明日にでもちゃんと戦える機体用意したるわ」
そう言ってニヤニヤと笑うミゼット。
ロクでもないこと考えている顔である。
「あれ? ボートとメカニックはミゼットさんがやるとしてレーサーはそうするんです? まさかミゼットさんが乗るんですか?」
「いや、入国までならなんとかなったけど、さすがにレースにまでワイが出ると騒ぎになると思うわ」
「まあ……それはそうでしょうな」
モーガンが当然のような顔をしてミゼットの言葉に同意する。
この自由人、国にいたころ何をしたというのだろうか……。
「それに適当なレーサー捕まえてきたところで『エルフォニア・グランプリ』で仕事をこなせるとも思わんしなあ。そいつに合わせたチューニングもどうしても時間がかかるわ。だから……」
ミゼットはポンとリックの肩を叩いた。
「よろしくやでリック君」
「……え、俺ですか?」
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